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第23話 『挑戦』

 

 遠くから何かの甲高い鳴き声が聞こえて目を開ける。見た事のある天井が目に入る。


「─────、」


 眩しさを感じて窓の方に視線を動かすと、カーテンの隙間から光が漏れていた。


「朝か……」


 未だに怠い身体を奮い立たせ、身体を起こす。そして側の机の上からスマートフォンを取り、大学に向かう前に現在の時刻を確認しようとして、机の上に()があるのがめに入り、気が付く。


「そうだ………」


 ベッドから降りて窓のカーテンを開ける。

 いつもだったら窓から見えるのは、隣の家と遠くのビル群くらいなのだが─────、


「俺、異世界に来たんだった」


 そこには、何処までも続く広大な森林が広がっていた。

 眼前に広がる圧倒的な自然。元の世界では見た事の無い美しい光景に目を奪われた。


 眼下の庭園では四匹の走鳥が楽しそうに鳴きながら、その広い敷地を駆け回っている。その平和な光景に頬を緩ませながら異世界に来たという事を改めて実感する。


「─────ぁ」


 しかしそれ同時に、断末魔が響き渡る沢山の人が倒れる広場。そして、血に濡れた黒い狼の姿が目に浮かび上がる。


「……はっ、はっ…ぐ…!?」


 何もしていないのに、割れるような頭痛と共に呼吸が早まり息が切れ始める。


(これが、俗に言うPTSDって奴か?)


 揺らぐ視界に戸惑いながらも、自らの容態についての思考を巡らせる。そして、なんとか覚束無い足取りでベッドに近寄ると、崩れ落ちる様にうつ伏せに倒れ込む。

 スマートフォンが手から落ちる。


「はぁ、クソ…っ、意外と重症だな、俺……」


 誰に言うでもなく呟く。


 酷く痛む頭痛は行動を起こす事を拒絶している様に身体中を震わせる。

 それでも何とか震える手を抑えながら落としたスマートフォンを拾い上げると、ボタンに指が触れて画面に明かりがつく。


 すっかりヒビ割れが治った待ち受け画面には、


【0:23】


 という明らかに間違った時刻と共に、自分と一緒に並んで笑う()()の写真が在った。

 写真の中の()()は屈託の無い笑顔で、こちらを見つめている。


「……、……っ!!」


 奥歯を食い縛り、悲鳴を上げる脳みそを無理矢理奮い立たせてベッドから起き上がる。




 ─────あいつを死なせた俺が、こんな事で苦しんでいていいはずが無い。




 なんとか立ち上がったは良いものの、壁に手を付いて身体を支えなければ立っていられない程に視界が明滅する。


【加賀屋様、無理は禁物です】


 不意な声、この機械的ながらも女性的な声は異世界に来てから手に入れた俺の能力の人格機構、アイ(命名:俺)の声だ。


 アイは心配してくれているのか、僅かにその機械的声色が低く変化している。。


【精神状態に異常が見られます。直ちに休息を、】


「このくらい、なんでもない。心配してくれるなら……少し静かにして欲しい」


 アイの言葉を遮って静かにする様に告げる。

 というのも、彼女の声は頭に直接声が響く為か一層頭の痛みが酷くなるからだ。


【……失礼致しました。余計なお世話だとは思いますが、痛みは消しておきます。また何か御用の際はお呼び下さい】


「え、消し─────?」


 彼女はそれっきり何も言わなくなった。

 フワリと頭の中から何かが消え失せた感覚と一緒に、頭痛も引いていった。


「……まさか、実際に俺の中に居んのか?もう、訳わかんねぇ」


「誰が、何処にいるって?」


「へはぁっ?!」


 突然の声に、口から心臓が飛び出そうになる。

 声の方を向くと、いつの間にか部屋の扉が開いていて、エリスが腕を組んで俺の目の前に立っていた。


「おはよう、カガヤ。なんだか調子が悪そうだが、ちゃんと眠れたのか?」


「お、おはよう。まあそこそこ眠れたけど……」


「ふむ。それなら良いのだが」


 頷きながらエリスはツカツカとこちらに詰め寄ってくる。思わず逃げるように後ずさりするが、あっという間に壁に追い詰められ逃げ場を失う。


「ふっふっふ……」


「な、何でしょう?」


 彼女は満面の笑みを浮かべると、恐怖に慄く俺の手をしっかりと掴んだ。


「これから村に行くぞ、ライアンとフィルの見舞いの為にな!」




 ◆



「昨日隣の領の村が……」

「本当か?最近酷いな……」


 話し声が嫌でも耳に入ってくる。シバの村の門。

 まだ朝だというのに、人がそこそこに出入りしている。


 そんな最中に、走鳥の背中で意気揚々と手綱を引く魔女と、低血圧のせいで少し項垂れた青年の姿があった。


「なんでわざわざ朝に……」


 項垂れた青年、もとい俺は人の喧騒を肌で感じながら前方の門を見つめる。


「そう気落ちするんじゃない。折角早起きしたのだから時間を有効に使うべきだぞ、まあお前が起きていなくても無理矢理起こしたがな」


 目の前の魔女、もといエリスは未遂に終わった悪魔の所業を楽しそうに暴露した。


「まあ良いけどさ、昨日は実際ライアンに助けられたし、門番の人も心配だったからさ。あ、そういえばエリス」


「む、なんだ?」


「門番の人、フィル君と話す時、仲を取り持ってくれるか?多分、警戒されてるみたいだからさ」


 最初に門で出会った時に、どこか圧があったというか、敵対心を感じたというか、何れにしてもあまり良い邂逅ではなかった。


「ふーむ?あいつは人を選り好みする様な性格では無いのだがな。だがまあ……命の恩人であるお前からの頼みとあらば聞かざるを得ないな」


「あはは……ありがとうな、助かるよ」


「うむ!大舟に乗ったつもりで期待しておけ!ふふふ……」


 命の恩人という呼ばれ方は少しムズ痒いが、エリスが楽しそうなので良しとしよう。


 村の中に入ると、早速門の側にフィルが立っていた。

 昨日怪我を負ったと聞いたのだが、もう仕事に従事しているのか─────、


「おはよう、フィル」


「……エリス様!おはようござ……います」


 エリスに笑顔で挨拶を返そうとした彼は、俺の姿を確認すると、途端に苦虫を噛み潰したように表情を変えた。


(やっぱり、警戒されてんな……)


 周りには大勢の人がいるというのに、俺達の半径三メートル程が凍りついたかのように静寂が包む。

 フィルの俺に対しての態度の機微を流石に理解したのか、エリスがどうにか空気を変えようとしてか、口を開く。


「フ、フィル。カガヤは─────」

「カガヤさん!!」


 その言葉を遮り、彼は俺の名前を呼ぶ。


「な、なんですか……」


 その気迫の前に、思わず敬語になってしまう。

 彼は息を整え、こちらを真っ直ぐに見据えた。




「僕と……決闘して下さい」




「「はぁ?!」」


 エリスと声を揃えて、驚愕の声を上げる。

 朝で回らない頭を高速で回転させて、彼の言葉を理解しようとする。


(けっとうって何だったっけ血統?血糖?違う、違うよな。この空気だと決闘だよな。な、なんで?!)


 駄目だ、考えれば考える程分からない。


 助けを求めるようにエリスに視線を向ける。目が合うがフィルと知り合いであろう彼女も思う事は同じらしく「分からん」と言うように首を横に振る。


「な、なんで俺と?」


 フィル自身に真意を聞くが、彼は俺を睨むだけで何も言わない。だがその戦意は確かなようで、手に握る木製の槍を固く握っている。


「オイオイ、ダンマリじゃあ埒が明かないぞ。フィル坊」


「…………」


 黙り込む彼の後ろから、無精髭を生やした男が歩いてくる。


「暫く安静だってのに、どうしてもって言うから門番やるのを許したんだ。勇気だせよ」


 口に煙草を咥えながら、溜息混じりに告げる彼はこの村の医者で、俺のボロボロになった左手を治してくれた医者。


「ハイルマンさん」


「よう、カガヤの坊主。左手の調子は……問題無さそうだな」


 彼はエリスの腰に回している俺の手を見てニヤニヤと笑う。


「ハイルマン、フィルに何を吹き込んだ?」


「人聞きが悪いぜエリス?俺はただ……やられる前にやれって言っただけだ。コイツは─────」


「待って下さい、そこからは僕が」


 ハイルマンの言葉を手で静止し、フィルは告げる。


「カガヤさん。今から、一対一でこの村の中心の広場で僕と決闘して下さい。()()()()()()()()


 再び空間が凍る。


 エリスを賭けて。一体どういう意味か分からない。いや、実際は分かってはいるのだが、詰まるところそれが意味するのは─────、


「この森の領主、エリスお嬢様を巡った男と男の戦いって訳だ、ハハハッ……これは見逃せないな!」


 ハイルマンは愉快そうに告げると村の中心に向かって歩いて行った。


「じゃあ、僕も行きます。エリス様も……その、良かったら見ていて下さい」


 フィルはどこか恥ずかしそうにハイルマンの後に続いて行く。

 そこに取り残された俺とエリスは、しばらくの沈黙の後─────、


「どういう事だよ……」

「なんなんだこれは……」


 声を揃えて呟いた。


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