第8話 勘違い
三咲は走った。
激しい雨の中、幾度も足を滑らせ転びながらも走った。
(あの男は詩織ちゃんのことが気になって仕方がないんだろう。好きな子に意地悪して気を惹こうなんて男って最低の生き物だわ。でも、今はそれを利用してやるんだ!)
親友をいじめる奴、そして三角関係のライバルになりかねない奴をいつか懲らしめてやろうと思い自宅をチェックしていたことが役に立った。
三咲は桜木翔太の家の前にたどり着いた。
「まあ、なんてことなの!」
玄関先に立つ全身ずぶ濡れの三咲を見た翔太の母親は驚いた。
洗面所にバスタオルを取りに走る。
柱の陰にはもっと驚いた顔の人物、翔太が愕然としていた。
「あなた翔太と同じクラスの三咲ちゃんよね。こんなになってまでよく来てくれたわ。ああ、中まで濡れちゃって…… 翔太、あなたの着替え持ってきてあげて!」
「えーっ? なんでー?」
「お友達があなたを訪ねて来てくれたのよ? それくらい当たり前でしょう!」
翔太の母は少し勘違いをしているようだが、三咲にとってはその方が都合が良かった。
「おば様ありがとうございます…… くちゅん!」
「あらあら大変、風邪をひいちゃうわ。翔太ー、早くしなさいー!」
身長の高い三咲が翔太のジャージを着ると、つるつるてんだった。
洗面所での着替え終わり、廊下へ出ると玄関先に別の来客があった。
彼女は翔太の父らしき人が出て行く後ろ姿を見かけた。
そわそわしている翔太に三咲は耳打ちする。
「詩織のことであんたに相談に来たのだけど……」
三咲は翔太の部屋で事の経緯を話す。
途中、翔太の母がいそいそとジュースとお茶菓子をもって来てくれた。
「おば様ありがとうございます!」
三咲は愛想よくお礼を言う。
「お母さんそんなの持ってこなくていいんだよー!」
翔太は母親の気遣いに困惑している。何しろ三咲は友達どころか天敵とも言える存在なのだから……
翔太の母が退室した途端に、
「ふふっ、あんた母親のことを『お母さん』って呼んでいるのね!」
三咲はにやりと笑った。
三咲はひとり思い詰めてここまで走ってきた。
しかし今や翔太の父までも駆り出されるぐらいに大人達が動いてくれている。
そうと分かれば、もう自分達の出る幕はない。
心に余裕が出てきていた。
しかし事の経緯を聞いた翔太の反応は違った。
「嫌な予感がする……」
窓越しに見える裏山を見つめ、彼はつぶやいた。
雷の閃光と音がなる度に彼の不安は大きくなっていく。
翔太の後ろ姿を見て、三咲が尋ねる。
「あんた…… 詩織のことをどう思っているの?」
「えっ?」
翔太は振り返り、質問の意味が分からずに戸惑う。
「私は詩織のことが好き。その気持ちはあんたには絶対に負けないから!」
「はあ?」
小学3年生の翔太には早すぎる話題である。
しかし彼女のその言葉は翔太の心を揺さぶった。
「俺は…… 詩織のことを……」
好きなのかも知れない。
誰に対しても公平に接し、笑顔を振りまく詩織の事が……
意地悪をしても『キッ』とした顔で睨んでくるだけですぐ笑顔になる詩織の事が……
ずっと気になっていた。
――詩織に特別扱いされたいと願っていたのか?――