プロローグ 4年前の出来事
『ピカッ―― ドカーン』
すぐ近くに雷が落ちた。
神崎詩織9歳は耳を押さえ、山小屋の隅でうずくまる。
彼女は嵐のような雷雨のなか、人里離れた無人の山小屋に1人だった。
ここに来ていることを誰も知らない。
だから助けに来てくれる人もいない。
暗闇迫る山小屋で絶望的な恐怖にうちひしがれていた。
『ピカッ――』
また近くに雷が落ちた。
閃光、そして音が鳴るたび、詩織は目をつぶり神に祈った。
「どうかここに落ちませんように!」
しかしこのときの彼女には神と交信する術はなく、祈りは一方通行であった。
父の言いつけに背いて遊びに来てしまった。
これは自分に下された罰なのかもしれない。
小学3年生の少女はそう思っていた。
『ドンッ! ガタガタ…… ガラ――』
突然山小屋の入り口が開いた。
真っ黒い獣のような陰がのそっと入ってくる。
同時に黒い影の後ろで激しい閃光、そして雷が落ちる音と振動が伝わってくる。
「ひいぃぃぃぃぃー!」
詩織は恐怖のあまり悲鳴も上げることができない。
目を見開き、その場に固まることしかできなかった。
やがてその黒い影は入り口をガタガタと閉める。
その動作を見て、ようやくそれが人であることを理解した。
「だ、誰なの?」
詩織はその影の主に声をかける。
するとそれはつかつかと彼女に近くに寄って、
「はーん…… おまえちびってるだろう?」
と、意地悪そうに声をかけてきた。
「えっ? 翔太なの? どうしてここへ?」
声の主は桜木翔太。詩織と同じ小学校に通う同級生だった。
「お前こそどうしてここへ来たんだよ! 山のてっぺんから白い雲が降りてきたときは天候が荒れるって知らないのか?」
翔太は詩織の頭を軽くべしべしたたきながら言った。
「知らないわよそんなこと-、ねえ、頭をたたくのやめてー」
詩織はいつも翔太に意地悪をされていた。
友達と花摘みをしていると『その花、前に俺がション便をかけた花だー』とバカにしてきたり、友達と遊んでいるときに野良犬をけしかけられたりと散々な目に遭わされていた。
桜木翔太という少年は意地悪な上に近所の男子を束ねるガキ大将的な存在である。体は小さいくせに力が強く、ケンカになると負けたところを見たことがない。
そんな翔太と嵐の山小屋の中で二人っきりになっている。
『ピカッ――』
「きゃあー!」
また近くに雷が落ち、悲鳴をあげて翔太に抱きついてしまう。
しばらくして急いで離れたが、詩織は心の中で、
(ありえない、ありえない、ありえない……)
と、つぶやいていた。自分のあり得ない行動に気が動転している。
ふと翔太の表情を伺い見ると、ニヤリと笑っていた。
詩織は絶望的な気分になる。
もうどうにでもなれと投げやりな気持ちになっていった。