第13話 『賢い嘘』
心地良い風が吹く昼下がりの森の中。
エリスの提案の元に魔獣を打ち倒す為、三人の男女が肩を揃えて歩いていた。
そんな中にいる俺は、何故か冷や汗をかいていた。
隣を歩くエリスはそれを面白がっているのか、僅かに笑みを浮かべている。
俺は小声でエリスに現状の文句を言う。
(なぁ……なんでこの人なんだよ?!セバスさんはどうなったんだよ?)
(セバスは遅れて来るそうだ)
(マジか……)
(人選に何か不満が?)
(あるに決まってんだろ!その、だって……お前もあの時居ただろ?!)
(そうは言ってもなぁ、村で一番の実力者はコイツなんだ……嫌なら代わりにお前が協力してくれる人を見つければいい)
(いや、それは……)
(アテがないなら、諦めて仲良くするんだな)
そう言ってエリスは笑いながら、会話を打ち切った。
(参ったなぁ……)
恐る恐る横に目を向けて、溜息を吐く。
この人とは別に仲良くしたくない訳じゃないけれど、どうにも気まずい。
「あー……」
そんな沈む心を隠すように、俺は隣を歩く男に話しかける。
「いやー、い、いませんね。ウェアウルフ」
「……ああ」
彼は不機嫌そうに返事をした。
一応返事をしてくれるだけでも有難い、場を何とか盛り上げる為にもう少し話を振る。
「実際見たら驚きますよ、結構デカいんで」
「…………知ってるわ、見た事ある」
「門番の人、怪我大丈夫ですかね……帰ったら様子を見に行こうかな〜……」
「うるせぇな、黙って歩け!」
「あ、はい……」
隣を歩いている大柄の男は怒鳴り声を上げる。
この低い不機嫌そうな声の主は村の店を巡っていた際に、オズという男と揉めていた人物。
シバの武器屋店主、ライアンだった。
「なんで俺が……」
ライアンはぶつくさと文句を言っている。
エリスはその様子を相変わらずニヤニヤと笑って眺めている。もしやコイツはこんな空気になるのを狙って彼を呼んだのでは無かろうか。
酒場の二階でエリスと共に魔獣を倒すという事を決めた後。どうしてももう一人連れて行くという彼女は、流れる様にライアンの店に向かうと、こう告げた。
「ライアン、ウェアウルフの討伐に協力してくれ」
当然彼は俺を見ると嫌な表情を浮かべ、首を横に振った。やはり先程の騒動での禍根は簡単には消えていなかったようだった。
「領主の命令だ、拒否権は無いぞ」
しかし、エリスのあまりにも露骨な圧力によってライアンは渋々と協力を承諾したのだが─────、
「「「…………」」」
この有様である、会話が弾む事は無く、非常に気まずい空気になっている。
(これから魔獣を倒すっつーのに、大丈夫なのかよ……)
不安を誤魔化す様に、現在の自分達の装備を確認する。
エリスは魔法を使う為の杖に短剣。
俺は魔法が使えないから短剣だけ。
ライアンは、オズに難癖を付けられていた剣と盾を身に付けていた。
「その剣と盾、あの時のですか」
「………ああ、そうだ、というかさっきから変に気を遣うのはやめろ、敬語もやめろ。気持ち悪い」
「なっ……」
「そうだぞ、気を遣った所で何もいい事は無いからな。縮まる距離を自ら離す事はないぞ」
「「……」」
謎に達観したエリスのアドバイスに、ライアンも少しイラッとしていたみたいだが、まあ彼女の言うことにも一理ある。
「分かった、敬語は止めるよ。ライアン、改めてよろしく」
「……フン」
ライアンは鼻を鳴らして顔を背ける。どうやら話し方に文句は無くなったようで彼は自分から話し始めた。
「この剣と盾は俺の自信作でな。あの陰険野郎にあそこまで言われたんだ、汚名を返上してやらなきゃコイツらが報われねぇ」
オズに言われた事を思い出しているようで、彼のその口調からは苛立ちが感じ取れる。
「エリス嬢も、活躍の機会をくれて感謝してるぜ」
ライアンは自信有りげにそう言うと、剣を振った。その自信もあながち虚栄では無いようで、風を切るその手馴れた剣さばきは素人目に見てもかなりのものだった。
「おお……すっごいな」
「ふふん、ライアンは元王都騎士隊なんだ。どうやら腕は衰えていないみたいだな」
「当たり前だ、日々の鍛錬を怠った事はねぇ」
ライアンは剣を流れる動作で鞘に収めると、何かを思い出した様に顎に手を当てた。
「お前、カガヤって言ったか」
「え?ああ、そうだけど……」
突然の呼び掛けに変な返事をしてしまった。
いきなりどうしたというのか。
「さっきは殴りかかって悪かったな、頭に血が上っててよ」
そのしっかりとした謝罪は、威圧感のある見た目とは裏腹にまさしく大人の対応で、なんというか違和感があった。口には出さないが。
「別に気にしてないよ、怪我もなかったし」
「それについて……なんだがよぉ」
「それ?」
「ああ。お前、あの時何した?」
「えっ……」
俺は傍から見たら、表情を凍らせていたと思う。それ程にライアンが投げかけた質問は、踏み込んだものだった。
「一応俺は本気で殴ったんだぜ、でもお前に当たる瞬間、何故だか力が抜けてよぉ。結果お前は無傷って訳だ」
確かにライアンからしたら、かなり気になる事柄なのだろうが、詳細を話していいものか。
「ラ、ライアン!あまり他人の魔法について詮索するのは良くないぞ!」
エリスはこれはマズいと感じた様で、取り繕う様に声を上げた。
「ん、魔法なのか?詠唱してた様には見えなかったけどよ」
「んぇ?!えーっと……」
エリスは言葉を詰まらせた。かなり鋭い質問だ、このままでは身体中傷だらけになるまで追求されてしまう。
かくなる上は、俺は転移者で不思議な力を授かった。と正直に説明するべきなのだろうか。
(いや、これから怪物を倒しに行くんだ……命に関わるかもだし、話さなきゃダメだよな)
俺は決意し、ゆっくりと口を開く。
「実は……」
「実はな、カガヤは《賢者》なんだ」
「……え?」
エリスの衝撃の発言に、俺は言葉を失った。
(何言ってんのこの人!?)
賢者って確か、魔法を開拓して他の人に広めた研究者みたいな人達だった筈だ。
俺は魔法を使えないというのに、流石にその言い訳は無理があると思う。
だが─────、
「ほ、本当か?!」
意外にもライアンは信じた様で、まるでプロサッカー選手に出くわしたサッカー少年の様に目を輝かせている。
「え、えーっと……」
助けを求める様に横目でエリスの方を見ると、彼女は口を動かし何かを伝えようとしている。
口の動きから察するに「合わせろ」と、そう言っている。
(合わせろって、無理だろ……)
しかし、俺は他に言い訳を思い付かず─────、
「はい……《賢者》です……」
そう言った。言ってしまった。
この瞬間、俺は異世界に来て三日も経たないうちに、賢者になってしまったのであった。
◆
「ハッハッハ!賢者様だったなら早く言ってくれよぉ!」
ライアンは笑いながら、ばしばしと俺の背中を叩く。
どうやら疑いは晴れたみたいだが、俺の心の中には暗雲が立ち込めていた。
「カガヤは強化魔法の賢者でな、常に魔法を使っているから詠唱を必要としないんだ」
「なるほどなぁ、通りで殴っても怪我しない訳だ」
なんだかエリスが色々と設定を盛っている。しかもライアンはそれを間に受けているし。
「あはは……はぁ……」
俺はただ笑って誤魔化すしかない。
嘘は思い切った方がバレにくかったりするのだが、だいたいこういう時には必ず取り返しがつかない事態に陥るのだ。
「なら、ウェアウルフが出ても安心だな。頼むぜ、賢者様よ」
「そうそ……あ……」
エリスはやってしまったという風に口元に手を当てた。
やってくれた、早速取り返しがつきそうにない。
能力の使い方もろくに把握出来ていないのだ。あんな化物とまともにやり合えば、俺は五秒も経たずに噛み砕かれてあの世行きのチケットを無碍に使う事になる。
「いや俺は援護に……」
なんとかポジションを変えてもらおうとした、その時。ガサガサと草を掻き分ける音が森に響いた。
「…………出たぜ」
「そのようだな」
ライアンとエリスは各々武器を手に持った。
俺も何事かと困惑しながらも、腰に付いた短剣に手を伸ばす。
《イヒ、ヒヒ……》
甲高い笑い声と共に目の前の茂みから、四体の黒い影が現れた。
これは─────、
「ゴブリンか……」
まるで小鬼の様な姿の黒い化物を見て、忌々しげにエリスはその名を告げた。




