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2016年/短編まとめ

私の隣の堕天使様

作者: 文崎 美生

その男は良く笑う男だと思う。

茶混じりの金髪は、男にしては長く、手入れが行き届いているのかキューティクルがしっかりとしている。

女でも羨ましくなる滑らかな肌に、大きな瞳と中性的な顔立ちは、男でも綺麗だと言えるし美人だった。

初めて会った時に女だと思ったのは、多分、良い思い出になっている。


ギターケースを背負ったその男は、私と並んで歩きながら、べらべらと良く口を動かす。

良く笑うのと同じくらい、良く喋る男だ。

それこそ、口から生まれたと言っても良いくらいに良く喋る。

自身を漆黒の堕天使と呼び、何かと分かりにくいカタカナを使う喋りは、所謂厨二病だろうか。


好きなものとトレンドを組み合わせた私服に、ジャラジャラと音を立てるシルバーアクセサリーを見て、その整った顔を見上げる。

話に夢中になっているので、私の視線に気付かない男は楽しそうに声を上げて笑う。

残念なイケメン、残念な美人、そんな言葉が浮かんでは思考の波に沈んでいく。


「そーいやさ!ピック!」


「……ピック?」


適当に相槌を打っていた私は、首を捻るようにして男を見上げる。

そう!と元気良く返ってきた声。

そのすぐ後には、自分の着ているジャケットのポケットを漁り、はい、と小さなそれを手渡してくる。


中性的な顔立ちの割には、男らしく大きく骨張った手だけれど、指は長く爪も綺麗な曲線を描いていた。

その指先がつまみ上げている物を見て手を出せば、ころりと手の平に落とされたので、顔に近付ける。

大きな翼の描かれた、曲線じみた三角形。

男の言った通り、それはピックだった。


ギターにもベースにも使うようなそれは、この男も私も愛用しているものがある。

愛用しているもの以外にも、何種類か持っているが、これは初めて見た。

くるりくるり、表に返して裏に返して。


「作った!」


わん、と犬が吠えるような一言。

指先から弾かれそうになったピックを両の手の平で押さえ込み、瞬きをしながら男を見た。

作った?片言の問い掛けなのに、男は嬉しそうに目を細めておう、と一つ頷いて見せる。


随分と手先の器用な男だ。

いや、今思い返してみれば、この男は容姿が良いだけではなく、料理も出来たはず。

かつてご馳走してもらったことがあったが、正直あれは女として負けていた。

カフェエプロンをして、卵を片手で割る姿が様になっていたことを思い出すと、舌打ちの一つもしたくなるというものだ。


「……器用なものね」


舌打ちを噛み殺し、そっと息を吐きながら、持っていたピックを男に手渡す。

差し出したそれを見て、男は口元に笑みを浮かべた状態で立ち止まる。

当然、私の足も止まり、首を傾げた。


「俺とお前でお揃いだから!それはお前のなの!」


ポケットからもう一つ、同じピックが取り出され、見せびらかすように目の前に突き出されてしまった。

はぁ、そう、空返事と共に、ピックを返すために上げていた腕を下ろす。

満足そうな男の笑顔がそこにはあった。


これを、使えばいいのだろうか。

指先でピックを弄りながら彼を見上げれば、真っ白な歯を見せて、ニッと笑う。

口角が引き上げられ、代わりに目尻が下がる。


「俺とお前でさ、デッカい翼を持って飛ぶんだ!」


乾いた足音を立てて、男は私の数歩前を行く。

そうして勢い良く振り返り、その長い手足を自慢するかの如く広げたのだ。

後ろからはギターケースが飛び出して見える。

しかし、その大きく伸ばされた手は、まぁ、確かに、大きな翼に見えなくもない、かも知れない。


さながら、このピックに描かれた翼だろうか。

私は眉を寄せた変な笑顔を作り、背負っていたベースケースの位置を正す。

イケメンは得だな、と思う。

子供じみたことをしても、まぁまぁ、なんて柔らかく細められた目を向けられるのだから。


吐き出したい息は、目の前の笑顔のせいで飲み込むしか出来なくなってしまう。

ピックを握り締めれば、曲線の角でも肉に食い込んで、それなりに痛かった。


「堕天使なら私が飛べなくても、連れて行きなさいよ」


タックルの勢いで、大きく腕を広げられて、無防備になった胸に飛び込む。

思いの外鍛えられていた胸筋は硬い。

飛び込んだ瞬間に抱え込まれたけれど、ベースケースで厚みが、なんて意味の分からない言葉が落ちてくる。


抱え込まれた胸の中で見上げた男の顔は、やはり笑顔で、この漆黒の堕天使様に任せておけばうんたらかんたら、と良く喋ること喋ること。

そのくせ、何故か本当に翼が見えたような気がしたから、質が悪いんだ。

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