第22話 『回答』
「ふー……」
身体を包む心地よい熱に、疲れが全て吹き飛ぶのを感じる。
十人以上が利用しても有り余る程の、大浴場と呼ぶのが相応しい巨大な浴槽の中に俺はいた。
「極楽だ……」
風呂を使わせてくれたセバスの気前の良さに、感謝する様に一人手を合わせる。
(まさか夕食をご馳走してくれて、風呂まで使わせてくれるなんてな……森で出会ったのがエリスで本当に良かった……)
こんな体験は元の世界では、なんならこの世界でもそう出来る物でも無いだろう。
しみじみと、彼女との出会いを思い返して─────、
【至れり尽くせり、という状況ですね。加賀屋様】
驚愕。危うく浴槽に沈みかけた。
皮肉じみた単語が脳内に流れた。否、無理矢理流された。
「ゲホッ……急に出てくるなよ、アイちゃん」
浴場に誰もいないのを確認して、俺は彼女に語りかける。
【失礼致しました。現状に合致した慣用句を提示してしまいました】
「別にそんな補足しなくてもいいよ……」
無機質な返答にはどうにも不釣り合いなその言い分に、破顔してしまう。
もはや彼女はアイと呼ばれる事には、何の抵抗も感じていないようだった。
「あ、そうだ」
ふと、今日出会った王都騎士隊を思い出して、なんとなしに彼女へ問いかける。
「王都ってどんな場所か知ってるか?」
【はい、王都ギルドバルト。人間の王が治める難攻不落の要塞。そして、全ての流通の中心に位置する重要な場所です】
「……要塞、ギルドバルト」
王都の名前は今初めて聞いた。
あの黒い巨人の魔獣の大軍に襲われても無事だったのだから、要塞と呼称されるのも納得出来る。
「ありがとう、アイちゃん。物知りなんだな」
【肯定します。しかし、私が現在加賀屋様に教えられる情報は今述べた事柄だけです】
「え、もう終わり?王様の名前は?」
【回答できません】
「ギルドバルトの人口は?」
【回答できません】
「俺を転移させた男の名前は……」
【回答できません】
「何にも答えてくれないじゃん」
【肯定します】
「ああ、そうですか!……はぁ」
否定を肯定する返事だけが早いのが微妙に腹立たしい。
俺は異世界に来てから何度目か分からない溜息を吐きながら、のぼせる前に浴場を後にした。
◆
浴場から脱衣場に入ると、机には綺麗に畳まれた自分の服と、一枚の手紙が置いてあった。
『洗濯しておきました。不明な点が御座いましたらお申し付けください。
─────セバス』
どうやらセバスは、俺が入浴している内に俺の服を洗濯するという凄技を披露したみたいだ。
「出来れば居場所を教えて欲しいかったけど……ありがとうございます」
この広い屋敷から人を探し出す苦労を思いつつ、セバスへの感謝の言葉を口にする。
そして、身体を拭いてから馴れた手つきで一張羅を身につけた。
「─────、」
俺は彼の残した手紙を眺めて思案する。
というのも、文字は相変わらず読めないが目に入れた瞬間、内容が頭の中に流れ込んでくるという異常事態が俺に起こっているからだ。
更には昼に村で見た時と違い、異世界の文字の上に日本語が浮かんでいる。
「この文字の翻訳って、もしかしてアイちゃんの仕業だったりする?」
【肯定します。私が加賀屋様に付与致しました】
「何から何まで……凄いな」
魔獣を倒す程のチート能力だけじゃなく、こんな細かい能力まで授けてくれるとは、後から命を取られたりしないか不安になってくる。
【ところで、加賀屋様。通信端末はご覧になっていないのですか?】
「通信端末って……スマートフォンの事か?」
俺は自分の衣類の隣に置いてあったスマートフォン、そして同様に置いてあった鍵を手に取る。
【はい、そちらに翻訳の加護アプリをダウンロードした旨を記載したメッセージを送った筈です】
「ああ、あれか……」
それを言葉で、村をエリスと歩いていた時に所々欠けたメッセージが届いたの思い出した。
「何かが送られたのは分かったんだけどさ、画面が割れちゃっててさ……翻訳って部分しか読めなかったんだよ」
【それは、問題ですね。充電は切れないように改変したので大丈夫ですが……】
「そうなんだよ。だから困って……って充電が切れない改変?」
【加賀屋様、画面に触れて頂けますか?】
俺の言葉を無視して、アイはスマートフォンの画面に触れる様に力強く促す。
「え、ああ。別にいいけど」
その気迫に少し息を呑みながらも、彼女の言う通りに画面に触れる。
するとヒビ割れた画面は、まるで時間が巻き戻っていくかの様にあっという間に元通りに直った。
「っ……!?」
脱衣場を見回す。誰もいない。
誰かが隠れて、魔法か、それとは違う何かでスマートフォンを直したとかでは無い。
【完了致しました。今後の活動に支障が出ると判断し、特別に修復をさせて頂きました】
再び頭にアイの声が響く。
乾ききっていない髪から、水滴が垂れて頬を伝った。
「何者なんだよ。お前─────」
【回答できません】
「はは、本当に……秘密が多いんだな」
【肯定します】
彼女は当然の様に、淡々と、無機質に、肯定した。
全てを知っていると思われる存在が間近にいるというのに、その答えは決して明かされる事は無い。
俺は歯痒さを感じながら、脱衣場を後にして自らに割り当てられた客間へと帰った。
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