プロローグ
君野旬と申します。
君が死んだ。唐突になんの前触れもなく。ただただ死への抵抗も虚しく鮮血をまき散らし美しさとはかけ離れた死を遂げた。君の好きなミステリー小説のような重厚なストーリーも伏線もなく一ページにもならない小説の出来上がりだった。
君が自分の運命に抗い続けたあの努力は何だったのか。死の恐怖と戦い、僕が想像することさえ出来ない程己の弱さと向き合い、葛藤し、それでも僕に与えてくれた儚い光は何だったのか。
君が死んだと聞いた僕は重い足取りで何かにすがるように毎日一回行っていた近所の神社に向かった。
今日はまだお参りしてなかったな。
もう時刻は十一時を示し、君が消えた日がもうすぐ終わる。僕はそれが恐ろしいくらい辛かった。君が過去の人になってしまうことを認めてしまう気がしたから。
微かな街灯と月の明かりだけを頼りに僕は神社の階段を上がる。いつもは今日も一日が始まると気合を入れるためのもはや儀式のような行為も今はただの重労働だった。
やっとの思いでお賽銭箱の前にたどり着くとおもむろにポケットに入っていた五円玉を取り出した。
こんな時でも僕は五円しか持ってないんだな。
四歳のころから親に連れられてもう毎日お賽銭を入れていた。時には奮発して五百円玉を入れることもあったのにこんな日に限って五円ぽっちだった。
それでも入れないよりはと思い五円玉を投げ入れ、手を合わせる。
ここに来る前は彼女を助けてほしい。彼女のためならなんでもと神頼みするはずだったがいざとなったら何も思い浮かばずただただ僕は手を合わせた。
「何か困っているようだね」
普通、この時刻で後ろから声を掛けられたら怖いものだが僕はすんなりと後ろを向いた。その短い言葉には暖かみがあるように感じたのだ。立っていたのは小さな男の子だった。僕はその子がただの子供ではないと確信した。
「あなたは?」
「……あえて言うなら君を見守る人かな。平たく言えば全ての人をだけどね」
彼の口調はゆったりとしていて僕の凍り付いた心に優しくしみこむようだった。僕はその答えに不思議と納得していた。
「僕のことはいいよ。君は彼女の命を救いたい。違う?」
少年が何故そのことを知っているのかは気にはならなかった。知っていて当然のような気がしたから。
「救えるんですか」
「救うのは君さ。出来なければ終わるだけ」
少年は僕の方をじっと見つめる。
「君が彼女を救いたいなら僕はその手助けをしてあげるだけさ。どうする?また同じ未来をたどることもあるけど」
僕の答えは決まっていた。恐らくこの少年も気づいているのだろう。確定した未来へ僕は進む。
「救いたいです」
少年は笑うと僕の手を取った。
「君には僕にも感謝してるからね。これくらいはするさ」
これがこの世界での最後の会話になった。
僕は過去に戻った。そう彼女と出会う前の頃に。いや、彼女に気づく前の頃に
これからよろしくお願いします