番外『地獄、その後』
第1話、加賀屋が脱出した謎の広場のその後の話です。
大気の揺れる様な、断末魔にも似た叫びと共に巨人が倒れた。その岩の様な体躯には無数の赤い剣が突き刺さっていた。
その足元には夥しい量の血が池を築き、その中には数の人間が折り重なって倒れている。
「終わったか……」
壁の上に立つ、白のローブを身に纏う男は溜息混じりにそう言った。
眼下に広がる闘技場の様な広場には、血を流して倒れる人間の他にも、大蛇、狼、小鬼、巨人。
大小様々な常識とはかけ離れた造形をした黒い化物達が横たわっていた。
並の人間が目の当たりにしたのなら、ここが地獄だと言われても信じてしまうだろう。
そんな凄惨な広場を見下ろしながら、男は悠然と語る。
「百を超える人間達、そして百を超える我が眷属達……」
眼下に広がる地獄を眺めながら。
「数ある命の中から貴様等は選ばれた、過酷な試練を耐え、我が眷属を殺し、そして生き残った」
目の前の広場で唯一生きている人間達へと、言葉を紡ぐ。
「素晴らしい……!我と共に、その力を持ってこの世の全てを手中に収めようではないか!選ばれし転移者達よ!」
彼は両手を広げて、感動した様子で言葉を投げかけた。
その時─────、
「はいはーい!おじさんに質問でーす!」
まるで周りの惨状が見えていないかの様に平然と、先生に質問する小学生の如く無邪気に、複数の亡骸の上に座る三人の少女達の内の一人。
アイマスクを付けた少女が、手を挙げながら疑問を述べた。
「なんだ?」
「その、この世の全てを手に入れる仕事に、報酬ってちゃんと出るの~?」
そう訝しげな表情で問いかける彼女に追随する様に、他の二人も男に問いかける。
「そーそー、ギャラが出ないならタダ働きって事でしょ?ヤバくない?」
ヘッドホンを付けている少女。
《報酬無し× 報酬有り〇》
スケッチブックに大きな文字で自らの意見を書き込む、マスクを付けている少女。
彼女達は、報酬の是非を問う為に声を上げた。
男は彼女達の問いかけに笑みを浮かべると、すぐさま答えた。
「安心しろ、どんな物でも支払ってやろう」
「本当に〜?後から撤回しないでよ、意外と出演料高いんだからね、私達」
「問題無い……」
男が軽く手を振るうと、彼女達の眼前に多種多様な金銀財宝が空から雨の様に降り注いだ。
「おお~!何コレ凄い!魔法みたい!」
「こんなの初めて見た、ヤバい!」
《天の恵み?!》
彼女達はその周りで、楽しそうにキャッキャとはしゃぎ回る。
「おじさん、いいスポンサーだね~!これなら当分遊んで暮らせるよ!」
「それで満足か?他に願いはあるか?」
「えぇっ、まだいいの?!」
「ああ、いくらでも、何でも支払おう」
「─────じゃあ、死ねよ」
蔑む様な男の声が響いた。
「む……?」
不意に背後から聞こえたその声に、ローブの男が振り向いた。
その瞬間、乾いた音と共に彼の頭を弾丸が貫通した。
白いローブは飛び散った血により赤く染まる。
頭蓋の中身が吹き飛び、彼はその衝撃によろめきながら壁の上から落下した。
数秒後。
壁の麓から破裂する様な音が鳴り響いた後、静寂が辺りを包んだ。
白いローブの男が消えた壁の上。そこには真っ赤に血で塗れたジャージを着た青年が立っていた。
血が滴るその手には拳銃が握られている。
「はあー、スッキリした。銃は楽でいいな」
青年はそう言うと、晴れ晴れとした表情で壁の淵に座り込んだ。
背伸びをしてくつろぐ彼の姿は数秒前に人を殺した事など微塵も感じさせない程に普通だった。
「ちょっとー!今仕事の話してたんだから、勝手に殺さないでよー?!」
下の広場からイヤホンを付けた少女の抗議の声が飛んできた。
それを先程の晴れ晴れとした表情から一変して、面倒くさそうな表情で眺める青年は一言。
「うるせえよ、ブス」
吐き捨てる様にそう言った。
ピシリ、と何かにヒビが入った音がした。
「かっち〜ん……あったまきた。エリア、メイ」
彼女は怒りに顔をひくつかせながら、妹達に呼びかける。
「アイツ、殺すよ」
「がってん承知〜」
《OK!》
「お、やる気か?殺る気かよ!最高だな!俺もこの力をもっと試したいんだ、練習相手が欲しかったんだ」
「御生憎様!アンタにはなんもさせないよ……メイ」
メイと呼ばれたマスクの少女は頷くと、ゆっくりとマスクに手を掛ける。
「私達三姉妹のチームワーク、見せてあげる」
そして、アイマスクの少女もアイマスクに手を掛けた。
その瞬間─────、
「喧嘩は……少々いただけないな」
再び、広場に声が響いた。
青年が驚いた様に振り返ると、そこには白いローブの男が無傷で立っていた。
「お前、頭を吹き飛ばしたはずだけど……まぁいいや、もっぺん死ね」
青年は僅かに驚いた様子だったが、再び銃を構えようとした。
「悪いが話の途中だ、また後で相手になろう」
「っ?!」
まるで引き上げられたように地面から現れた巨大な手が青年を握り潰した。
「ぐ、がぁっ?!」
とてつもない大きさの掌の、規格外の握力によって身体のあちこちの骨が砕ける音が響く。
「─────」
彼は抵抗すら出来ずに気絶した。
「殺すなよ、その男は貴重な戦力になる」
ローブの男の声に反応する様に、巨大な手はその力を少し緩めた。
そして青年が動かなくなった後に、ゆっくりと掌を開き、彼を解放すると再び地面の中に消えていった。
「連れていけ」
彼は、巨大な手と代わるように地面から現れた狼達にそう告げる。
狼達は青年を担ぎ、壁の上にある通路の中へと歩いて行った。
「なんだ、つまんなーい」
「ちょっと期待外れだよね、ヤバくない?」
《よわよわ》
少女達は不満気に井戸端会議を開き始めた。
「さて……」
そんな少女を見やりながら、彼は服に付いた土埃を軽く払うと、広場に言葉を投げかける。
「今しがた述べた通り……報酬は何でも払おう。その代わりに協力して欲しい。この世界を手に入れる、な」
「いいよいいよ!その依頼受けてあげる。二人は問題無い?」
「問題なーし!」
《もーまんたい!》
「「《イェーイ!》」」
三人の少女はそう答え、パチンとハイタッチをする。
「他の人達はどうかなー?」
そして、仲介するかの様にアイマスクを付けた少女は広場に点在する五人の人間達に、言葉を投げかける。
「別に……どっちでもいい」
我関せずといった風にゲームをしている者。
「クク、問題無しだ」
血の池の中で笑う者。
「邪神は目覚めた、綻ぶ世界をいざ救済せん……」
顔を布で隠している者。
「…………神、よ」
何かに祈りを捧げる者。
「─────」
そして物言わぬ甲冑。
「あー……よく分かんない人もいるけど、とにかく!否定意見は無いみたいだよ。良かったね、おじさん!」
「そうか、有り難い」
ローブの男は、まるで、これから起こる事柄が楽しみで仕方が無いとでも言うかのように笑みを浮かべる。
「あ、私の事は気軽にノノって呼んでね。こっちは妹のエリアとメイ。えーっと、おじさんは……?」
彼はまごついた様子のノノと名乗る少女を見て、一度咳払いした。
「……失礼、名を名乗っていなかったな。
我は魔王……
ヴァジュラ・ニージェフォート
貴様等の働きに、期待しているぞ……」
ローブの隙間から、緑色の瞳が覗いた。
着々と、しかし確実に、森を支配する大樹の様に、闇は深くまで根を伸ばそうとしていた。