第19話 『来訪者』
日が少し沈み、オレンジ色の夕日が辺りを照らし始めている。
「セバス……さん」
そんな中で、俺は気が付くと隣に座っていた執事の名前を呼ぶ。
「はい、セバスでございます」
セバスはそれに返事をしながら軽く一礼する。
そこから数秒、俺はどう話を振ったものか悩んだ末の沈黙の壁を作ってしまった。
エリスを守れなかった事への謝罪、ウェアウルフが俺を狙っていたという事、俺の能力の事。
話すべき議題は沢山あるというのに、それを何故か口に出せないでいた。
「カガヤ様……」
その沈黙の壁を先に打ち破ったのはセバスだった。
「ライアンから少し話を聞きました、カガヤ様がウェアウルフを倒したと」
「……!」
「魔法を使用した、という訳では無いようですな」
「……それは」
「不躾な質問ではありますが、どうやったのですか?」
セバスの目が僅かに鋭くなった。
この人は俺がこの世界に転移して来たという事を知っている。魔法を今日初めて見た事も知っている。
魔法ではない、未知の方法でウェアウルフを倒した俺を警戒しているのだ。俺の世界で例えるならば、突然現れた子供が三メートルの熊を素手で倒したみたいな感じだろうか。
「この世界に来て変な能力を手に入れたみたいで……敵の攻撃を跳ね返す、みたいな」
少しだけ掻い摘んだ説明をする。実際には人を助ける行為に応じて反射とか無効化とか、色々な力を身につける事が出来る能力だ。
【異議を唱えます。変な能力、ではありません『救済者』です】
この頭の中で主張をする声も含めて、本当に変な能力だ。
「なるほど……それを使ってウェアウルフを倒したのですか」
意外と簡単に理解を示してくれたセバスに驚く。中々荒唐無稽な話だったと思うのだが。
そんな驚いた俺の表情を見て、セバスは何かに気が付いた様に一度咳払いをした。
「…………人間の転移者は前例がありません。そう言った力を得たとしても、不思議では無いでしょう」
「そんな、もんなんですかね」
「はい。それにカガヤ様がお嬢様を救って下さった事には変わりありません。その言葉を、私は信じますよ」
「……ありがとうございます」
エリスにも、同じような事を言われたのを思い出す。
こんな怪しい出自の俺を信じてくれるのは嬉しいが、なんとも歯痒い様な奇妙な気持ちになる。
実際の俺は、そんな上等な人間ではないのだから。
訳もわからず異世界に来て、たまたまエリスに助けられて、たまたま助けて。そんな行きずりの行為など賞賛されていいはずもない。
「俺は、」
自らの気持ちを吐露しようとしたその時、道の向こうから、奇妙な人々が歩いて来るのが見えた。
それを見た村人達は、歓声を上げる者、手を振るもの、祈り出す者様々な反応を示している。
それは銀色の兜に同じく銀色に輝く鎧。そしてその腰には剣を携えた、まさに騎士と言った人間の一団。
「王都の騎士様だ、来てくれたんだ!」
近くの村人達が感激の声を漏らす。
「……マジもんの騎士か」
甲冑を身にまとった騎士など、本の中の挿絵でしか見た事は無い。その厳かな雰囲気に息を呑む。
彼等は同じく鎧を身に着けた走鳥に乗りながら、俺とセバスがいる診療所の前にやって来た。
「うわっ……こっち来た?!」
突然の来訪者に面食らっていると、先頭にいた胸に金色の装飾を付けた騎士が走鳥から降り、俺達の前に歩いて来る。他の騎士達は隊列を崩すこと無く待機している。
「お久しぶりです、セバス殿。王都第三番騎士隊隊士一同
及び騎士隊隊長、ソレイユ=クロスフォード
魔獣が現れたとの報告を受け、推参致しました」
声から察するに、女であろうその騎士は胸に手を当てて一礼した。
◆
「救援に感謝する。久しいな、ソレイユ」
そう言いながらセバスは、まるで懐かしむ様に名前を呼び、目を細める。
セバスの言葉を聞くとソレイユと呼ばれた女性は、その一礼を解いた。
「はい、セバス殿もお変わり無いようで何よりです」
「はっはっは!最近は身体のあちこちにガタが出てきてしまった、よる年波には適わんよ」
「ふふふ。ご冗談が好きなのも、相変わらずのようですね」
俺は笑いながら談笑する二人の姿をただ呆然と見ていた。かなり旧知の知り合いの様だ。
「さて……セバス殿。昔話に花を咲かせたい所ですが、我々はすぐに魔獣を討伐に向かわせて頂きます。出現場所はこの付近の森ですか?」
「ああ……それなのだが……」
セバスは気まずそうに自らの髭を触る。
「……如何なされました?」
ガチャリと甲冑を鳴らしながらソレイユは首を傾げる。
セバスの今ひとつ煮え切らない態度に違和感を覚えたようだ。
「魔獣は、既に倒してしまった」
「な─────」
その言葉にソレイユは言葉を失った。
背後にいる騎士達も困惑したように顔を見合わせている。
「あ、ありえません。一体どうやって、」
「そんなに不思議か、ソレイユ?」
聞き覚えのある声が聞こえ、診療所の扉がゆっくりと開く。
そこには美しい金色の瞳に、宝石の様に赤い髪を携えた少女。
エリスが、自信たっぷりの表情で立っていた。
「エリス!」
「エリスお嬢様!」
セバスと共に彼女の名前を呼ぶ。
「も、もう身体は大丈夫なのか?」
俺は彼女に問いかける。
ゴブリンの毒を食らった彼女は、かなり疲弊した様子だった、動いて大丈夫なのだろうか。
「問題無い、完全復活だ!そもそも、あの短剣には毒がほとんど残っていなかったみたいでな。少し薬を飲んだら治ってしまった」
「そうだったのか……良かった」
ライアンの方も怪我の具合が気になるが、一先ずはエリスが無事で良かった。
俺が、ほっと胸を撫で下ろしていると、エリスは駆け足にこちらに歩いて来た。
「セバス、ライアンを運ぶのを手伝ってくれたそうだな。ご苦労だった」
彼女はセバスの目の前で立ち止まると、優しい口調で告げる。その言葉にセバスは少し複雑な表情を浮かべた。
「ありがとうございます、しかし……私がもっと早く着いていれば……」
「ええい、気にするな気にするな!結果的に倒せたのだから良かっただろう。それに、いつまでもお前に頼っていては母様に笑われてしまう」
「……ははは、それもそうですな」
「うむ!」
ハッハッハ。と二人が笑い合っている。何となく、その信頼関係が少し羨ましくなる。
そんな団欒の間に、言葉が投げかけられる。
「お話の途中で失礼します、エリス様……少し宜しいですか」
その声の主は、騎士隊隊長のソレイユだった。彼女は何かが腑に落ちないとでも言うような声色だ。
「なんだ?」
「魔獣を倒したのですよね」
「ああ、そうだが……」
「種類は何だったのですか」
「ウェアウルフ、二級魔獣だ!」
「どのように倒したのですか?」
「それはもちろん、このカガ─────」
エリスは一瞬俺の方を見て、何かに気が付いた様に口を噤む。ソレイユもその視線を追って、俺に目を向ける。
甲冑の隙間から視線を感じる。
「この方が、ウェアウルフを?」
「えーっと……そうだ!この男はカガヤと言ってな、もう一人の村人と一緒に、魔狼を倒すのを手伝ってもらったんだ」
「…………」
ソレイユはひたすら俺を見つめてくる。
見つめられ過ぎて穴が空いてしまいそうになる。どうやら怪しまれているという事は分かる。
「ええい、ソレイユ!一体何がそんなに気になるんだ?!」
その態度に、エリスは焦りを隠す様に声を上げた。
「失礼をお許しください。しかし、二級魔獣を倒すなど生半可な事では無い。三人くらいで倒す事が出来るならば、我々は苦労していません」
「う、それは……そうだが……」
エリスは歯切れ悪くも、彼女の言葉に同意した。
彼女の言っている通りだ。
たまたま俺のラッキーパンチで倒せただけで、現にライアンもエリスも追い詰められて傷を負ってしまっている。
身の丈にあっていない敵だったのは明らかだ。
(これはもう、転移者だって話すしかないか……?)
これは誤魔化しきれない、怪しまれて変に目をつけられるよりも、正直に話をしようと俺が口を開けた瞬間。
エリスは何かを思いついたかの様に手を叩くと、ゆっくりとソレイユに近寄る。
「……このカガヤはな、《賢者》なんだ」
そして再び、小声でそう言った。