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転生・殺人・幻想の現実  作者: 亡霊
第一章 出会い、狩り、駆られない
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第9話 悲鳴を奏でる者に、転生者は遭遇する。

  「何だ、この声は」


  俺は問いかける。この声とは生物の悲鳴、何だとは誰がこの喚声を上げているか、という事だ。


  「足音がした方向から聞こえたな……どうする?」


  ワイスは俺の首に巻きついたまま、落ち着いて言う。

  自分はあくまでも手助けをするだけ、という一貫した態度を取り、俺の考えを尊重してくれている。本当にこいつは律儀な奴だ。

  俺は考える。さっきの悲鳴の後にも、断続的に悲鳴は聞こえ続けている。つまり、複数の何かが悲鳴を上げてしまうような状況に陥れられているという事だ。複数の走る足音が聞こえてきた方向から悲鳴が聞こえてきたことと併せて考えると、足音の正体たちの追いかけっこが終わり、殺し合いに発展したのだろう。  ならば……どうするか。

  俺の目的は人間が沢山いるところ――村や町など――に行くこと。だから、取り敢えずは人間を探す必要があり、足音の正体を知ろうとしたのも、その正体が人間だった場合、その人が住んでいるところまで案内してもらおう、という動機があったから、足音の正体が人間でない何かだったときに生じるであろうリスクを背負い、一体のゴブリンを殺してまで、その何か視認するための舞台を整えたのだ。

  ならば、俺は……


  「行こう。この悲鳴が人間のものなら、助けなくちゃいけない」


  「分かった」


  俺は、一瞬で考えた思考のまとめとして、簡潔な結論を出した。

  リスクを背負ってでも情報を得られる可能性を掴むために行動を起こす。それにリスクと言っても、今の俺の力ならば、大抵の敵はどうにかなる筈だ。

  理性的に見れば、自分の力を過信しすぎな気がするが、ここで何も行動を起こさないのであれば、俺がゴブリンを殺した意味が無くなってしまう、という感情的な意志が、俺の行動を決定させた。

  俺は走り出す。先ほどよりも素早く、なるべく静かに。

  断続的に聞こえる悲鳴のおかげで、木々によって視界が遮られていても、目的地に向かって迷うことなく突き進めた。

 

  「ギャアアアアア!」


  聞こえた悲鳴が目標の近さを教えてくれる。

  俺は少しスピードを落として、辺りに注意を払いながら走り、前方の木々が切り倒されていることに気付く。俺は立ち止まり、そして、眼前の光景に絶句する。

  無数のゴブリンと思われるモンスターと、一人の青年が戦っていたのだ。

  いや、俺が絶句したのはそこではない。俺の眼前に広がるのは、武器を持った数十体のゴブリンたち、刀を持った黒い浴衣姿の黒長髪の青年、そして……

 

  彼らの足元で赤い湖を構成してしている、何体ものゴブリンの死体だった。

 

  俺が絶句している合間に、ゴブリンの一体が手に持った武骨な石斧を振りかざし、黒長髪の青年に襲い掛かる。

 

  「ギャアアアアア!!」


  振りかざされた石斧とともにゴブリンの腕が宙を舞う。片腕となったゴブリンは、手の代わりに血を右手から振り撒きながら、地面で転がっている。

  振り切られているのは青年の刀。刀に付いている僅かな血が、ゴブリンの腕を切ったことに対する証明になっている。


  「速い……」


  俺は率直な感想を口にする。数だけで見れば、ゴブリンたちの方が圧倒的有利だが、あの斬撃を見た後では、青年が負けるイメージが出来ない。

  想定していた事態とかけ離れていた状況に呆然としている俺と、ゴブリンたちと睨みあっている青年の目が合った。


  「おい、早く逃げろ!」


  青年から怒鳴り声で、俺は我に返る。それと共に、ゴブリンたちの一部が俺の方を向く。

  青年は好意で叫んでくれたのだろうが、その行為によってゴブリンたちにも俺の存在が明かされてしまった。

  俺は臨戦態勢を取る。ここまできたなら、このゴブリンの群れをどうにかして、あの青年に人里まで案内してもらおう。

  ゴブリンの数は少なくとも三十体以上。それを、この血生臭さによって他のモンスターが来る前に全てどうにかすることは難しい。

  ならば、考えられるのは二つ。寄ってくるモンスターもろとも徹底抗戦するか、とっとと撤退するか……考えるまでもないな。


  「よし、逃げるぞ」


  俺は結論を導き、魔法を使う。イメージするのはスケートリンク。


  「氷を持って整地せよ――氷平地(アイスフラットフィールド)――」


  ゴブリンたちの血を凍らせ、魔力で創り出した氷と共に、森の足元を平らに凍らせていく。我ながら全力の一歩手前ぐらいの気持ちでやったのだが、思ったよりも広範囲が凍り付いた。

  明らかに強くなっている魔法の力と、自分のネーミングセンスの無さに驚きながらも、俺は前方を見つめる。

  青年は、俺の方を見たまま固まっている。魔法で凍らせたのは地面付近だけなので、彼が固まっているのは、凍った土地で滑らないように必死だからだろう。ゴブリンたちは滑り転がってまともに立てていないので、刀を構えたまま立っていられる彼は凄い。


「氷によって造形せよ――氷滑走靴底(アイスブレード)――」


  俺はブーツの底に氷のブレードを創り、颯爽とはいかないまでも、まずまずの滑りで転がるゴブリンたちを避けつつ、青年の元へ向かう。


  「逃げましょう」


  「お、おう」


  未だに呆気にとられている青年の手を取り、俺はゴブリンと木にぶつからないように気を付けながら、氷上を滑っていく。そもそも氷上自体が若干の凹凸があるため、右手に持つ杖を刺しながら安全重視で。

  こけている状態の青年をそのまま引っ張っていく予定だったのだが、青年は刀を鞘に納め、片手を使ってバランスを取ることで、立ったまま俺の引かれるがままになっていた。何度か木に当ててしまったのは申し訳なかった。

  青年の顔から驚きが抜けていない内に氷の土地は終わり、土の地面へと戻る。

  俺は靴底の氷のブレードを崩し、地に足付いた感覚に安堵する。思っていたよりも氷がボコボコしていたので、こけないようにと内心ビクビクしながらのスケートであったが、無事に見栄を張り通すことが出来て良かった。

 

  「怪我とか無いですか?」


  俺は手を離し、青年に問いかける。優しそうに、丁寧に、笑顔で。これから道案内を頼もうとしているのだから、好印象を持ってもらわないと困るし、強そうなので怒らせたくはない。


  「ああ、大丈夫だ」


  青年は落ち着いて答える。どうやら問題はないようだ。

 

  「そうですか。なら、ここから離れましょう」


  俺の創り出した氷平地を滑りきっただけなので、まだ安全とは言えない。

  魔法を使うときにはネーミング以外完璧だと思っていたが、よく考えたら立つ必要は無く、転がったまま木を蹴って滑れば楽に移動できるので、あの大量のゴブリンたちがまた襲ってくる可能性があるからだ。

  青年も異論は無いようで、黙して首を縦に振っている。

  そう言ったはいいが……どこに行ったらいいのか分からない。思考を巡らせようとして、目的を思い出す。


  「私は旅の者で、この森をよく知らないんです。どっちに行けば良いですかね」


  俺はこの人に道を尋ねるために、こんなことをしたのだった。

  なので、若干の嘘を交えながら素直に聞くことにする。異世界転生してきたなんて言っても信じてくれないだろうし。


  「俺も旅人みたいなもんで、この辺りには詳しくないんだが……多分あっちに行けば町がある筈だ。俺が逃がした奴らが、この方向に逃げて行ったからな」


  方向を指差しながら、青年は俺の質問に答える。

  俺が掌を返して質問したのに、戸惑いなく返答してくれた青年に若干驚き、その根拠にかなり驚いた。

 

  「さっきのゴブリンたちに襲われていたんで、助けてやったんだよ。始めは自分たちも戦うと言われたんだが、邪魔だから逃げろって言って逃がしたんだ」


  俺の驚愕した顔に気が付いてくれたのだろう。青年は笑顔で経緯を説明してくれた。どうやら人助けの結果として、ゴブリンたちに取り囲まれたらしい。

  あまり頭が良い方では無いみたいだ。人を助けようと考える前に、自分がどう助かるかを考えるのが普通だろうに。それとも、あれだけの数のゴブリンに勝てると思っていたのだろうか……勝てるかも知れないが、自分の命を危険にさらしてまで知らない人を助けようと思うのを、頭の良い行動とは思えない。

 

  「なるほど。じゃあ行きますか」


  俺はそう言って走り出す。

  ここで本音を言うほど愚かではないし、自己犠牲を笑いながら言う青年の心を汚したくなかった。

  本音を言わずに笑って済ませるのが、他人との会話を穏便に済ませる一番の方法ではないだろうか。


 俺と青年は鬱蒼とした森を突き進む。

 結構な速さで移動しているのに、あまり疲れないのが恐ろしいが、青年は余裕で付いてきているので、俺だけが異常なのではなく、この世界ではこのくらいの体力が常識なのだろう。

 

  昔の世界と今の世界の違いに驚きつつ、転生時に体力をしっかりとつけてくれたグリモアールさんに再び感謝している間に、背の高い木々が無くなり、代わりに背の低い草花が生えだす。どうやら森を抜けたらしい。

  空はすっかり黄昏ている。かなりの時間を移動に費やしていた割に、モンスターに一度も遭遇しなかった事を除けば、何の問題も無く森を抜けられた。


  「少し休憩しますか」


  森を抜けて気が抜けた俺は、青年にそう提案する。肉体的にはあまり疲れてはいないが、精神的にかなり疲れたからだ。


  「そうだな。暗くなってから移動するのも怪しいし、ここら辺で野宿するか」


  その発言が、俺の精神疲労を加速させる。そうだよな、暗くなってから動くのは危ないから、必然的に野宿をするしかないよな……。

  異世界転生を夢見ていた頃には考えもしなかった、異世界が故の不便さを感ぜざるを得ない。冒険をするのに野宿をすることを想定していなかったのだから、俺の異世界に対する想定は相当楽観的であり、余りにも抽象的だったのだと改めて思い知らされる。

  まあ、異世界転生を具体的に想定する人間など、そうそういないだろうけれど。

 

  俺は青年と共に、野宿の準備を始めた。とは言っても、やることと言えば野宿する場所を決めて、そこに陣取って火をおこすくらいだった。青年が刀で木を木屑と木の板と木の棒へと切り出し、摩擦熱で火おこしを手早くしているのが凄かった。昔テレビで見たときに難しいとタレントが言っていたが、あっさりと火が付いた。どうやら野宿には慣れているらしい。

 

  「まあ、こんなもんだな」


  ひとしきり準備を終え、青年が呟く。


  「そうですね」


  取り敢えず相槌をうつ。


  「ええっと、俺は敬語が苦手なんだ。それに、恩人に敬語を使ってもらうっていうのは……その、何だ……」


  「分かった。じゃあ、これからはお互いに敬語なしで」


  ものすごく和風な装いなのに、日本語は不自由らしい。

  血海の上に立ちながらゴブリンの片腕を斬り飛ばしたイメージがあったので、怖い人だと思っていたのだが、結構面白い人みたいだ。


  「ああ、それで頼む」


  野宿の準備(場所決め、火おこし)を終えたころには、辺りはすっかり暗くなっていた。明かりは、星々と焚火しかなく、それらに照らされているのは、夜空と俺と青年だけであった。昔の世界では夜になっても機械的な明かりが絶えなかったが、見渡す限りが山川草木の世界ではそんなものがある筈もなく、焚火によって明かりと暖を取ることが正しいことが証明されつつある。

  つまり、俺と青年は焚火を囲んで他愛もない話をする程度しかやることが無くなっていた。

 

  「言い忘れていたが……助けてくれてありがとう、感謝する」


  俺が思索にふけっていた時、青年は思い出したように話し出す。俺は二人きりの時だろうと話すことが無いときは静かに思索にふけっているのだけれど、青年も似たタイプらしく、先ほどの会話から結構の間、具体的に言うと、俺が星がよく見えることをいいことに、自己流の星座を創って遊ぶことに飽きて、野宿の必然性についての思索を始めて、もう少しで結論が導き出せそうなところで面倒になって考えを放棄するまでの間、会話は皆無だったのだ。

 

  「ああ、お礼なんていいよ」


  妄想から抜けきっていない俺は、適当な答えが見つからず、青年の感謝に対してテキトーに答える。しかし言葉にだした直後に青年の顔を見て後悔する。相手の感謝に対して感謝しなくてもいいと言うのは謙遜では無い。

 

  「それは貸しにしとくから、後で返してくれればいい。それより、名前を教えてもらっていいかな。ここまで一緒に来て名前を知らないってのも変だしね。」


  口に出した言葉は消せないので、対価の要求という上書きをすることにする。


  「そういえば、まだ名乗ってなかったな。俺はジン・スピリット。ジンとでも呼んでくれ」


  笑いながら名乗ってくれて良かった。

  心の内でホッとした後、俺は自分達が名乗っていないことに気付く。


  「俺はレイス・リライト。そして―――」


  俺は首元にいる物言わぬ生物を引っ張り、


  「こいつが白蛇のワイス。俺の……仲間かな」


  ジンに見せるように突き出して言う。

  ジンに会ってからワイスが喋らず、完全にアクセサリーと化していたのだが、別に忘れていたわけでは無い。俺自身が名乗っていないのと同じく、ワイスを紹介するタイミングが無かっただけだ。


  「我はワイス。我が主の命により、この者に助力している。人と会話は出来るが好きではないので、空気のごとく扱ってもらえると有難い」


  ワイスは俺に掴まれながらも体をくねらせ、お辞儀をしながらそう言った。ジンに対する挨拶をしている筈なのだが、最後の方の言葉はジンじゃなくて俺に言っている気がしてならない。悪かったな、変に鷲掴みして挨拶を強要するような真似をして。


  「分かった。レイスとワイスだな、よろしく頼む」


  ジンは、一瞬刀の柄に手を添えた後すぐに元の位置に戻し、笑いながらそう言った。

  蛇嫌いじゃなくて良かった、なんて思っている俺に、ジンは話し続ける。


  「けれども、喋る蛇なんて見たことがないぞ。レイスが鷲掴みにしているんだから違うんだろうが、一瞬魔獣かと思ったぞ」


  俺は、ジンの言葉にハッとする。そうか、そうだよな、喋る蛇って魔獣に見えるよな……

  ファンタジーの世界では喋る蛇くらい常識なのかと思っていたが、人外が人語を話すと魔物を連想するらしい。

  刀に手を添えたジンが取ろうとしていた行動を理解し戦慄しながら、俺は片手にいるワイスに語りかける。


  「ワイス、お前は町に入ったら黙っていろよ」


  「基本的に話さないと言ったであろう。我の存在は気にせず、蛇柄のスカーフとして扱うがよい」


  そんな会話をする俺達を見て、ジンはまた笑いながら、

 

  「確かに、町中でワイスが話しているのを見たら、驚く人は多いだろうからな」


  オブラートに包みつつ、自論を言ってくれた。

  危なかった。ジンと会っていなかったら、 町中で一騒動起こしてしまうところだった。まあ、町に行くために人を探した結果としてジンと出会ったのだから、ifとして考えるならば、ジン以外の人に出会ってワイスを紹介した際に魔獣だと思われて面倒事になる、みたいな感じだろうか。


  「ジンに出会えて良かったよ」


  一通りパラレルワールドを想定した後、俺はジンとの出会いに感謝の意を述べる。


  「俺も、レイスのおかげで助かったよ」


  ジンはそう言って再度笑った。


 

  俺とジンは交代で火の番をしつつ、軽く睡眠をとった。

  本来なら、出会ったばかりの人の前で寝るのは危ないのだろうが、ジンは何の躊躇いもなく横になり、そのまま寝息をたててしまったので、俺の考えすぎかもしれない。

  ジンが真夜中に起きて、後は俺がやると言ってくれたので、俺も地球を敷布団にして横になり、目を閉じる。少し瞳の裏側を見つめていた後に、耳が音を拾うことを休みだす。

 

  ―――異世界での一日目が終わり、朝日と共に二日目が訪れる。

 

 

 

 

 


 

 


 

 

 

 

 


 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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