第20話 『一件落着』
「けっ?!け、け、賢……!」
俺が賢者だという、エリスの言葉にソレイユは動揺したのか声を上ずらせた。
今までの厳格な雰囲気とは打って変わった声を聞いて、後ろに控えている騎士達が何事かとこちらを視線を向けてくる。
「しーーーっ!ソレイユ、もう少し静かにしろ!」
口元に指を当てて、エリスはソレイユをグイッと引き寄せる。
「し、失礼しました。ですが本当なのですか?」
ハッと我に帰ったのかソレイユは食い入る様に、事の真偽を確認し始める。
「うむ、本当だ。それなら二級魔獣を倒した事にも納得が行くだろう?」
「え、ええ。しかし、それならば是非とも王都に来て頂いて、お詫びとお礼を兼ねたおもてなしを……」
彼女は何やら善意でとんでもない事を行おうとしている。ありがたい事だが、転移者として歓迎されているならともかく、賢者なんて中二病じみた括りで扱われるのは御免だ。
(それに、魔法なんて毛程も使えないってのに……)
【加賀屋様もきちんと訓練すれば、魔法を使えるようになりますよ】
(マジ?!)
などと脳内で一人仰天している俺を尻目、にエリスは慌てながらソレイユが掲げた提案を却下した。
「そ、それは出来ない!コイツは自分が賢者だと言うことを隠したいらしくてな。この村でも身分を知っている者は少ないんだ」
「そ、そうなのですか?」
ソレイユは確認する様に俺の方を向く。
「え?!あ……まあ、はい」
俺は意識を、現実に引き戻しうなずいた。ここはとりあえず話を合わせる事にしよう。
エリスは俺の同意の言葉に安心したようで、満足気にウンウンと頷いた。
それに釣られて俺も、ほっと息をつく。
相変わらず、一度でも深く追求されたらすぐにバレてしまいそうな嘘だ。内心ヒヤヒヤさせられる。
しかし、エリスもエリスなりに気遣った上での嘘なのだ。文句は言えない。
「そういう訳だ。だから、報告書には今回の二級魔獣討伐の貢献者として私の名前をしっかりと記入しておくといいぞ!」
前言撤回。とんでもない抜け目の無さに俺は言葉を失ってしまった。
コイツを今すぐ告発しなければならない。
しかし、既にソレイユはコクリと頷いていた。
遅かった─────!
「なるほど……分かりました。ではもう一人の村人の方の名前を記入しておきますね」
「あれっ?!」
「因みに、もう一人の村人はライアンという名前です」
「セバス、何故だ!?」
その間、五秒にも満たない。見事なまでの連携だった。
手柄を総取りしようとした病み上がりの魔女の謀略は、身内の執事の反乱よって一瞬で瓦解したのだった。
◆
「うう…………」
ガックリと肩を落とすエリスの頭を、軽く撫でて慰める。
兎にも角にも、今のやり取りのお陰で俺に向けられた疑いは一先ずは晴れたようだった。
「さて……我々はそろそろ王都に戻ります」
「うむ、わざわざ来てもらったのに……無駄足を踏ませてしまってすまないな」
「謝らないで下さい。それに……平和に暮らしている人々の姿を見れたのです、無駄ではありません」
ソレイユは振り返って、夕日が照らす村を見渡す。
兜をしているので、表情を伺う事は出来なかったが、彼女の声色から優しい笑みを浮かべている事がはっきりと分かる。
「そうか……まあ、また暇な時に遊びに来い」
「遊びに、ですか?」
「うむ。その時は万全な状態でもてなしてやるからな!」
首を傾げる彼女に、エリスは少し照れ臭そうに顔を背けながら、そう言った。
「ふふ……ありがとうございます。それではまた今度、遊びに来ますね」
俺達に対して深く一礼した後。ソレイユは走鳥に跨ると、他の騎士達を引き連れて村の門へと向かっていった。
その背中を見つめながら、俺は深い溜息を吐いた。
「では、私は先に屋敷に戻ります。夕食の支度を手伝わなくてはなりません」
「分かった、レイスとカーラによろしく頼む」
「はい。それでは……」
セバスは俺とエリスに頭を下げると、早足に診療所を後にした。
一件落着。そんな単語が頭の中に現れる。
危うく転移者とバレるか、そうでなくとも怪しい経歴に疑念を抱かれそうになったが、かろうじて誤魔化す事が出来た。
横にいるエリスは安堵の息を漏らし、ぐーっと背伸びをした、
「っ……さて、私達もライアンの様子を見てから屋敷に戻ろうか」
「そうだな」
エリスの提案に同意しつつ、軽く準備運動をする。まだ俺には問題が残っているのだ。
「……エリス」
「ん、なんだ?」
ゆっくりと彼女ににじり寄る。
そして─────、
「こうしてやるっ!」
俺はエリスを持ち上げて、ぐるぐると振り回した。
「う、うわあああ?!な、何をする!?」
「変な嘘つきやがって、マジで危なかったんだぞ!」
「あれは仕方な、や、止めろぉおお!」
そして、ある程度振り回した所でぐわんぐわんと目を回すエリスを、ぐっと抱き留めて地面に下ろす。
「カガヤ……よ、よくもこんな……」
彼女は目を回しながらゆらゆらと揺れている。これで無茶な嘘に対しての個人的な仕返しは終わりだ。
後は─────、
「んぇ……?!」
エリスの両肩に手を置く、気の抜けた声が彼女から発される。
「お前が無事で、良かったよ」
「な…………」
俺はエリスの頭を撫でた。ゆっくりと、生きているのを確かめる様にしっかりと触れる。相変わらずの良い撫で心地だ。
しかし間もなく俺の手は、がしりと掴まれた。
「私の方こそ、お前が無事で良かったよ」
俺の手を両手で握り、真っ直ぐとこちらを見据えながらエリスはそう言った。
そして─────、
「……っ!?」
俺の胴体に柔らかい物が当たる感覚。そして僅かな衝撃に、身体が揺らめく。
何事かと視線を下に向けると、エリスが俺に抱きついていた。
「ちょっ……エリスさん?!」
「ふふん、私だっていつも撫でられてばかりでは無い!攻勢に移らせてもらうぞ!」
こちらを見上げる様に、彼女は顔を上げる。その上目遣いに動揺しそうになりながら、頭を降って平静を取り戻す。
「やるな……でもここからが─────」
ニヤリと笑ってくすぐり反撃を繰り出そうとした時。
「アンタ達……何やってんだい……」
突然の自分達以外の声に、まるで錆び付いたロボットの如くぎこちない動きで俺とエリスは視線を向ける。
診療所の扉が開き、呆気に取られた表情のダリアとハイルマン、そして松葉杖を突いたライアンが立っていた。
彼等に向かい合った状態で、俺達は一瞬目を合わせるとばっと離れる。
「別に、何も?」
「うむ……何もしていない」
お互いに顔を背ける、自分の顔が赤くなっているのが分かる。
「まあまあ、お似合いだぜぇ。二人とも」
ライアンはニヤけながらそう言った。
その言葉に、ダリアとハイルマンも微かに笑みを浮かべた。
「何でもないって言ってんじゃんか!!」
「何でもないと言っているだろうがーー!」
俺とエリスの叫びが、夕暮れの村に木霊するのだった。




