お星さまになったヒトデ
星の番人は今夜も大忙し。夜空を駆けめぐり星をひとつひとつ丁寧に磨きます。もしもさぼってしまったら、たちまち星は輝きを失ってしまいます。二十三番目の星を磨き終わって、つぎのに取りかかろうとしたときです。おや、なにかおかしいぞ。じっくりあたりを眺めてみると、そこにあるはずの星が見あたりません。これは大変だ、またあいつが逃げ出した。きっと流れ星のふりをして地上に遊びにいったに違いない。番人は磨きに使うふわふわの毛皮を投げ捨てると、大慌てで地上に向かいました。
「いないなあ、この辺だと思うんだけど」
番人は地上を探して回ります。だけど、どこにも星は見つかりません。そうしてとうとう海まで来てしまいました。夜の浜辺には波音だけが響いています。
「こんばんは、なにかお探しですか」
みると声のぬしは足元のヒトデでした。
「おや、こんばんはヒトデさん。ここらで星を見なかったかい」
「空でかがやいているお星さまですか。さあ、ここでは見かけませんでしたけど」
「そうかい、やっぱりここにもいないのか。これはいよいよ困ったぞ」
そのとき星の番人は、あることを思いつきました。
「ねえねえ、ヒトデさん。お願いがあるんだけれど」
「なんでしょう。ぼくに出来ることならば、なんでもおっしゃってくださいな」
「どこかに行ってしまった星の代わりに、空にのぼってくれないかい。すぐに見つけて連れもどすから、それまでお願いできないかな」
「それならお安いごようです」
そうしてヒトデは番人の手のひらに乗ると、ぽおんと高く放り投げられて、そのまま空までのぼっていきました。
空に到着したヒトデは、あいている席を見つけると、そこに座ってふうとため息をつきました。やっと落ちついてあたりを見回してみると、お星さまたちがきらきらと輝きながら物珍しそうに見ています。
「こんばんはお星さま、ヒトデです。よろしくお願いします」
ところがお星さまはつんとそっぽを向いたまま、返事を返してくれません。どうしたんだろう、ヒトデはふしぎに思いました。
「あのう、ぼくは何かおかしいでしょうか」
するとひとりのお星さまがいいました。
「おかしいですって。あなた自分がどういう格好をしているかご存じないのかしら。それに光ることもできないだなんて。私だったら恥ずかしくって、とてもじゃないけど我慢できないでしょうね」
ほかのお星さまもくすくすと笑っています。ヒトデは悲しくなりました。じぶんの姿がみすぼらしいからではありません。光ることが出来ないからでもありません。いつも海から見上げていた夜空で、とてもきれいに光り輝いていたお星さまがあんまり意地悪なことをいうものですから、それがとても残念でたまらなかったのです。ヒトデは目をつむるとじっと黙っていました。海を気持ちよさそうに泳いでいる友達のことを考えていました。
どれだけ時間が経ったのでしょう。ヒトデは体がぽかぽかと温かくなってきたのに気がつきました。目をあけてみると空は明るくなっていて、向こうの方ではお日さまが昇ってくるのが見えました。朝が来たんだ。ヒトデはあたりのようすを見回しました。ところがお星さまたちが見あたりません。どうしたんだろう、どこに行っちゃったんだろう。ふしぎに思ってよくよくまわりを見てみると、鉛色をした塊がそこにありました。それはざらりとした表面をしていてヒトデと似たような形をしています。もしやと思ったヒトデはそっと声をかけてみました。
「もしもし。もしや、そこにいらっしゃるのはお星さまですか」
すると鉛色をしたそれはちいさな声で応えました。
「はいヒトデさん。星です。私は星です。こんな姿でお恥ずかしい」
ヒトデはおどろいて聞きました。
「いったいなにがあったんですか」
「私たちは夜のあいだはきらきらと光り輝いて、その美しさはだれにも負けやしません。だけどそれはお日さまがおいでになるまでの話です。あんなに明るく輝いているお日さまが昇ってこられてしまったら、私たちの弱々しい光なんてないようなもの。空にいるのかさえもわからなくなってしまうのです」
お星さまは身をすくめうつむいています。すると今度はちがうお星さまがいいました。夜にヒトデと話したお星さまでした。
「さっきはひどいことを言ってしまってごめんなさい。こうして明るいお日さまのもとでは、私のからだなんかより、鮮やかな紅色をしたあなたの体のほうがよっぽど美しいでしょう。今となっては自分が情けなくてしかたがありません」
ヒトデはそっといいました。
「そんな、とんでもありません。夜空に輝くお星さまたちの美しさはそれはもう素敵です。うっとり見とれてしまうほどです。たとえ明るさに消えてしまうことがあったって変わることなんてありません。素敵なことにちがいはありません」
「ほんとうかい。ありがとう。こんなにうれしい言葉はいままで聞いたことがありません」
お星さまたちは笑顔になってヒトデの周りに集まってきました。
「改めまして、よろしく。仲良くしてくれるとうれしいな」
「もちろん。こちらこそよろしくお願いします」
ヒトデとお星さまたちは楽しくお話をしました。ヒトデは海の仲間のことを話しました。日の光をきらきらと反射させながら群れをつくって泳ぐイワシや、深海の闇のなかでふしぎな点滅をする光を放ちながら漂うクラゲのことを聞かせてあげました。
「へえ、海にも私たちのように光るひとたちがいるんだね」
「おもしろいねえ。会ってみたいなあ。そうだ、こんど流れ星になったときは海に落ちるとしよう。そのときに紹介をしてほしいな」
「ぜひとも、お待ちしていますよ。そのときが楽しみです」
それはとても素敵なひとときでした。
夜になってうとうととしていると、ヒトデをよぶ声がきこえました。
「ああ、いたいた。おつかれさま、ありがとう」
星の番人でした。左手ではしっかりと星の手をにぎっています。星はまだこどものようで、ちいさな体をもじもじとさせていました。
「やっと捕まえられたよ。この子は東のほうのずっと遠くの山のうえで、すぎの木に引っかかっていたんだ。カケスがおしえてくれなけりゃ、うっかり通りすぎてしまうところだったよ」
「それはなによりでした。たいへんでしたね」
「ずいぶん待たせてしまってすまなかったね。ところできみはここにいて、なにか問題はなかったかい。いやな思いはしなかったかい」
ヒトデはにっこりと笑っていいました。
「いえいえ、そんなことなんてなにもありませんでした。みなに仲良くしていただいて、とても楽しくすごしていましたよ」
「そうかい、それならよかった」
番人と星のこどもは目を合わせ笑顔になりました。ちいさな星はヒトデにぺこりとおじぎをしました。ヒトデもおじぎを返しました。
ヒトデは星の番人やお星さまたちに挨拶をすると、赤い流れ星になって海へと落ちていきました。
それからというもの、海に帰ったヒトデは夜になると磯まで出かけていきました。そして岩のうえにすわると一晩中ぼんやりと夜空をながめていました。