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第25話 『降り注ぐ』

 

 俺は軋む身体を解しながら、夜闇が覆う外を眺め屋敷の廊下を歩いていた。


「あの魔女め……酷いことしやがる……」


 あれから、エリスに吹き飛ばされたという記憶を最後に、目覚めた時は客間の上で寝かされていた。早起きは三文の徳とは一体なんだったのか、一日の三分の二を棒に振ってしまった。


 俺が起きた時、セバスから置き手紙が側の机の上にあり。


『カガヤ様。お嬢様から話を聞きました、私が厳しく叱って起きましたので、どうかお許し下さい。私とレイスはしばらく村に行っております。御用の際はカーラかお嬢様をに申し付け下さい


 ─────セバス』


 厳しく、という文字がかなり力強く書かれていた辺り、相当絞られたのでは無かろうか。


 そんなこんなで俺は、しょげているであろうエリスの様子を伺う為に、今現在屋敷を探し回っている。


「この屋敷広すぎるわ……」


 しかし探せど探せど、エリスはおろかカーラすら見つからない。

 これでは廊下を歩いて窓から外を眺めているだけだと指摘されても何も反論出来ない。


「はぁー……」


 息を吐いて、立ち止まる。

 こういうときは落ち着いて、一旦休憩した方が効率が良かったりするのだ。


 ポケットからスマートフォンを取り出し、時刻を確認する。


【0:23】


 朝から全く進んでいない。アイは通信端末を直したと言っていたが、中身までは直っていないのだろうか。

 何となしに、カメラのアプリを起動する。


「ま、とりあえず記念に一枚」


 俺は窓の向こうに広がる巨大な庭園を背景に、異世界初の自撮りを行った。


 カチリという音と共にシャッターが切られる。


「どれどれ……」


 撮れた写真を見てみる、僅かに顔を引きつらせている俺が写っていること以外、前と変わらない普通の写真だった。特に変な効果が追加されたとかは無いみたいだ。


「どうせならビームとか出るように改造して欲しかったな」


【否定します。そんな機能は追加出来ません】


「それは残念」


 すっかり慣れたアイの声に返事をしながら写真を眺めていると、ある一点、遠くの森の中に何かが光っているのに気が付いた。


「これは……」


 どこか冷たい輝きを放つ()()が、なんだか気になった。


 写真と見比べながら、夜風に揺らめく森の中を肉眼で確認する。しかしどこにも光が反射している場所は無い。

 もう一度写真を撮ろうと、外に向かってカメラを向ける。



「……カガヤ?」



 俺は突然自らを呼んだ声に、構えたスマートフォンを落としかけた。


「あっぶねぇ……」


 ゆっくりと後ろを振り返ると、そこには─────、


「なんだ、エリスか……びっくりした……」


 金色の瞳に赤い髪を携えた魔女、エリスの姿がそこにはあった、


「なんだとはなんだ!失礼な奴だな……えっと」


 エリスは抗議しつつも歯切れ悪く言葉を濁らせた。

 彼女の言いたい事は何となく分かる。


「朝はゴメンな。俺より上だったのにちょっと驚いたというか……」


 俺は頭を下げて謝意を述べた。


「いや、私の方こそカッとなってしまった。大きな怪我が無くて良かった。その……告白したのは初めてだったから……」


「─────、」


 妙に顔を赤くしながら言うエリスに、自分に似つかわしくない変な言葉を言いそうになる。


(マズい、変にピンク色の空気になる前に話を変えなければ……)


 彼女はその手に何冊もの本を抱えていたので、疑問に思った俺は話を変えるついでに問いかける。


「また随分と分厚い本だな、全部読むのか?」


「む……すぐに切り替えをしよってからに……まあいい。この本は魔導書。グレイズから伝令鳥が返って来てな。私はこれから明日の王都出発に向けて魔法を再勉強するんだ!カガヤ、お前も明日王都に行くからな」


 少しふんぞり返りながらそう言って、エリスは廊下を歩き出す。俺もなんとなしに彼女に付いていく。


「王都か……って魔法の勉強?エリスがか?使えない俺からするとかなり魔法使えてたと思うけど」


「あれではダメだ。精度も、威力も、強度も全然足りない。ウェアウルフに破られる程度ではダメだ」


「ふぅん……そんなもんか?」


「うむ、王都には王都騎士隊の他にも選りすぐりの魔法使いが集っている。私も負けてはいられないからな……っと」


 エリスはある一室の前に立つと、片手に本を纏めて扉を開け部屋の中に入っていく。


 彼女に続いて入ると、俺は驚愕した。


「なんだここ……」


 巨大な部屋だ。

 端から端まで本棚が並んでいる。床にも本の山が乱立し、足の踏み場を奪わんとする程だ。


「ここは書庫兼、私の部屋だ」


 エリスは当然の様に告げた。


「マジか……」


 一人で使うには明らかに広すぎるし、書庫と呼ぶには流石に本を散らかし過ぎな気がするが─────、


「まぁ、少し散らかってるが……ゆっくりするといい」


 困惑する俺を差し置いて、荒れ狂う本の海の中をエリスは軽い足取りで進んで行く。


「ち、ちょっと待って……うわ、っと」


 床に無造作に置いてある、明らかに高価そうな本を避けてよろめき、すぐ側にある本棚に手を着いた。

 すると、いきなり足元が影に覆われた。


「ああ、そうだ。足元に気を付けるのもそうだが……本棚に触るなよ。上にある本が崩れるから……」


 俺は恐る恐る上に目をやる。

 ぐらりと、山積みにされた本がしなる様に本棚の上から顔を覗かせていて─────、


「そ……!」


 そう言うのは先に言え。


 俺は皆までいう前に、降り注ぐ本の雨に呑み込まれた。





 ◆◆◆





 エイメルン家が治める領土、シバルハル大森林。

 その中で唯一の村、名前をシバという。


 この村は旅人を常に迎え入れている。だからいついかなる時、すっかり人通りが無く、夜闇が辺りを覆っている中でも門は解放しているのだ。


「……」


 そんな夜闇に目を光らせる青年、名前をフィルという。

 彼はそこの門番の一人だ。


 彼はウェアウルフに襲われた後でも、公衆の面前で酷い敗北をして笑われようとも、門番を務めていた。


 彼が頑なに門番を務めているのには理由がある。


「エリス様……」


 この森を治める領主、エリスへの強い憧れ。そして恋慕。

 それを原動力としてフィルはただがむしゃらに、何か彼女の役に立ちたいと思い、門番を務めている。


 何とも馬鹿らしい話だが、意外にもその効果は顕著に現れている。


 最初はエリスに面と向かって挨拶すら出来なかったが、この頃はだんだん打ち解けてきて、挨拶は勿論、ちょっとした世間話もする様になったのだ。


 フィルはエリスと話をする度に、幸福感に満たされていた。こんな日々が続いて、あわよくばもっと仲良くなれたら、なんて思ったりしていた。


 だが、幸せな日々は終わりを告げた。


 彼が昨日、エリスの姿を見て挨拶をしようとした瞬間。

 異変は起きた。


 村を訪れたエリス、それだけならばいつも通りだ。

 だが違う、彼女の乗る走鳥の後ろ座席に誰かが乗っている。


「ああ、そいつは《カガヤ》って名前の旅商人だな」


 ウェアウルフに襲われた自分を治療してくれた、医者のハイルマンはそう言っていた。


 ─────カガヤ。


 奴はあろう事かエリスの腰に手を回して乗っていたのだ。


 しかも、楽しげに彼女と談笑しながら!


「何ヶ月もかけて、僕は少し話す事しか出来なかったのに……」


 フィルは夜闇に向かって、吐き捨てる様に呟く。

 聞く所によると、今日自分を呆気なく倒して退けたカガヤはエリスの屋敷に泊まっているらしい。


 脳裏には、楽しげに()()()と話すエリスの姿が浮かんでくる。


 エリスが傷付くと思わないのか─────


 カガヤの声が頭に木霊する。

 敗北感と悔しさ、大きな喪失感に涙が浮かんでくる。


「くそっ、どうして……」


 目を擦り、門の向こうに広がる夜闇を見つめて涙を堪えようとする。その時、門の前に男が立っているのが見えた。


 夜も更けている為、一晩を村で過ごそうとする旅人かと思い、涙を拭いてフィルは声を掛ける。


「こんばんは、何か御用ですか?」


「夜分遅くに失礼、念の為にひとつ聞きたい。ちょっとした事だが……重要な事だ」


 その男は何処か笑いを堪える様に話す。

 少し怪しく感じたが、無視する理由も無いので聞き返す。


「な、何ですか?」


「村に、入ってもよろしいか?」


「え?は、はあ……どうぞ」


 わざわざ開け放ってあるのに、門に入る所から許可を求めるなんて律儀な人だ。

 彼はそう思った。


 しかし─────、


 奇妙な質問にフィルが答えた瞬間、男の身体は形を変え、



 散り散りに、()()()



「な、えっ!?だ、大丈夫ですか?」


 フィルは驚きの声を上げ、男の安否を確認する為に男のいた場所に駆け寄ろうとする。



 だが─────、



「う……、え……?」



 自分の身体を()()()()()が貫いている事に気が付いた。



 ぐらりと。視界が歪む。

 息が出来ない、身体からどんどん熱が失われるのが分かる。


 薄れゆく意識の中、自分の背後から声が聞こえた。



「おやすみ、そしてようこそ……我が()()よ」



 振り返ると、愉快そうに笑う男の赤い瞳が見えた。



 力が抜け、ゆっくりと仰向けに倒れる。

 眼前に広がる夜空が降ってくる様に感じる。



 まるで違う何かに身体の中を食い尽くされるような感覚。



 自分が、消えてゆく。



「エリス、様……僕は……」



 その言葉の続きは紡がれることは無く─────、



 青年の淡い気持ちは、濁った闇の中へと沈んでいった。

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