第2話 2人の親友
神崎詩織は洗面所に駆け込み、水で湿らせたハンカチを頬に当てる。
2年の先輩サキに平手打ちされた頬はまだ赤くなっている。
詩織は鏡でその様子を確かめながら、
「翔太には黙っておこう。これ以上彼に心配はかけられないもの……」
と、鏡の中の自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
詩織は小学校に入学して2人の親友を得た。1人は入学初日に向こうから話しかけてきてくれた大空三咲という女の子。そしてもう1人が桜木翔太だった。彼は当初、詩織に何かと意地悪を仕掛けてくる『悪ガキ』だったのだが、ある出来事を境にがらりと態度を変えてきた。それ以降は、詩織が泣きそうになる出来事に遭うと、必ずと言っていいほど助けに来てくれるようになる。時には体に傷を負ってまで助けてくれる頼もしい存在になっていた。
「私が強くならなくちゃ、いつまでも翔太は自由になれないから…… 自分のことは自分で解決できるようになるんだ!」
詩織はきゅっと拳を握り、教室へ向かった。
詩織が戻ると、1年1組の教室では騒ぎが起きていた。
「あっ!」
教室に入るなり詩織の目に飛び込んできたのは翔太がクラスメートを殴っている光景だった。なにやら翔太が同じクラスの男子2人と揉めているようだ。
「何するんだよ! 僕らは本当の事を言っただけだろーが!」
もう1人の男子生徒がそう叫びながら翔太に飛びかかる。
胸ぐらを掴まれた翔太はぐいっとその手を引き離す。
「言い方を考えろ、バカヤロウ!」
翔太はそう叫び、男子生徒を床に投げ飛ばす。
机やイスを押し倒しながら男子生徒が倒れ込む。
「きゃぁぁぁぁ……」
その様を見た周りの女子たちが悲鳴をあげる。
翔太は倒れたその男子生徒の胸ぐらを掴み、更に殴りつけようとする。
「翔太やめて――!」
詩織が叫びながら彼の振り上げられた腕を押さえる。
翔太は彼女の叫び声と懸命に止めようとする様子をみてふと我に返る。
間もなく女性の担任教師が騒ぎを聞きつけて、当事者たちを職員室へ『連行』していった。
「どうして暴力を振るうの? このままじゃ翔太の居場所が無くなっちゃうじゃない……」
倒れたイスを起こしながら詩織は涙ぐむ。
「あの2人、詩織の巫女の仕事について陰口をたたいていたの。それをあいつがやめさせようとしてトラブルになっちゃったのよ。あいつの言い方もきつかったかもしれないけど、殴られた2人も自業自得だわ!」
一緒に片付けていた詩織の親友、大空三咲が言った。
幼なじみの男子が自分のことで怒り、守ってくれようとした――
本来なら感謝すべき事かも知れない。
しかし詩織には悲しみの感情が先にわき上がってきた。
またしても彼に迷惑をかけてしまった……
「詩織、顔が腫れているように見えるけど、大丈夫?」
「ええっ? まだ腫れている? ……大丈夫だから。なんでもないよ」
詩織は無理矢理笑顔を作った。
涙目の引きつった笑顔を向けてくる親友に三咲はため息をつく。
そして――
「1人で抱え込まないでよ…… 私も詩織の力になりたいと思っているよ……」
後ろからそっと抱きしめた。