第15話 『迫る魔獣』
まるで全てを拒絶するかの様な鋭い咆哮の後、ウェアウルフは俺達を視界に収めると、低く唸りながらゆっくりと距離を詰めきた。
「なるほどなぁ、コイツが……」
「ウェアウルフだ、今更怖じ気付いたか?」
「冗談だろ?余裕に決まってるだろぉが」
ライアンはエリスの一言に笑いながら返答すると、肩をぐるぐると回して軽く息を吐いて剣を抜いた。
「まあ余裕だけどよ……エリス嬢、援護頼んだぜ」
「ふん……了解した。私が先に魔法で攻撃を仕掛ける、奴の動きが止まったらその瞬間に仕留めろ」
エリスの作戦をライアンは剣を抜く事で承諾する。
《グルルルル……》
ウェアウルフは剣を取り出したライアンを睨みつけながら、攻め時を伺っているのか、ジリジリと距離を図っている。
なんとか不意を突けないか、移動するが常に視界の端に俺を入れながら位置取りされている。
「不意打ちは無理か……」
その油断の無い動きに、まるで同じ人間を相手にしている様なプレッシャーを感じていると、
「……カガヤ」
突然、名前を呼ばれた。
自分を呼ぶ声の方向を向く、声の主はエリスで彼女はウェアウルフに杖を構えながら俺を呼んだようだった。
「な、なんだよ」
彼女はウェアウルフから目を離すこと無く、ライアンに聞こえないように小さく言葉を紡ぐ。
「お前の魔法とは違った能力……現状不明な点が多いが、前回の奴を吹き飛ばしたのを見るに、強力な能力なのは間違い無い。いざという時は任せたぞ」
「……分かった」
ふわりと、身体を包んでいた緊張感が消えた。
彼女の言う通り不明な点が多い能力だが『救済行為』がトリガーとなっている事は分かっている。
現在判明している発動のトリガーは、頭の中に流れた声を参照するならば『逃がす』と『肩代わり』の二つ。
(今出来るのは『肩代わり』か……?)
他にもトリガーが存在するか確認したいが、この状況で能力を手探りで使うのは危険過ぎる。
(説明書が無いとか、安い中古品かよ……でもとにかく、やってみるしかないよな)
決意を固めて俺が一歩前に出ると、エリスはニヤリと笑い、ライアンに目配せする。
そして、全員準備が済んだのを確認した後に告げた。
『では早速……
我が炎は光りて爆ぜる!!』
杖の先に起こり、放たれた炎は真っ直ぐに魔狼に向かって飛来し爆発した。
劈く悲鳴と共に、開幕の狼煙が上がった。
◆
《ギャアアアア!!》
悲鳴を上げながら燃え盛るウェアウルフにライアンが詰め寄る。
手に持った剣を振り上げ、切りかかろうとした。
「もらったぁ!」
「……ッ!待て、ライアン!」
しかしその時、何かに気が付いたエリスが呼びかける。それを聞いたライアンも異変に気が付くと動作を中断し、すぐさまウェアウルフから飛び退いた。
飛び退くと同時に、彼の立っていた空間に爪が振り下ろされた。
空気を切り裂く音から、その鋭さが伺える。
「お、あっぶねぇ……!助かるぜ、エリス嬢」
「礼は後だ、武器を構えろ!」
「分かってるさ、だけどよ……コイツはなかなかどうして、手強いな」
二人のやり取りを聞きながら、俺はウェアウルフから目を離せないでいた。
確かにエリスの魔法を喰らい爆炎に身を包まれた筈だった。だが奴は依然として燃えながら、平然とそこに立っていた。
昨日は倒すことこそ出来なかったが、エリスの魔法が効いていた筈だ。
しかし今は─────、
「効いて、ない?」
ウェアウルフはそんな俺の言葉に返事をする様に小さく唸ると、まるで犬が身体に付いた水を払い落とすように、地に手を付いて四足の状況で軽く身震いした。
それによって身体に付いたエリスの炎は、いとも容易く掻き消えた。
昨日の火傷以外に新しい傷は見当たらない。
「耐性を付けただと……?」
「エリス嬢。こいつ本当に二級かよ」
ウェアウルフの無傷の姿を見て、ライアンは額から血を流しながら疑問の声を上げた。
「ライアン!それ……」
「心配すんなよカガヤ。喰らってたみたいだがよ、かすり傷だ」
そう言ってライアンは額の血を拭うが、その夥しい血量は軽傷とは言えない物だった。
「こいつは昨日より明らかに強くなっている……いや、実力を隠していたんだ。見誤っていた、私の失態だ」
自らの魔法が効いていない事への焦りからか、エリスは表情を強ばらせている。
「長期戦は不利だ、カガヤ、お前の魔法と奴は相性が悪い。ライアン、私達だけでなんとか仕留めるぞ」
彼女は魔法すら使えない俺を戦闘から遠ざける理由付けをしながら、ライアンに指示を出した。
「エリス、俺も一緒に……」
「却下だ!ライアン、準備はいいか」
「ちょっ……」
速攻の拒否に言葉を失う俺とエリスのやり取りに、怪訝な表情をしながらライアンは返事をする。
「お、おう。いつでも大丈夫だ」
エリスはその返事と共に詠唱する。
『捕らえよ、我が炎!』
余裕の笑みを浮かべているウェアウルフの足元に炎が現れ、手足を炎の鞭が絡めとる。
《グァァ?!》
四肢の自由を奪われたウェアウルフは悲鳴を上げながら、その場にうつ伏せに倒れた。
「悪く思うなよ!」
素早く駆け寄ったライアンは剣を逆手に握ると、その切っ先を魔狼の頭に向けて真っ直ぐ突き立てた。
パキン
何かが弾け、地面に落ちる。
「おいおい、嘘だろ」
ライアンの目が地面の一点に向けられる。
同じ様に視線を向けると、そこには彼が突き立てた剣の切っ先が落ちていた。
剣はその中腹から真っ二つに折れていた。
「ライアン、逃げるんだ!拘束が解ける!」
気が付いた時には遅かった、身体に巻きついた炎を引きちぎったウェアウルフは、素早く飛び起きると自らを攻撃した人間に向き直る。
「畜生がっ……」
ウェアウルフは未だに体制を立て直せていないライアンへと、その爪を向け─────、
鮮血が飛び散った。




