第24話 『失言』
村の中心に、沢山の人集りが出来ている。
老若男女問わずある物を興味深そうに視線を向けている。
その視線の先には俺、そしてフィルが居た。
決闘と言われて、逃げ帰ろうともした。
「気張れよ、カガヤ!フィルくらい、片手でのしちまえ!」
だが、俺の背後で大声で叫ぶ武器屋の店主ライアン。彼にエリスと共に門で捕まってしまい逃げる事が出来なかった。
それだけならまあ、まだ、仕方ないと許容出来たのだが─────
「賢者、あの人が?」
「すげぇ、俺初めて見たよ」
「フィル頑張って〜!賢者に負けるな!」
観客の声を聞くに、何故だか俺が賢者だということになっている。
俺が賢者だというのは、魔獣を討伐しに向かった時にエリスが吐いた嘘だ。
そして、その嘘を聞いていたのはライアンだ。彼はあれを真実だと思っていたみたいで─────、
「なぁ知ってるか?あの手前の男は賢者なんだぜ。凄いだろ」
彼は現在進行形でフェイクニュースを吹聴している。
その隣には嘘の始まりであるエリスが、居た堪れない表情を浮かべ、謝罪する様にこちらに手を合わせている。
そうこうしてるうちに、周りにはどんどん人が集まって来る。
「まさかこんな事になるとは……」
頭の痛くなる状況だ。異世界からの転移者だとバレるよりは良い、と自分に言い聞かせてなんとか平常心を保つ。
自分の対面では、フィルがこちらをじっと睨みながら立っている。
「さぁさぁ、皆さんお立会い!」
広場の中心に立ち、周りの群衆に向かって言葉を投げかけるのはハイルマンだ。
「今から始まるのは、村の門番フィルと強化魔法の賢者であるカガヤの、領主のエリス様を巡った男と男の戦いだ!」
彼は両手を広げて俺とフィルを指し示す。
やはりエリスを巡った戦いになってしまうのか、これは避けられない強制イベントだったみたいだ。
「なんとなんと、勝った者はエリス様と婚約を結ぶ事になるらしいぞ!どちらが勝つかな?さあ皆、賭けろ賭けろ!」
「こ、婚約?!」
賭け事が始まっているのにも文句があるが、婚約とは飛躍し過ぎではなかろうか。
周りの群衆から煽る様な指笛が聞こえてくる。
チラリとエリスの方を向くと彼女は驚き、顔を真っ赤にしている。どうやら当人にも知らされていないらしい。
「ちょっと、待った。それは流石に……っ?!」
ハイルマンに詰め寄ろうとすると、行く手を阻むかの様に眼前に木製の槍が突き出される。
周りから歓声が上がる。
「止めさせませんよ」
フィルは、突き出された槍よりも鋭い視線を俺に向けてくる。その態度に、自分の中に小さな憤りが生まれたのが分かる。
「まだ知り合ったばっかで、俺が言うのもなんだけど……お前がエリスが好きなのは分かる。でもお前は……こんな一方的なやり方をして、エリスが傷付くとか思わないのかよ?」
「…………」
─────沈黙。
それは承知の上だとでも言うように、彼は何も言わずに槍を下ろす。
だとしたらもう、俺に言える事は無い。
覚悟を決めて、全力でやらせてもらう。
「さぁ二人の準備は済んだみたいだな!賭ける人はもういないな?じゃあ試合の説明に移らせてもらうぜ」
ハイルマンが沢山の硬貨が入った箱を地面に置く。
「お互いに武器は槍のみ、魔法の使用は可能とする。どちらかが参ったと言うか、気絶するまで勝負は続く!槍が刺さったり、目ン玉が潰れても安心しろ、俺が治してやる。そんじゃあ─────」
ハイルマンの右手が上がり、振り下ろされる。
「試合開始ィ!!」
◆
歓声と共に、試合が開始された。
対面に立つフィルは地面からもう一本槍を拾うと、こちらに投げる。
「一応は槍と槍の勝負です、どうぞそれを使って─────」
「いや、俺は要らない」
彼の言葉を遮り、拒否する。
「槍なんて渡されても、俺使い方分かんないし。それに……魔法だけで十分だ」
実際は魔法なんて使えないんだけど、と心の中で呟く。
「……っ!!そ、そうですか。好きにして下さい。僕は遠慮なく行かせて貰います!」
彼は真っ直ぐ槍を構える。どうやら挑発に乗ってくれたようで、その表情からは少なからず怒りが感じられる。
(……アイちゃん)
【はい、如何なされましたか。加賀屋様】
頭の中に機会音声が流れる。
(反射装甲の加護を使うよ、さぁ異世界無双の始まりだ)
武器は槍のみの魔法の使用はアリのルール。俺の能力は魔法じゃ無いけど、能力の使用を禁止というルールは無いから問題はない筈だ。
【畏まりました。加護を『因果応報』から『反射装甲』に切り替えます。加賀屋様が攻撃と見なした物にしか発動しませんので、お気をつけ下さい】
「了解しました……!」
そうアイに言った瞬間。既に俺に向かって駆け出していたフィルは槍による刺突を繰り出した。
「─────」
鳩尾への一撃。普通なら悶絶して終わりだろう。
しかし─────、
「うわっ?!」
「おお、流石、異世界チート能力……!」
俺を突いた木の槍は強くしなると、持ち主であるフィルを吹き飛ばし、その手から弾き落とされた。
周りのギャラリーから歓声が巻き起こる。
「くっ、一体何が……」
「手を貸そうか?」
「っ、結構です!!」
彼は動揺しながらもすぐに落とした槍を拾うと、突きではなく、槍を横に振り抜き俺の顔を殴打しようとした。
だがその一撃も、俺に触れた瞬間に跳ね返される。
(……そうだ)
ある事を思い付き、弾かれた槍の先端を両手で掴んで抑える。
「力比べでもしようぜ」
『は、離せ!炎球!!』
フィルの手から放たれた野球ボール程の小さな炎の玉は、俺に向かってくる。
エリスの炎に比べれば可愛く見える。
「こんなの効かないよ……って熱っつっ?!」
「くそっ、外したか!」
何故か炎の玉は反射されなかった。
幸いにも肩を掠めただけだったが、これは─────、
【加賀屋様。加護『反射装甲』は魔法は跳ね返す事が出来ません】
(マジかよっ、そう言うのは先に言って?!)
微妙に焦げた服を見ながら脳内で抗議する。
ちょっとマズい。フィルに魔法が効くのがバレる前に、早く決着をつけた方が良さそうだ。
「この、いい加減に……!」
彼は槍を強く引っ張って、俺の手から引き抜こうとする。
「ぐぬぬ……!」
俺も負けじと槍を引っ張る。
数秒間、引く力同士の鍔迫り合い。
だが、これは槍を奪う事が目的では無い。
足元を確認して、槍を右に押して自分とフィルの位置を調整する。
(この辺りかな……)
それがフィルの足元に来た瞬間に槍を逆に、押した。
二人分の力を加えられたフィルは、よろめいて一歩下がる、そして彼は彼自身が最初に俺に投げ渡した、
─────足元に転がっていた槍を踏んだ。
「うわぁっ!?」
彼の身体は、踏まれて転がった槍によってバランスを崩して空中に投げ出され、倒れた。
「よっ、と」
「ぐっ?!」
すぐさま倒れた彼の身体に跨り、マウントを取る。
「勝負アリだと思うけど、降参してくれる?」
もはや俺が追撃を加えれば終わりの状況だが、彼は一向に諦める様子は無い。むしろ俺を退かそうともがき始めた、
「まだだ、まだ終わってないッ……ぐぁ?!」
フィルは顔面目掛けて殴りかかってくるが、それも跳ね返される。彼は自分の拳に鼻を殴られ悶絶した。
「どうしたもんか……」
ルール上、どちらかが降参するか気絶するまでは試合は続く。しかし俺はボコスカ殴って敵を倒すような、血みどろジェノサイドルートには、あまり進みたくない。
「……仕方ないな」
「ぐぁっ?!」
軽く悶絶している彼の鼻を殴りつける。そして怯んでいる内に身体の上から退き、足を振り上げ─────、
そのまま股間を蹴り上げた。
何の捻りも無い金的。
男達の小さな悲鳴が周りから聞こえた気がした。
「かっ、が…………」
フィルは股間を抑えながら、声にならない悲鳴と共に気絶した。
暫くの沈黙の後に、審判がフィルに近付き、残念そうに首を振ると俺の手を掴み掲げた。
「エリス様を手に入れた勝者は、賢者カガヤだ〜!皆大きな拍手を〜!彼に賭けた人達は喜べ〜、大当たりだ!!」
辺りから歓声が響き渡る。
「……ちょっとやり過ぎたかな」
魔法が蔓延る異世界で初めての対人戦。
その勝因が金的だという事実が、どうにも情けないやら、罪悪感やらで複雑な気分になる。
「カガヤの坊主。やるじゃねぇの!お陰様で大穴狙いでフィルに賭けた奴等から、かなり稼げたぜ。どうだ、これから記念に一杯……」
肩を組んだハイルマンが悪い笑みを浮かべて耳元で囁く。
「─────」
呆れて声も出ない。
どうやら巨悪はここに居たらしい。
「へぇ……」
しかし悪は滅びる運命にあったようで、その背後に正義の黒い影が迫っていた。
「楽しそうだねハイルマン。ちょっと話をしようか?」
「奇遇だな、私もこの馬鹿の罪についてイチから数えたい所だったんだ」
怒りが満ちた低い声が聞こえて、ハイルマンの表情が凍り付く。彼が振り返るとそこには、村長のダリアとエリスが鬼のような形相で立っていた。
「ち、違うんだよ。これはフィルの坊主の為を思ってだな……!」
「ハイハイ、話はゆっくり私の家で聞こうかね。それが終わったら、ちゃんと賭け金は皆に返すんだよ」
「は、離せって……ち、力が強い!い、嫌だぁぁあああ!」
「ライアンも、話があるからついて来な!」
「えぇ、俺もかよ……」
ダリアは横たわるフィルを小脇に抱えつつ、ハイルマンの首を掴み引きずっていった。
その後ろに項垂れながらライアンが続く。
周りを観客達は、そんな光景を笑いながら眺めてそれぞれの日常へと帰っていく。
「安らかに……」
俺は手を合わせて、ハイルマンが五体満足である事を願った。
「カガヤ、勝ったんだな。おめでとう」
「ああ……サンキュー……ん?」
側に立つエリスは、何故だか顔を赤くしている。
向こう側からの申し出だったとはいえ、能力を使ってフィルと戦った事を怒っているのだろうか。
「その……私は良いぞ?」
「ん?」
良い。何が良いのだろう。
彼女の端的な言葉の意味が分からない。エリスは何故かもじもじしながらこちらの顔伺っている。
「何の話?」
「だから、その……ええい!」
エリスは覚悟を決めた様にこちらに詰め寄って来た。
「私との、婚約の話だ!」
「…………はい?」
何を言い出すのかこの魔女は、確かに試合の報酬はそうだったが、あれは冗談で、いや、冗談にしては本気っぽいし─────、
「あ、えっと……い、嫌なら断っても構わないが……」
黙り込む俺を見て、エリスはみるみる内に涙目になってゆく。それを見ていられず俺は言ってしまった。
「わ、分かった!婚約しよう!」
先程、フィルに志を説いたのが恥ずかしくなって来た。
また今度、会った時直接謝ろう。
「ほ、本当か?!やった……」
「でも、お前はまだ子供だろ?だから後、十年くらいは……」
「……なに?」
ふと、空気が熱を帯び、彼女の表情が曇る。
「あ、あれ、エリスさん?なんで火の粉を飛ばしてるんですかね?」
「カガヤ……私が何歳か、言ってみろ」
「えっと、十五歳?」
更に空気が熱を帯びる、辺りの人々は何かを察したのか散り散りに逃げて行く。
「私は今年で、二十三歳になるんだ」
「えっマジかよ、その身体で?!全然見えな、あ─────」
失言。
そう気が付いた時には遅く。
俺は爆発と共に吹き飛ばされたのだった。




