第14話 『再会の笑み』
茂みの中から這い出でるように現れた四体の小鬼達。
エリスがゴブリンと呼んだ彼等は、人間の様に見える。血のように赤い巨大な目に、緑色の肌、長い耳、そしてその顔に醜悪な笑みを浮かべている事を除けばだが。
こいつらは一体何者なのか、そんな俺の疑問の答えすぐにはエリスによって提示された。
「このゴブリンは四級魔獣だ。人間に似ているのと言っても惑わされるな、それは形だけだ……十分な凶暴性を持っている」
「よ、四級魔獣?」
「そうだ、魔獣には脅威度数が定められている。一から四まで存在する中で、こいつらは一番下の『四』……最底辺に位置する魔獣だ」
「簡単な話、雑魚って奴だ。まったく拍子抜けだぜ」
ライアンはがっかりした様に肩を竦めてから、スラリと剣を抜いた。
「油断するな、こいつらは本命では無いからな」
「分かってるっての。まあ俺に任せな……賢者様に雑魚は任せらんねぇ」
(賢者……俺の事か、実際は違うんだけどな……)
自分が賢者だと嘘をついた為に、呼ばれる度に何とも居心地が悪くなる。
本当は彼も嘘だと気が付いて弄っているのではないだろうか。
この虚偽の最初の立案者であるエリスを、俺は抗議するように睨んだ。
彼女はその視線に気が付くと、気まずそうに笑みを浮かべた。
どうやら申し訳無いと思ってはいるようだ。
とりあえず後で撫で回してやる。
「さ、さてライアン。私が援護するから、各個撃破を心掛けて……」
エリスは話を変えるようにパンと手を合わせると、ライアンに作戦を提案した。
だがライアンは首を振ってその提案を棄却する。
「いいや、しゃらくせぇ!俺が丸ごと倒してやるよ!」
「お、おい!?」
ライアンはズカズカと目の前のゴブリン達に詰め寄っていく。ゴブリン達は相変わらず醜悪な笑みを浮かべたまま、ゆっくりと彼を取り囲む様に陣形を組んだ。
《ヒヒャアア!》
そして掛け声と共に、一体のゴブリンがライアンの背後から飛びかかった。
その手には何処に隠していたのか、鋭く尖った石のような武器が握られていた。簡素な物だが、あれを首元にでも突き立てられたら一溜りもない。
完全な死角からの一撃。
目の前で起ころうとしている最悪の事態に、俺はライアンを助ける為、駆け出そうとしたが─────、
「ふん」
《ヒ、ガァ?!》
何かが潰れるような音が聞こえ、空中のゴブリンは悲鳴を上げながら吹き飛ばされた。
そして近場の木に激突し、そのまま動かなくなった。
《ヒ……》
他のゴブリン達は、仲間の呆気ない最後に呆然としている。
それを見てライアンは溜息を吐いた。
「おいおい、軽く押しただけだぜ」
その言葉通り彼は振り返った勢いで、空中のゴブリンを盾で押し払っただけだった。
(そんで、あの威力かよ……)
その剛腕に感動しながら彼に殴られた事を思い出し、能力を授けてくれたのであろう神様(仮)に感謝した。
「来ないなら、俺から行くぞぉ」
ライアンは悠然と怯えた様子の一体に迫って行く。
そのゴブリンは覚悟を決めたのか、甲高い声を上げて飛びかかるが、銀閃が煌めき─────、
《ゲ……》
その抵抗がライアンに届くことは無く、鮮血を撒き散らしながら、その身体は綺麗に両断された。
「マジ……?!」
その鮮やかな技に、思わず声が出ていた。
俺の中での異世界の戦いという物は魔法が飛び交っているイメージだったのだが、どうやら考えを改めなければならないみたいだ。
「もしかして、エリスもあんな事出来んの?」
「で、出来るかぁ!?さっき言っただろう、ライアンは元王都騎士隊だったんだ!剣技に関しては折り紙付きだ」
「一番下っ端だったけどな、ハッハッハ」
剣に付いた血を拭いながら、ライアンが注釈する。
(この人で下っ端って、隊長とかどうなるんだよ)
王都を巨人が襲ったという情報が入った時に、エリスが問題無いと言っていたのは、王都の騎士隊が居ることに由来しているのだろうか。
「よっ……と」
再び、ライアンが剣を振るいゴブリンの頭部が吹き飛ぶ。あっという間に残す所、後一体となった。数十秒前まで数で負けていたのが嘘のようだ。
「さ、お前で最後だ」
《ヒ……ヒィイ!》
後ずさりしてライアンから逃げるゴブリンは、ふとこちらに視線を向けると、
《ヒヒ……》
邪悪な笑みを浮かべ、こちらに真っ直ぐ向かって来た。
ゴブリンの狙いは─────、
「エリス嬢!」
エリスだ。
「…………」
彼女は黙ったまま、動かない、
呆気に取られているのだろうか、急いで止めに入ろうとするが間に合わない。
「エリス!」
手を伸ばして、名前を呼ぶ。
しかし、石の短剣を取り出したゴブリンは彼女に肉薄し、涎を撒き散らしながらその凶刃を振り上げた。
また俺は目の前で─────、
『捕らえよ、我が炎』
エリスが杖を構え、そう唱えると炎がゴブリンの周りに現れた。炎はまるで縄の様に巻きつき、自由を奪われたゴブリンはそのまま地面に叩きつけられた。
《……!……!?》
モゾモゾと動くゴブリンに向かって、エリスは再び詠唱する。
『燃えろ』
炎の縄は一度強く光り、爆発的に火力を増すとゴブリンを包みこみ、五秒も経たないうちにゴブリンを消し炭にした。
「これで終わりだな。カガヤ、怪我は無いか?」
「あ……ああ……なんとか」
魔法のエグさにも驚いたが、自分が狙われていたというのに、当然の様に俺の心配をするエリスに、俺は面食らって気の抜けた返事をしてしまった。
彼女は薄く笑った後に、険しい表情でライアンの方を向いた。
「良くやってくれたと言いたいが……ライアン、何故すぐに仕留めない?」
「す、すまねぇ、エリス嬢……完全に油断してた」
エリスの剣幕に汗を浮かべたライアンは剣を仕舞うと、申し訳無さそうに頭を下げた。
「はぁ……まあ無事だったから良いがな、次はこいつらの頭だ」
「了解だ。寛大な心に感謝するぜ、エリス嬢」
安堵した様子のライアンは、すぐに辺りに転がるゴブリン達の装備を確認し始めた。
「頭って……?」
「指揮官だ。カガヤも昨日見ただろう、あの魔狼だよ」
「あいつがか?指揮官って、見た感じ別の生き物っぽいけど」
「見た目はな。だが、このゴブリン達は必ず二級以上の魔獣に付き従って行動する特性がある」
「そんな特性があんのか……そんでその二級の魔獣がウェアウルフって訳か」
酒場でダリアが魔狼のことを二級と呼んでいたのを思い出した。
「その通り、だがこの場にゴブリンしかいない事から察するに……」
「逃げた……ってのはありえねぇな。多分俺達を試してやがるんだろう、二級になると途端に狡猾になりやがる。嫌だねぇ」
ライアンはゴブリン達から取り上げた石の短剣を、腰のポーチに入れながら悪態を吐いた。
戦利品を漁るのは勝者のなんとやら、とでも言うような彼の佇まいにエリスは苦笑いしつつ、次の指示を出した。
「とにかく、すぐに探し出さなくてはな。それこそ本当に逃げられては敵わん」
「ああ、急いで……」
急いで探そう。
そんな風に口を動かそうとした時、自分の鼻に嗅ぎ覚えのある匂いが纏ったのに気が付いた。
獣の様な匂い。
「…………!!」
急いで辺りを見回す、怪しい影は見えない。
だが、いる。必ずどこかにいる。
突然の行動にエリスは疑問に思ったのか、心配する様に俺に呼びかける。
「カガヤ、い、一体どうした?」
「あいつだ、ウェアウルフがすぐ近くにいる!」
その言葉に状況を理解したのか、エリスは杖を取り、ライアンは剣を抜いた。
しばらく、静寂が辺りを包んだ後。
正面の木々の隙間に赤い光が見えた瞬間、低い唸り声が響き渡った。
《グルルルル……》
森の暗がりから這い出でるように、そいつは姿を現した。
二本の足で立ち、周囲の樹と比べても全長三メートルはあるように見える体躯。そして存在を主張する赤く輝くルビーのような目。黒い毛に覆われた丸太の様に太い両手には鋭い爪が備わっている。
「一日ぶりだな……元気にしてたかよ」
俺は忘れたくても忘れられない、異世界に来て最初に出会った忌々しい化物に呼びかけた。
ウェアウルフは口元を醜く歪ませ、笑うように咆哮した。