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喉笛の塔はダミ声で歌う  作者: 翁まひろ
第四章 〈喉笛の塔〉監視所
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第三十一話 空き教室にて

 アラングリモ邸で体を休めるあいだ、オースターが切実に感じたのは「味方がほしい」という思いだった。

 心を割って相談できる相手が必要だ。

 議論を交わし、意見しあい、間違っているとなれば、皇太子という身分も意に介さず、叱咤してくれる友が。

 だからオースターは話した。

 はじめて下水道に下りた日から、今日までに起きた出来事のすべてを。


 コルティスは熱心に聞いてくれた。途中からは相槌を打つのも忘れるほどに。

 話を終えたあと、コルティスは長いこと黙ったままでいた。

 オースターが不安を覚えたころになってようやく、「ふぅ」と息を吐いて、左の肩甲骨のあたりを右手で揉みしだいた。

「発電に使われている燃料は、ホロロ族の魔法の〈喉笛〉、か。図書館でぼくがあげた推論は、そんなに外れてはいなかったわけだね。……正直に言って、貴族の三男坊が道楽で書いた三文小説をむりやり読まされた気分だよ。でも、とりあえずわかった」

 きわめて淡々と言って、コルティスは首をかしげた。

「それで、オースターはその事実を知って、なにをどうしようと考えているんだい?」

「わからない」

 オースターは正直に答えた。

「わからない?」

「なにをどうしたらいいのか、まったくわからないんだ。もうずっと考えているんだけど、考えれば考えるほど複雑で、どうすればなにもかもがうまくいくのか、ぜんぜんわからない。……でも、このままにはしておけない」

 オースターは制服の袖を掴む。

 右の手首に巻いたままの飾り紐の感触が、布越しに伝わってくる。

「ホロロ族は十年ものあいだ、地下に閉じこめられている。牢屋のなかに。番号をふられた鉄の首輪をつけて。放ってはおけない」

 コルティスは鼻の先っぽを指でつまんで、左右に揺らす。そうやって、途方に暮れるほど沈思黙考したあと、いきなり勢いよく頭をかきむしった。

「ああもう! 悔しい!」

「ど、どうしたの!?」

「腹がたってしかたないんだよ! だって十年もだよ? 十年間もぼくはなんの疑問も抱かずに〈喉笛の塔〉に祈りを捧げてきたんだ! 今日だってそうさ。あの悲鳴のような声を聞きながら、『今日も寝ぐせがうまく直せました、ありがとう』なんて感謝を捧げたんだ。学者の息子であるぼくが。探求心の塊だって自負してた、このぼくが! ああ、今朝までの自分に平手打ちをくらわせたいぃ……!」

 ぽかんと口を開けるオースターに、コルティスは弱りきった顔を向けた。

「このままにはしておけない。ぼくもそう思ってるってことだよ」

 オースターは目を見開く。

 力がみなぎってくるのを感じた。

 コルティスが自分の考えに賛同してくれたのだ。心強く感じないわけがない。

「ホロロ族のひとたちは、〈喉笛〉を塔に提供することや、地下で暮らすことについて、どう考えているんだい?」

「現状に不満はない、って。ここは楽園だとも言っていた」

 コルティスは眉を持ちあげる。

「それって、まさか本音じゃないよね?」

「僕にはそう思いこもうとしているだけに聞こえたよ。〈汚染地帯〉にはもう二度と戻りたくない。アモンにも帰りたくない。だから、不満はあっても我慢する。僕らの不興を買って、ランファルドを追われることがないように。……そういうことだと思う」

「追いだせるわけないのにね」

 コルティスは言って、背中を丸めながら腕組みをする。

「ランファルドには〈喉笛〉以外に資源はないんだから。追いだすどころか、ホロロ族にはなにがなんでもいてもらわなくっちゃ」


 そのとおりだ。ランファルドはホロロ族を追いだせない。

 彼らが所有する〈喉笛〉の大半はすでに手中におさめているが、まだ小さな子供たちの喉には〈喉笛〉があるし、子供はこれからも生まれる。

 ラクトじいじとバクレイユ博士には新たな計画もある。〈共鳴〉という手段を使い、発電量を増やす試みのようだが、それにだってホロロ族の存在は必要不可欠なはずだ。

 ホロロ族はそもそも追いだされる心配をする必要がないのだ。

 それどころか、どんな要求だってつきつけられる。「今後も〈喉笛〉を提供してほしければ、地上の一等地に立派な家を用意しろ」とでも言えば、ランファルドはそのとおりにせざるを得ない。

 それなのに、ホロロ族はなにも求めない。

 言われるままに従順に、過剰な要求を飲みつづけている。

 その姿は、いっそ卑屈に思えるほどだ。


「たぶん、ホロロ族のみんなは気づいていないんだよ。自分たちが大公国中の民を跪かせられるほどの存在なんだってことに」


 ずっと足蹴にされて生きてきたから。

 自分では物を考えず、主人の言いなりになるよう、”しつけ”られてきたから。

 そして、バクレイユ博士はホロロ族の骨の髄にまで染みついた隷属精神を利用し、彼らを都合のいいように扱っている――。


「ラクトじいじは、自分たちのことを『招かれざる客だ』って言っていた。けど、ちがう。本当なら、僕らのほうが乞い願わなきゃいけないんだ。あなたたちの力が必要だ、この地に留まってくださいって。それなのに、僕らは彼らを軽視している。ホロロ族もそれを当然だと考えている」

 オースターは手首を掴んだ手に力をこめた。

「どうしたらいいのかはわからない。そもそも、これは僕ひとりで考えることじゃないと思う。……話しあうんだ。みんなで。僕たち全員の未来の話なんだ。みんなで答えを出さなくちゃ」

「みんなって、ランファルドの民とホロロ族とで、ってこと?」

「そう。僕らとホロロ族と――対等な立場で」

「対等な立場、か」

「支配する者と、支配される者じゃなく、ともにランファルドに生きる者同士で。〈汚染〉によって狭い世界に閉じこめられた者同士で。力を合わせていかなくちゃ」

 コルティスは真剣な面もちで聞いていたが、やがて何度かうなずいた。

「そうだね。ぼくは、うん、賛成だ。けど……」

 けど、と言ったきり、コルティスは黙りこむ。

 そのうち「うーん」とうなりだし、ついには頭を抱えてしまった。

「オースター。この話ってほかの誰かにもした?」

「ううん。コルティスがはじめてだよ」

「もちろん今後、みんなにも話すつもりでいるわけだよね?」

「うん、クラスのみんなにはできるだけ早く話したい。ジプシールにも、オルグにも。意見を聞きたいんだ。最終的には……そうだね、少なくとも、貴族階級にある者はみんな知るべきだと思う」

「そうだよねえ。けど……そもそもこの話、まともに受けとってくれるかなあ」

 オースターは嘆息して、椅子の背もたれに体を預ける。

「そこなんだよね。『〈喉笛の塔〉はホロロ族という魔法の民の〈喉笛〉で動いています』って話して、何人のひとが真剣に耳を傾けてくれるか」

 コルティスは太もものうえに両肘をついて、その手のひらに顎をのせる。

「ぼくは、父さんからあらかじめホロロ族のことを聞いてたから、どうにか受け入れられるけど……普通だったら、笑うか、あきれるかのどっちかだと思うよ。最悪、君の正気が疑われる」

 オースターは乾いた声で笑う。新聞の一面に載りそうだ。『皇太子、妄想にとりつかれる』。まったく笑えない。

「このことをすでに知ってる貴族って、バクレイユ博士のほかに誰がいる?」

 コルティスの問いに、オースターは頭のなかの名簿禄をひっくりかえす。

「大公殿下はもちろんとして、元老院の面々は知っているんじゃないかな。確実に知っているのは、衛生局のフォルボス・マクロイ局長」

「元老院ってどこの家がなってるんだっけ」

 オースターは四家の貴族の名をあげる。いずれも名だたるランファルドきっての名家で、そこにはもちろんドファール公爵家も含まれている。

 父が生きていた時代は、アラングリモ家もまた元老院の一員だったが、いまは席から外されている。

「ルピィ・ドファールは、父親からなにかを聞いていると思うかい?」

 オースターの脳裏に、さきほど教室で目にした光景がよみがえった。

「少なくとも、ホロロ族のことは知っているはずだよ。衛生局はドファール家の手駒だし、フォルボス局長を通じて、ホロロ族を都合よく使ってきたらしいから」

 とくにアキとロフを。「特別な仕事」と称して、彼らをいいように操ってきた。

 〈名誉市民〉なんて、彼らを小馬鹿にしたとしか思えない称号バッジを与えて。

「〈喉笛の塔〉のことは知ってると思う?」

「……たぶん、知っていると思う」

 そう思う理由は、「祈らなかったから」だけではない。

 ルピィなら、下水道で掃除夫をしている異民族の存在を知ったら、まず疑問に思うはずだ。「彼らは何者だろうか」と。

 そして、ルピィは疑問をそのままにしておく男ではない。もちろん異民族の正体をつきとめたろうし、彼らがランファルドに住むことを許された理由だって調べたはずだ。

「なら、ルピィは〈喉笛の塔〉のことをどう考えてるんだろう」

 オースターはコルティスを見つめ、首を横に振る。

「知った上で、放っておいているなら、どうにかしようという気はないと思う」

 それがどんな理由からかまでは、わからないけれど。

「そっか。ルピィが味方についてくれたら、すこしは話を信じてくれる人も増えるかと思ったんだけど」

「うん。でも、信じてくれるかどうかは……たぶん、あまり問題じゃない」

 オースターはつぶやく。

「問題なのは、この話を自分自身の問題としてとらえてくれるかどうか、だと思う」


 おおかたの人間にとって、〈喉笛の塔〉の動力源がなにかなんてどうでもいい話だ。

 石炭だろうが、木炭だろうが、魔法の〈喉笛〉だろうが、未知の物質だろうが、どうだっていい。

 自分の世界が平穏であるかぎり、興味を持つ必要はないし、耳を貸す必要だってないのだ。

 興味を持たなくても、世界は回っていく。

 知らないところで誰かが泣いていたって、自分が泣くはめにならなければ、気にかけない。

 ほかでもない、オースター自身がそうだった。

 下水道で働くようになるまで、下水道掃除夫のことも、〈喉笛の塔〉のことにも、興味を持ってはこなかった。

 普通なら、それでもいいのだろう。この世のすべてに興味を持っていては、とてもではないが抱えきれない。

 けれど、今回はそれではだめだ。


 興味を持ってもらう。

 耳を傾けてもらう。


 オースターが、そうさせる。


「なにか考えがあるんだね?」

 コルティスが期待に口角を持ちあげた。

 オースターは拳を握りしめ、小さく喉を鳴らした。

「みんなに関心を持ってもらうために……ひとつだけ思いついたことがある」

 アラングリモ邸で体を休めているあいだ、ひたすら考え、導きだした”強硬手段”。


「〈喉笛〉をすべて、ホロロ族に返すんだ」

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