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喉笛の塔はダミ声で歌う  作者: 翁まひろ
第五章 終焉のはじまり
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第五十話 最後の願い 上

「おまえの命を対価に――」

 ルピィが反芻する。

「どういう意味だ」

「君を――ランファルド大公国の人たちを騙してきた罰を、僕は受ける。斬首刑でもなんでも、けっして拒まない。逃げずに、きちんと死を賜る」

 震える声でまくしたてるオースターに、ルピィは訝しげに目を細める。

「だからこれは、僕が死を賜る前の最後の頼みだと思って聞いてほしい」

 オースターは太ももの上で拳を握りしめた。

「ルピィになにかを願う権利、僕にはないことはわかっている。でも、これは君にしか頼めない。――お願いだ、ルピィ。力を貸してくれ」

 その懇願に尋常ならざるものを感じとってか、ルピィの顔がこわばった。

「なにを騙していたと言う」

「それは……まだ言えない」

 いま明かせば、ルピィの頭のなかはオースターの告白でいっぱいになる。話を聞いてもらえなくなる。

 明かすのは、最後だ。

「話し終えたら教える。僕の命も、そのまま君にゆだねるよ。だから……先に約束をしてほしい。僕の最後の願いはかならず聞きとどける、と」

「願いとやらの中身も言わずに、ただ叶えることだけは先に約束しろと? 死ぬ前の最後の願いだから? それは私の良心にすがった、ただの脅迫だぞ、オースター」

 オースターは力なくほほえみ、「そうだよね」とつぶやく。

 ルピィとオースターとは性格が正反対だ。

 昔からオースターは感情で動くことが多かった。同級生がいじめられていたら、いじめた人間がアラングリモ家にとって重要な家の子であろうと、気にせず文句を言いにいった。そのせいで、ラジェにはずいぶん叱られた。

 だが、ルピィが感情で動くことはめったにない。彼が物事の判断基準にしているのは「損益」だ。

 ルピィにとって、ドファール家にとって、あるいはランファルド大公国全体にとって、利益となるかどうか。

 オースターの「最後の願い」など、ルピィを動かす材料にはならないのだ。 

(だとしたら……)

 見つけるしかない。ルピィが「願いを叶えてやったほうが益になる」と思わせるなにかを。

(そんなこと、できるかな……)

 もうろくに頭が働いていない。立っているのもやっとの状況で、ルピィを説得できる手立てなど見つけだせるだろうか。

(それでも、やらなくちゃ)

 なんでもいい。知っていることをすべて話すのだ。

 オースターには見つけられなくても、ルピィのほうで勝手に見つけてくれる。それに期待するしかない。

(ルピィの表情をよく観察するんだ。ルピィが興味を示したこと――「益」と受けとった情報を見つけだして、それを使って交渉するんだ)


「僕の願いは、ふたつ」


 ルピィは銀色の前髪をイライラと手で掻きまわした。

「やめろ。聞くつもりはない」

「ひとつは、バクレイユ博士の手から、トマというホロロ族の少年を助けだすこと」

 強引に話を進めると、思いがけない願いだったのか、ルピィが怪訝そうに眉を寄せた。

「もうひとつ。十年ものあいだ地下に閉じこめられ、家畜同然の扱いを受けてきたホロロ族を臣民として正式に受け入れ、ランファルドの民が享受しているのと同等の権利を、彼らにも与えてほしい」

「ホロロ族?」

 ルピィが嘲る調子で短く笑う。

「おまえの命と対価に、ホロロ族を助けろと?」

 オースターはうなずく。

「ホロロ族がどんなひとたちで、どんな役割を負わされているかは――」

「知っている。下水道掃除夫だろう。そして、」

「〈喉笛〉の提供者たち。……やっぱり知っていたんだね」

 今朝、教室内で、オースター以外で唯一〈喉笛の塔〉の歌に祈りを捧げなかったのがルピィだ。

「あの異民族に同情したわけか。おまえらしい」

「彼らが置かれている境遇は知っている?」

「詳しくは知らない」

「なら、いずれホロロ族のひとたちと話をしてみてほしい。自分の目で見て、自分の耳で聞いて、彼らのことを知って、そのうえでランファルド大公としてどうすべきなのかを考えてみてほしい。それが僕のふたつめの願いだ」

 ここでオースターが彼らの境遇について語れば、オースター自身の主観が混じってしまう。きっとそれは、大いに感情的な内容になるはずだ。クラリーズ学園でジプシールやオルグの反感を買ったように、きっとルピィもまともに取りあってはくれないだろう。

 だったら、ここから先のことはルピィに委ねるしかない。

 ――本当なら、オースターが自分でどうにかすべきことだ。ルピィに丸投げするのは無責任だとも思う。

 けれど、ここで身を引く人間にできるのは、これが精一杯。

(ごめんね、ルゥ。ごめん、マシカ)

 心のなかで詫びるオースターを、ルピィが不服そうに見下ろす。

「ランファルド大公としてどうすべきか考えろ、だと? 大公はおまえだろう」

「……あ、そっか、馬鹿だな、僕は。これがいちばん大事なことだったのに」

 オースターはふらつく体に精一杯の力をこめ、ルピィの足もとに片膝をついた。

 喪に服すためだろう、夜半にもかかわらず着たままの制服、その上着の裾に触れ、そっと口づける。

 大公殿下に対する、臣下としての最上級の礼だ。

 

「オースター・アラングリモは、いまこのときをもって、第一大公位継承権をルピィ・ドファールに譲りわたす」


 顔をあげれば、ルピィが驚きに立ちつくしていた。

 しかし、その表情はすぐに憤怒に取ってかわる。

「己の願いを叶えるために、大公の座を差しだすなど言語道断だぞ!」

「君はさっき、誰が大公になろうと”些末”だと言ったね。あれは嘘だ」

 ぴくりとルピィの頬が怒りにひきつる。 

「たしかにルピィなら大公がだれだろうと……僕だろうと、ほかのだれかだろうと、よき補佐役になれるだろう。ううん、補佐どころか、大公をはるかに凌ぐ力だって誇ることができるはずだ。でも、君の本領を発揮できるのはやっぱり大公の地位だ。

 そして君は自分こそが大公にふさわしいことを知っている。自分が大公になればランファルドの未来をもっと豊かにしてやれると自負している。自分がそれだけの能力を持っていることを自覚しているし、能力を持つ者が責任ある立場につくことは当然と思っている。……些末ごとなわけない。大公になるべき人間が大公にならないことで、ランファルドがどれほどの損失を受けるか。君はそれをよくわかっている」

「……たしかにそのようだな。私こそが大公にふさわしい」

 ルピィは吐き捨て、オースターを険しく睨みつけた。

「おまえなどよりも、はるかに!」

「うん。そのとおりだ」

 ルピィは「もう十分だ」と声を荒らげた。

「これ以上の戯言は耳が腐る。おまえは正気じゃない、オースター。部屋に戻って、ひと眠りし、まともな頭に戻ってから出直してこい」

「……だめなんだ、それじゃ。間に合わない。ひとつめの願いだけは今晩のうちに……今すぐに叶えてほしいんだ」

 

 トマはもう〈喉笛の塔〉に到着していてもおかしくない時間だ。

 トマを連れてくるよう命じたバクレイユ博士は、「トマになにをさせるつもりか」とたずねたラクトじいじに、こう答えた。


 ――歌わせる。それで不十分とあれば、痛苦を与え、悲鳴をあげさせる。


 痛苦。トマが悲鳴をあげるほどの。それはいったどれほどの苦痛だろう。

 フォルボス局長に何度鞭打たれようと、悲鳴を殺しつづけたトマ。心がとても強いのだ。そのトマに悲鳴をあげさせるために、バクレイユ博士はいったいどれほど残酷な仕打ちをする気だろう。

(心配なのは、トマのことだけじゃない)

 もしトマが悲鳴をあげ、〈喉笛の塔〉がそれに共鳴すれば、今度はどんな悲劇が起こる?

 二十六人の死者――バクレイユ博士が「多少の犠牲はつきもの」の一言で片づけた死者のことを、オースターは絶対に忘れない。


「〈喉笛の塔〉の底で、〈汚染〉が発生したんだ、ルピィ」


 ルピィが顔をこわばらせる。

「それだけじゃない。地下水道にも〈汚染〉が入りこんでいる」

 ホロロ族の話をしていたと思ったら、とつぜん〈汚染〉の話をはじめるオースターに、ルピィは値踏みの眼差しを向けた。 

「……それと、おまえの願いと、なにか関係があるのか?」

「ある。僕がこれから話すことは、〈汚染〉と〈喉笛の塔〉にかかわる話だ」

 その瞬間、ルピィの表情に劇的な変化が現れた。

 隠しきれない興味と、興奮。

 見つけた。ルピィにとっての「益」となる話。


(〈汚染〉だ)


 ルピィは無言で踵を返した。片足を引きずって長椅子に座りなおし、膝のうえで両手の指を絡めあわせる。

 そして、傲然と言いはなった。 


「立て。話を聞いてやる。愚か者め」

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