第1話 嫉妬心
ここは京都市街から車で30分ほど離れた小さな村、旧山ノ神村。
山で囲まれた小さな村が現在は合併して山ノ神新町となったが、地元民は現在でも村とよぶ。それは山の麓にある下賀美神社を柱としてこの地独特のコミュニティーが代々受け継がれてきたことに起因する。
旧山ノ神村の外れには小・中学校がある。隣り合う敷地に小学校と中学校があり、体育館は共有。さながら小中一貫校のような趣がある山ノ神小・中学校は、旧山ノ神村全域と比較的栄えている旧川野新町の一部が学区となっている。
小柄な中学1年生、神崎詩織は2階非常用階段の踊り場にいた。彼女は2年生女子の先輩3人に『呼び出し』を受けていたのだ。その中の1人、つり目気味のサキは長い髪を掻き上げながら、
「あなた、ちょっと可愛いからって調子にのってるでしょう!」
と、低い声で詩織を問い詰めた。
「私、そんな……」
詩織は後ずさりし、校舎の外壁に背中をつけた。 ぱっつん前髪に肩まで伸ばした髪を二つ結びした彼女は、身長140センチと1年生としても小柄である。
「あなた剛史から告られたでしょう?」
「サキはずっと前から剛史に目を付けていたのよ? この泥棒猫!」
サキの仲間の2人も詩織を威圧するように言った。
詩織は困った表情で目を逸らし、
「私、そういうのよくわからなくて……」
と答えるのが精一杯だった。彼女は剛史という名のその人をよく知らない。
しかし『告白された』ということに思い当たる節はあった。
それは先週の事だ。昼休みに名前も知らない2年生に呼び出されて付いていくと剛史が待っていた。そこで次の日曜日に新町に遊びに行こうと誘われて……
(日曜日は神社の仕事があるからと断ったけど、剛史先輩のあれは告白だったの?)
詩織は恋愛関連の話題に疎い自分を自嘲するように薄笑いの表情を見せた。
彼女のその態度がサキには自分を馬鹿にしたように見えた。
『パシッ!』
サキは詩織の頬を平手打ちした。
「とぼけないで! あなた剛史に告られてお姫様気分なの?」
「サキ、手を出しちゃだめじゃん」
「アハハハ……」
詩織は頬を手で押さえ、その場にうずくまる。
なおも3人は追求の手を緩めない。
「知ってる? この子いつも同じ1年の男子といちゃついているのよ」
「あー、あの1年の男子? 小っちゃくてかわいいよね?」
「お姉さんがとっちゃおうかなー、えーと、名前は何だっけ……」
それは幼なじみの桜木翔太のことを指すのは明らかだった。
詩織はすっと立ち上がり、
「翔太には関係ないことでしょう? あの人には構わないで、お願い!」
とサキにすがりつくように懇願した。
「はあ? なに焦ってるのあなた……」
サキは口角をつり上げ馬鹿にするように言った。
「確かに私は剛史先輩に付き合って欲しいと言われました。でも…… きちんとお断りしましたから…… だから……」
サキにすがりつく詩織を引きはがすように仲間の1人が襟首を掴んで、
「もしかして本気にしたの? 私たちがアンタの彼氏を取っちゃうって?」
と耳元で囁いた。
「ばっかじゃない? あんなチビだれが誰が相手にするっての! あんたらチビ同士仲良くやってなさいよ」
高笑いしながら3人は立ち去った――