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転生・殺人・幻想の現実  作者: 亡霊
序章 始まり、終わらせ、物語は始まる
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第6話 魔導師の行動に、転生者は思考する。

  目を開けると、世界は凍り付いていた。

  これまでの人生で悪いことをしなかったとは言わないが、地獄に落ちてしまうような行動はしてこなかった、はずだ……多分。

  なのにどうして、俺は地獄に――


  「目が覚めたか」


  その言葉で、俺は思考の世界から目覚める。よかった、地獄じゃなかった。というか、これ俺が創った氷だ。

  目を開けてから夢を見るのは初めてだったが、グリモアール先生がいなかったら、一生抜け出せ無かったかもしれないと思うと、すごく怖い。


  「ええ、おかげさまで」


  「そんなこと言わんでいいぞ。原因がわしにあるのじゃし、わしが謝る理由はあれど、レイスが感謝する必要は無かろう」


  そういえば、なんで俺は意識を飛ばしていたんだっけ。

 

  「すまんかった。魔法使いとしてのレイスを試すためとはいえ、怖い思いをさせたな」


  「あ、ああ……」


  思い出してしまった。思い出したくないことを思い出してしまった。

  そうだ。俺は、目の前の幽霊に魔法を放たれたせいで、ぶっ倒れることになったのだ。

  今頃になって膝が笑ってくる。まだ立っていなくて良かった。まだ死んでいなくて本当に良かった。


  「何はともあれ、これでわしの講義は終了じゃ。レイスよ、今まで良く頑張ったな」


  「何はともあれじゃないですよ!死んじゃったらどうするんですか!!」


  「まあ、まあ、結果としてレイスは死なず、講義は無事終了したのじゃ。良いではないか」

 

  良いわけないだろうと思うのだが、そんなこと言っても、また言い訳されるのが目に見えているので、俺はあきらめて口を閉ざす。別にグリモアール先生に逆らうのが怖くなった訳では無い。本当に違うんだよ。今の先生が顔面で構成している笑みという表情が、俺の過去の恐怖(トラウマ)を刺激している訳では決してない。

 

  「さて、これでレイスは魔法使いの端くれになることが出来たたわけじゃ。後は自分で鍛錬をしていくがよい」


  そうか、これで終わりか。短いようで長い時間だった。異世界に来たというのに、未だにモンスターにも遭わず、村や町にも行かずにただ訓練をしていたというのは、俺の思っていた異世界ライフとは程遠い物だったな。


  「じゃが、わしの講義はもう少し続くぞ」


  「ほかにもやらなきゃならないことがあるんですか!」


  「違うぞ。お前さんはこれから外の世界に行くことになる。そのための装備をこの鞄に詰めておるから、それらの主な使い方などを知っておかねばならんじゃろう?」


  「な、なるほど……」


  そうだった。俺はこれから外の世界で冒険に出るのだった。そしてその前に……


  この偉大なる魔導師を殺してやらなければならない。


  いつも頭の片隅で考えてはいたのだ。なぜ、この魔導師は殺されたいのか。なぜ、俺に殺して欲しいのか。そして、死んで償うという考えに至ってしまった彼の過去には何があったのかを。まあ、考えただけで、何も思いつくことは無かったのだが。


  「よし、じゃあ始めるぞ」


  俺が思考の底に落ちている間の沈黙を先生は了承と受け取ったらしく、鞄とその中身についての説明を始めた。

  先生の声で思考から抜け出し、俺は話し出した先生の言葉に耳を傾けることにする。この話が終わってから行動に移せばよいと思って。


  「まずはこの鞄からじゃ。この茶色の肩掛け鞄は、魔法によって見た目の何千倍もの物を内包することが出来る。そして、これまた魔法によって内包物の重さは無くなるのじゃ。取り出すときは、取り出したいものをイメージして、手に寄ってきたものを掴めばよい」


  魔法の力ってすげー。もはや何でもアリなんじゃないだろうか。魔法で氷を当たり前のように創り出しているというのに、魔法の鞄を見るとそんな風に思ってしまう。昔の世界の常識が、未だ根強く俺の頭に残っているからだろう。

 

  「次はこいつじゃ」


  話に耳を傾けているのに思考を止められていないことに、先生の発言によって気付いてしまった。人は考える葦であり、思考を止めれば呼吸しかしない葦に成り下がってしまうから、仕方のないことなのかもしれないが……

  バカな言い訳を考えてしまったことを反省し、気持ちを切り替え、俺は先生が魔法の鞄から出した三つの小瓶を見つめる。

 

  「この黄緑色の液体が回復薬じゃ。飲んだりかけたりすると傷が治るが、すぐに治るわけでは無いので戦闘中に使うことは止めておいた方がいいぞ」


  「はい」


  俺は形式的に応答する。見た感じ魔法の薬みたいなので、振りかけた瞬間にどんな傷でも治ってしまうのだとか思ったが、思ったよりもファンタジックじゃない(現実的)らしい。まあ、飲んだりかけたりするだけで傷が治るというのは、十分に幻想的(ファンタジック)かもしれないのだが。


  「次に黄色じゃが、これは端的に言うと毒消しじゃ。毒というよりは、体に異常をきたす異物を体内から除去するというものじゃ。この薬は回復薬と違ってある程度の即効性があるが、麻痺したりするとそもそも飲んだりできなくなるのが問題じゃな。」


  「なるほど」


  俺は話の区切りで応答する。その説明を聞いて、毎日毒消しの薬を飲めば健康になることが出来そうだとか思ってしまうのは、俺の心がオッサンで、そろそろ健康に気をつけなきゃいけないなぁ、なんて思っていたからかも知れない。

 

  「最後の赤色は痛み止めじゃ。これは痛みを緩和させる薬で、飲んでからしばらく痛みが感じにくくなるんじゃ。じゃから強敵との戦闘時や、複数の敵をを相手取るとき、できた傷の痛みで戦闘に支障をきたさないように、前もって飲んでおくものじゃ」


  「傷が出来てから飲むんじゃ遅いんですか」


  「遅くは無いぞ。じゃがな、傷を負う戦闘時というのは総じて危険な状況と言える。そんな状況じゃと、薬を飲む隙が致命的になるのじゃ」


  「なるほど」


  俺は先生の模範解答に応答する。痛み止めというと、傷が出来た後に飲むものだと思っていたが、この世界だと回復薬を飲んだ方が早いのかもしれない。

  というか、この痛み止めは過去の世界で言う手術前の麻酔に近い感覚なのかもしれない。


  「これらの薬が鞄には何百何千と入っておるから、気楽に使うがよい。が、赤色の薬はそんなに使わん方が良いな。人間の持つ感覚は、そのどれもが生きるための進化の中で得られたものじゃから、薬によって歪ませるのは一時的だけに留めておいた方がよいじゃろう」


  凄いな。薬の単位で三桁を超えた数を聞いたのは初めてだ。

  でも、


  「それって、大丈夫なんですか。腐ってたりとかしないんですか?」


  俺の突然の質問に、先生は当然のように答える。


  「この鞄の中はな、すべての物質の活動が停止するのじゃよ。じゃから、鞄の内包物は入れた時の状態のまま保存されるんじゃ。まあ、鞄を開けているときは活動が停止していないから、完全にそのままの状態とはいかんがな」


  そりゃ凄い。やっぱり魔法って何でもアリなんだな。

 

  グリモアール先生の鞄の中身の説明は、それからもしばらく続いた。

  食料の堅そうなパン、水が大量に入っている水筒、着替えの衣類、金や銀の延棒(インゴット)などが、主に入っていた。

  なぜ金貨銀貨でなく、金属塊をそのまま入れているかを質問したところ、先生がこの本に(今は氷に)囲まれた空間に閉じ込められたのは何千年も前の事らしく、今の貨幣はほぼ確実に昔と形が変わっているだろうから、という理由だった。

  俺としては、金属塊を持つ理由よりも、グリモアール先生が閉じ込められたという事実の方に興味が完全に移ったのだが、どうせ聞いても答えてくれないだろう。

  実は、魔法を反復練習しているときに、それとなく先生の過去について何度か聞いてみたのだが、全てはぐらかされてしまっていたのだ。良く話す人なのだが、すらすらと淀みなく話す割に失言がほとんど無い。この空間に閉じ込められたという発言も、説明のしようがなかったから最低限の過去を話したに過ぎない。

 

  俺が特別に疑問に思ったのは先生の閉じ込められた発言程度で、その他の説明については良くわかった。昔の俺であれば、先生の説明が質疑応答になる程度には質問しまくっていたのだろうが、俺は学習の中で学んだのだ。いちいち魔法的な効果について疑問に思っていたらキリがない、と。

 

  「―――道具の説明は以上じゃな」


  最期の講義が終わった。俺が聞きながら学習できる程度には、先生の説明が長かったとだけ言っておく。


  「後、少しだけレイスに言いたいことがある」


  なんで、そんなことを言うのだろう。今までは勝手に言っていただろうに……

  まあいい。


  「俺も先生に言いたいことがあるんだ」

 

  「ほう、じゃあレイスの言葉から聞こう」


  俺としてはグリモアール先生が話をした後が良かったのだが、そう言われては仕方がない。

  言わせてもらおう。俺の願いを。


  「なあ、グリモアールさん。俺と一緒にこの世界で冒険をしないか?先生は、過去の罪への償いとして死のうとしてるみたいだけれど、死んでも過去の罪は消えない。だからさ、俺と一緒に生きて贖罪をしよう。罪を償おうという思いがあるのなら、死んで償うのではなく、生きて償うべきだろ?」


  俺は生徒ではなく一人の転生者として、一人の魔法使いであるグリモアールに言った。

  今までの魔法講義の中で、俺はグリモアール先生と旅をしてみたくなったなったのだ……いや、違う。

  俺はグリモアールさんを殺したくないと強く思ってしまったのだ。たとえ、それが講義の対価としてグリモアールさんに払われるべき正当な報酬だとしても。だから先ほどの説得文句は、後付けの理由に過ぎない。勿論、嘘を吐いたわけではない。昔の世界で一般的に思われている理想論に本物の感情を付けた、本心を込めた虚言だ。


  「そうか……そういう考え方もあるのじゃな」


  グリモアールさんは、納得したように頷き、


「やはり面白いな、お前さんは」

 

  そう言って笑った。

 

  「じゃあ、次はわしの番じゃな」


  俺の問いかけに、彼は答えなかった。それとも、答えない、というのが答えなのだろうか。

  あえて何も言わないで、俺はグリモアールに沈黙を持って了承の意を伝える。


  「わしは、レイスに嘘を吐いていたんじゃ」


  鉄のように引き締まった表情で、グリモアールはそう言った。

  俺は何も言わない。嘘は誰もが吐くし、この話にはまだ内容が無い。



  「わしはな、記憶を改ざんできるんじゃよ」

 

  「……そうなのか」


  言わなくてもいいことを言ったということは、何か言ったことによるメリットがある筈だと、俺は冷静に考える。

  それに、記憶が弄れるなら、俺はどうしようもない。グリモアールを殺すことができないと思うに至った記憶さえも、グリモアールの手で――魔法で――改ざんされた偽物かもしれないのだから。

  だから俺は沈黙する。沈黙を持って話の続きを促す。俺が知ったところでどうしようもないことを、俺が知ることでどうなるのかを、グリモアールは知っているだろうから。


  「じゃから、わしを殺すことを躊躇わんで良い。レイスがわしを殺した時に、偉大なる魔導師グリモアールを、お前さんの記憶から消す魔法をかけてやる。そうすれば、お前さんが罪の意識に苛まれることない。ああ、魔法や道具類などの使い方は消さんから、二度目の世界での冒険は問題なく出来るぞ」


  やはり俺は驚かない。

  俺にそんな話をするということは、きっと内容は真実なのだろう。そして、確実にグリモアールは死ぬつもりなのだろう。

  記憶を変えられるならば、俺の記憶を改ざんして、復讐心なり殺人衝動なりを頭の中に組み入れれば、グリモアールの目的は達せられる。


  だが、彼はそれをしなかった。

  俺の記憶を弄ることなく、俺の今後の生活を考えて、面倒なことを幾つもやってくれた。そのうえで、グリモアールは俺に提案として、自らの殺人計画を提示し、俺にデメリットがないことを説明し、今は沈黙の中で俺の返答を待っている。

  俺の提案に、グリモアールの返答は無かったが、グリモアールの提案に、俺は答えねばならないだろう。彼の誠意に、彼の望みに。


  「わかった」


  殺してやろう。


  「だが、記憶は消さなくていい。偉大なる魔導師の最期は、俺が看取って悲しんでやる。そのくらいは、今までの恩の代償として背負うべきだ」


  きっとグリモアールの意志は変わらない。少なくとも、俺では変えられない。俺にできることはグリモアールの意志を尊重することだけだ。

  そして、自分で決めたことには自分で責任を取る。昔の世界で一般的な常識だ。自分の意志で恩人を殺した記憶は、俺が一生背負わなければならないだろう。自己満足かもしれないが、そのくらいしか俺がグリモアールさんにできる恩返しは無いのだろうから。


  「そうか……レイスは優しいな」


  グリモアールさんは、そう言って微笑んだ。全く、優しいのはあんただろうに。


  「で、どうすればいいんだ?」


  お前を殺すには。


  「簡単じゃよ。あそこに扉があるから、それを開ければよい。そうすれば、わしの願いは達せられる。外の世界にもその扉から出られる。じゃから、装備をしてから行動を起こした方が良いな」


  「わかった」


  俺は黙々と魔法の鞄を肩に掛け、銀蛇(ぎんじゃ)鋭杖(えいじょう)の鞘が付いているベルトを腰に巻き、鋭い杖を鞘に納める。そして、開けるべき扉を見つめる。

  本棚と本棚の間にひっそりと存在している観音開きの扉。前にこの辺りを見た時には、こんなもの無かったはずなのだが……ここまで来て、グリモアールさんに聞くのも悪いか。


  「準備、終わりましたよ」


  「そうか。すまんな」

 

  申し訳なさそうに応答される。謝るくらいなら、こんなこと俺に頼まないで欲しかったな、なんて自分勝手なことを思ってしまった。

  だが、もう決めたことだ。後悔するにはまだ早すぎる。全てを後で懺悔すればいい。


  「じゃあ、行きますね」


  俺は扉の前へと進み、立ち止まる。

  振り返ってみると、グリモアールさんは被っていた紺の帽子を放り投げてきた。

 

  「わしの愛用していた帽子じゃ。その中には手帳が入っておる。外に出た後に読んで欲しい」


  「わかった」


  俺は帽子の中の手帳を魔法の鞄に入れ、投げられた帽子を被った。

  すると……

 

  「な、なんだこれ!」


  不思議な文様が帽子に出現し、俺の体の自由が奪われる。そして、勝手に扉を開けようとする。


  「魔法でレイスを操っているんじゃよ。そして、わしがこの世界から解き放たれた後、お前さんからグリモアールの記憶を消してやる」


  なんでこんなことをするんだ。そう聞きたいが、自分の口が言うことを聞かない。


  「わしは、この空間から解き放たれ、天に召されればそれで良いのじゃ。レイスが変に気にする必要などない」


  納得がいかない。じゃあ、今までの問答はなんだったんだ。俺の決意はなんだったんだ。

  俺の頭の中でも見えているのかは知らないが、グリモアールは俺の考えに答える。


  「納得がいかなかろうが、過去には戻れん」


  その言葉と共に、俺の体は動きだし、眼前の扉を押し開こうとする。


  「さよならじゃ。二度目の人生を満喫するが良い」


  そう言った声を背中に受けながら、俺の体は勝手に扉を押し開く。ギリギリと音を立てて、暖かな光が扉の隙間から漏れ出す。

 

  硝子が砕けたような音とともに、空間が崩れだした。


  「ありがとうな。お前さんを転生して良かった」


  それが、俺がグリモアールさんから聞いた最後の言葉だった。




 


 

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