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第18話 『帰還』

 

 蘇ったウェアウルフを再び屠ったのは、エリスの家に仕える執事、セバスその人だった。


「セバスの旦那!?なんでここにいんだ?」


 彼が遅れて来るとエリスから聞かされていなかったライアンは、驚愕の声を上げる。


「お嬢様から魔獣を倒すから協力しろとの連絡を頂いたので、参上した次第でございます」


 そう言うと、セバスはライアンの肩に手を回しその夥しい出血にふらつく身体を支える。


「そういうことか……確かにちょっと遅かったけど助かったぜぇ、まだ魔獣が生きてるとはよ……痛っつつ……」


 ライアンは自分の傷付いた身体と、俺に背負われているエリスを見やる。


「俺達はこのザマだからな。もう駄目かと思ったぜ」


「申し訳ありません、私がすぐに合流出来ていれば……」


「ハハハ、気にすんなよ!でも旦那がエリス嬢の呼び掛けに遅れるなんて珍しいよなぁ。何やってたんだ?」


 その質問にセバスの目が鋭くなった、辺りの空気がまるで刺すように冷たくなった気がした。その雰囲気の変わりようにライアンと俺は息を呑んだ。



「昔の知り合いを……見かけたのです」



 セバスの自責と後悔の念に溢れたその言葉に、返事も追求も出来なかった。

 俺達は、それから村が見える場所に出るまでひたすら黙って歩き続けた。



 ◆



「やっと……着いたか……」


 村を目前してライアンは息を切らせながらも安堵の声を漏らす。

 道中で止血はしたが先程よりも体調が優れない様で、彼は徐々に衰弱している。

 背負っているエリスも、明らかに熱が上がっている。


「急ぎましょう、すぐにハイルマンに診せなければ」


 セバスの声から焦りが感じ取れる。事態は一刻を争うようだ。

 早足で村の門の前に辿り着くと、門の向こうから俺達に気が付いた誰かが真っ直ぐ走って来るのが見えた。


 その見覚えのある女性は俺達の目の前で立ち止まると、声を上げた。


「アンタ達!どこいってたんだい?!」


 彼女は森に一つしかない、この村の村長。ダリアだ。


 エリスとライアンの状態を見て全てを察した彼女は、困惑した様子だったが、すぐに門番の一人に声をかけた。


「その傷……!ハイルマンを今スグ連れてきな!」


「は、はい!」


 村の中に駆け出して行く門番を見送ると、ダリアはゆっくりとこちらを向いた。


「倒しに、行ったのかい」


「……はい」


 何をなどとは言うに及ばず。嘘をつく訳にもいかず、俺はただ肯定することしか出来なかった。


「アンタ達、なんて無茶を……死んだら元も子も無いんだよ?!」


 声を震わせながら、ダリアは憤りに満ちた言葉を紡ぐ。

 しかしそれは単なる激情では無く、その悲痛な表情は子を想う母親の如き優しさが感じ取れた。


「ふ、ふふ……ダリア、泣いてるのか?」


 その時、俺の背中から声が聞こえた。俺が驚きに目を向けるとエリスが目を開けていた。


「エリス!アンタ、大丈夫なのかい?!」


「大丈夫だ、ウェアウルフは倒したぞ。これで……村は安全になった……」


「……バカな子だよ、本当に」


 ダリアは目を拭いながら呆れるに告げる。

 それを見て、エリスは満足した様に笑みを浮かべると再び眠る様に意識を失った。


「エリス嬢はゴブリンの毒を食らっちまった。早い所、薬を飲ませてやってくれ」


 セバスの支えから抜けて、食いかかる様に前に出るライアンをダリアは静止する。


「ちょっと落ち着きなよ。アンタも人の心配してられる傷じゃ無いだろうが、黙って大人しくしてな」


「お、おお。そうだった……分かったぜ」


「それでいい。しっかり傷を直して一息ついたら、話をしようじゃないか」


「話?何の話だよ?」


「決まってるだろう。どうして私に報告もせずにこんな事をしたのかについて、話をするんだよ。じ〜〜〜〜っくりとね」


 ニコニコと笑みを浮かべるダリアの背後に巨大な鬼の姿が見えた気がした。

 ライアンは更に血の気が引いた様に顔を真っ青にして強ばらせた。


 今確信した、彼女は絶対に怒らせないようにしなければ─────、


「カガヤ……アンタもエリスも、後で話を聞かせてもらうからね」


「あっ…………はい」


 満面の笑みに睨みつけられて、冷や汗が頬を伝った。


 どうやら既に虎の尾を踏んでしまっていたらしい俺は、ただ震える事しか出来なかった。


 作戦の立案者であるエリスは自らに迫る絶体絶命の危機を知ってか知らずか、俺の耳元で苦しそうに寝息を立てていた。



 ◆



 エリスとライアンは、後からやってきたハイルマン主導のもと、診療所へと運ばれて行った。

 ライアンを一人で搬送したダリアの怪力さ加減には驚かされた。


「しっかし、ダリアさん怖すぎんよ……」


 十数分くらい事の経緯や何があったかを事情聴取されて、何故止めなかったとか報告はしっかりしろ、などとかなり絞られた。ウェアウルフの方がまだ可愛く思えてくる。


「はぁ……」


 何はともあれ、一段落ついた俺は診療所の外にあるベンチの上で項垂れていた。

 ハイルマン曰く、ゴブリンの毒は獲物の動きを制限させる為だけの杜撰な品質だったから命に別状は無いとの事だった。

 それよりも、ライアンがあの出血量で何故気絶していないのかが不思議だそうだ。


「まあ、とりあえず助かって良かった……疲れた」


 なんというか体感で一週間くらい過ごした気がする。実際は数時間くらいだけれど、そう感じてしまう程に緊張と異常事態の連続だった。


 ゴブリン、ウェアウルフとの戦い。

 俺の能力と頭の中の声……アイちゃんの存在。


(アイちゃん、いる?)


【お呼びでしょうか?】


(……今日の運勢教えて)


【そういった機能は備わっていません】


 頭の中での呼び掛けに反応する声は、相変わらずの調子で淡々と話す。

 一体彼女はいつから居るのか、どうして俺の頭の中に居るのか、なんで能力を使えるのか、全てが謎だ。


(アイちゃんの経歴を教えてよ)


【回答出来ません】


 いざ核心的な事を問いかけてもこの調子だ。


「手詰まりだな……」


 ポツリと不満を口から漏らす。


「気落ちしているようですな」


 不意に隣から声が聞こえた。

 目を向けると、いつの間にか同じベンチにセバスが座っていた。


「この度はありがとうございます、カガヤ様。よろしければ、御相談に乗りますよ」


 壮年の執事は笑みを浮かべて、そう言った。

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