第4話 魔導師の講義に、転生者は抗議する。
寒い、そう感じるのに時間はかからなかった。力がみなぎってくるのが感じられた際には暑くすらあったのに、凍えるような寒さを感じるのだ。
「な、なんだこれ!」
吹雪だ。俺自身を中心に極寒の冷気が巻き起こり、吹き荒れている。発生源に位置する俺は、この現象が自らの力によるものだと実感していた。自分の中から、何かが出ていくのが感じられるからだ。
「ほう、氷か。わしの魔力を貸し与えてやったのじゃから、炎属性となると思ったのじゃが……よほど魂が炎を拒絶しているのかのう?」
俺が得体のしれない状況に驚愕しているのに、俺の頭を掴んでいるグリモアール先生は、もう片方の手を顎に当て、涼しい顔で何やら考えている。
「おい、なんだこれ!」
絶叫とも取れる声を上げて、必死に疑問を声に出す。目の前にいるこの偉大なる魔導師なら、この疑問に答えられるだろうと確信して。
「力じゃよ。魔法を使うための力――魔力じゃ。わかるじゃろう、体内の何かが沸き立つような感覚が。それは、レイスの器にわしの分け与えた魔力が入り込んで、零れ落ちているんじゃ。まあ、魔力は有限じゃから、垂れ流していたらそのうち収まるじゃろうが、それじゃあいつまでたっても魔法を使えるようにならん。じゃから、今からレイスにはその力を制御してもらう」
片手で俺の頭を掴んだまま、教師じみた口調で、先生は言う。ようやく先生らしいことを言い出したのはいいが、こっちは生徒らしくしていられるほどの余裕はない。
とにかく寒いのだ。体中が震えている。何か言おうとしても、口がガクガクしてうまく話せない。そんな中で授業されても困る。というか死ぬ、マジで寒い。これ魔力が切れる前に、俺の命が絶ち切れるんじゃないだろうか。
そう思った俺は、いまだに俺を掴んで、涼しい顔している先生に目線を送る、助けてくれ!と。
「おう、そうか」
俺の意思が伝わったらしく、先生はそう言って少し笑い、
「魔法の力を行使するにはな、イメージすればいいんじゃよ。手を動かすのと変わらん」
講義をしだした。違う、俺が求めていたのは魔法の制御方法ではない。全力で抗議したい俺だが、そんなことできるなら、とっくに助けを求めている。よって、グリモアール先生は話し続ける。
「コツとしては、そうじゃな……嫌な奴に思いっきりブチ当ててやろう、とか思うと、その通りに動いてくれたりするぞ。実際、わしが一番初めに完成形術式を使った時もそうじゃった」
ほう、いいことを聞いた。嫌な奴にブチ当てる感じか……
腹の底が熱くなってきた。体の芯まで冷え切って、全く動かないと思っていた体が、黒い感情の熱で少しは動くようになった気がする。
俺は言われた通りにやった。嫌な奴に、この無駄に込み上げてくる力を全てぶつける、そんな感覚で。
震える声で感情を吐き出しながら。
「この糞じじいが!」
周りで吹き荒れていた吹雪が全てグリモアールに向かう。さらに俺の体内から勢いを増してあふれ出した極寒の冷気がグリモアールにぶつかる。そして……
一人の幽霊が、一つの氷塊へと変わった。――俺を掴んでいた片手を残して。
やってしまった。まだ教えてもらわなきゃいけないことが沢山あったのに、それなのに殺ってしまった。完全に八つ当たりであるが、あの寒さの中では、まともな判断ができなかったのだ。
俺は後悔しながらも、いまだに頭に付いているグリモアール先生の手を外そうとした……が、外れない。というか、そもそも触れられないのだ。幽霊みたいなのだから、別に触れられなくても不思議はないが、俺はこの手に掴まれているのだ。触れられないのはおかしいし、外せないと困る。
どうしたものかと俺が考えていると、突然、頭が軽くなった。勝手に頭から手が離れていったのだ。
その手は俺の頭から離れると、パチンッといい音を鳴らした。すると、
紅蓮の炎が氷塊を包み込んだ。
俺は咄嗟に後ろへ飛び退き、その熱気から顔を守る。あまり熱さを感じなかったその炎は、すぐに収まった。
炎の発生源にあった氷塊は完全に溶けて無くなり、代わりに一人の幽霊が浮いていた。
「良い八つ当たりじゃったぞ」
不味い、非常に不味い。さっき言ったことは完全に聞かれている。
「や、これは、その、あの、違いまして、ですね」
取りあえず言い訳をしようとして、変に敬語を使ってしまった。そもそも、言い訳にもなってない。
「ああ、別に良いぞ。わしの事など、どう思ってもらっても。それよりじゃ、曲がりなりにも魔法を使えたのじゃし、その感覚を忘れずに、今度は感情じゃなく理性で魔法を使えるようにするのじゃ。魔法の真髄は感情を理性でコントロールして魔法を使うことじゃからな」
「はい、分かりました」
俺が思っていたのと違い、グリモアール先生の機嫌が良くて逆に怖いが、考えても仕方ない。なので俺は先生に言われたことを考える。
魔法を使った――ただ力をぶつけただけだが――さっきの感覚は、確かに体に残っている。何とも言い難い、魔法を使う感覚としか言いようのない感じだ。
その感覚を思い出しながら、俺は掌に魔力を集めようとする。
「ハァ!」
力を込めた声と共に、掌に小さな氷の粒ができた。先ほどの氷塊と比べると非常に小さいが、魔法によってできたのだ。俺がイメージしていたものよりもかなりミニサイズであるが、取り敢えず氷ができて良かった。
「ほう、一発でできたか」
感心したようにグリモアール先生は言う。
もしかしたら俺って才能あるのかもと思い、ニヤニヤしてしまう。
「わしは何も苦労することなく、この術式の魔法を使えたからのう。ここで躓かれたらどうしようかと思っていたんじゃ」
才能がないのう、などと言い出しそうな口ぶりでグリモアール先生は言い放った。もう少し、ほめて伸ばそうと思ってくれないだろうか。真実は時に――結構な頻度で人を傷つけるのだ……
……などと思っている俺に対して、グリモアール先生は次の課題を口にする。
「理性で魔法が使えたのなら、後は完璧に制御するだけじゃ。まあ、これは練習あるのみじゃから、さっきみたいに魔法をどんどん使っていくんじゃ」
「はーい」
やっぱ結局は反復練習なのね。
俺は再び掌に魔力を集め、魔法を発動させる。今度は、前よりも少し氷の粒が大きくなった……気がした。
こんなちんけな氷を生み出すだけだが、これが結構疲れるのだ。体は何ともないが、精神的に疲れてくる。例えるなら、徹夜した後に感じる疲労感に近い。
仕事で徹夜することが多かったので、この手の疲労感には耐性があるものの、辛いものは辛い。
もう二、三回繰り返したところで、俺は疲れ切ってしまい、よろよろと座り込んでしまった。
「もう無理、限界、少し休憩して良いですか」
そう言いながらも、すでに休憩しだしている俺にグリモアール先生は、
「そうか。なら、少し座学の時間としよう」
それは休憩とは言わないのでは、という言葉を飲み込みながらも、俺は了解の意を示すため首肯する。
「その程度で疲れるわけないじゃろう」なんて言われて、魔法の反復練習を続けさせられるよりはましだ。
「じゃあ、始めるかのう」
そう言うと先生は、空中で何かを掴むような動作をした。すると、何もなかったところから大きな長方形の木板が現れた。手が離されても、その板は空中で何かに固定されたように動かない。
まるで黒板のような――黒くはないが――長い板に、先生は指で何かを書きだした。書けるわけがないのだが、指の軌跡にはしっかりと黒い色が付いていた。よく見ると指と木板との間に煙が出ている。
焼いている。木板に焼き目を付けることで、字を書いているのだ。
「よし、こんなんでいいじゃろう」
書くのを(焼くのを)止めた先生は、俺に向かって話し出した。
「レイスが今行っているのは、集めた魔力を魔法に昇華する練習じゃ。この技術が向上すれば、魔力を素早く、効率よく魔法に昇華できる。つまり、より早く、少ない魔力でより強大な魔法が使えるようになるのじゃ。これは、魔法使いの強さに直結するから、最優先ですべき練習じゃ」
俺はうなずく。魔法を早く効率よく出すために、何回も魔法の反復練習をする。確かに理にかなった練習だ。でも、その言い方だと、他にもやるべきことがあるようだ。
魔力を魔法にする以外に、何が魔法使いに必要だというのか。
「次にやるべきは、魔力を体外で魔法化せずに操ることじゃ。今レイスがやっている練習は魔力を魔法にして体外に放出する、というものじゃ。これじゃと、魔法が見えた状態で相手に向かうことになる。そうすると、回避や防御をされる可能性が高いのじゃが、魔力を相手に放ち、相手の近くで魔法を発動させることで、回避や防御をさせ難くなるんじゃ。まあ、感覚が優れている奴には、あまり意味がないんじゃがのう」
「じゃあ、そんな練習する必要も無いんじゃ……」
「違うぞ。魔力の体外操作の一番の利点は速いことじゃ。完成形術式の魔法は、体内の魔力を体外で魔法へと昇華させる、というもので、発動までに魔力を集める、魔力を体外に出す、魔力を魔法へと昇華する、といった段階を踏んでいるのじゃ。つまり、始めから戦闘時に魔力を体外で制御しておいて、必要時に魔法へと即座に昇華することが出来れば、魔法の発動が格段に速くなるのじゃ」
「ふーん」
つまり、魔力を空間に放出して、ここは俺の領域だ、的な感じなのだろう……違うかも知れないが。
「この練習には杖を使うのが手っ取り早い。杖を体の一部だと思って、魔力を杖の先に集めるようにするのじゃ。それに慣れたら、杖なしで空中に魔力を集め、操ることのできるように練習する、という感じでやっていく……そうじゃな、もう渡しておくか」
そういうと、グリモアール先生は再び空中で何かを掴んだ。
空間から出てきたのは、大量の杖だった。
長方形の木箱の入れ物の中にぎっしりと入っている杖は、雨の日の傘たてを連想させた。だが、入っている杖は、木製や金属製、何かの骨で作られたもの、どれもが内なる力を滲ませており、雑然とした置かれ方なのに、神々しさを感じられた。
「これは、生前わしが集めていた魔法の杖じゃ。好きな物を選んでよいぞ。」
そういわれても、どれもこれもが凄い雰囲気を醸し出しており、選ぶのを躊躇わせる。まあ、選ぶんだけどね。
「よし、じゃあこれで」
俺の選んだのは銀色の杖だ。先端は鋭く尖っており、持ち手であろう場所には、蒼い宝石のようなものを咥えている銀の蛇が巻き付いている。杖というよりは、指揮者が使うタクトに近い。ただし、剣のような長さなのだが。
「ほう、銀蛇の鋭杖か。なかなか変な物を選んだのう」
そんな杖を俺が選んだのには理由がある。
「これって、レイピアとして使えますよね」
俺は高校時代フェンシング部に入っていたのだ。入部理由は、好きなラノベのキャラがレイピアで戦っていたから、というものだったが、高校から始める人が多かったこともあり、三年生の時にはレギュラーとして、それなりの成績を残した。
……ちなみに、フェンシングで使うのはフルーレという軽い剣で、レイピアではないと入部後に知ったのだが、フルーレは競技名みたいなイメージがあるので、俺はレイピアと言うのを止めない。
俺の青春はラノベとフェンシングで出来ていたといっても過言はない。(恋愛……?知らんな)
だから、この杖を選んだ。若干の違いは(刃が曲がらないなど)あれど、重さや長さがほぼ変わらないこの杖なら、魔法を使うためだけでなく、直接攻撃の手段としても使えると思ったのだ。それも、練習したことのある攻撃手段として。
「うむ、刃が無いから刺突しか出来ないが、使えんことはないと思うぞ」
先生からも了承を得たことだし、この杖を使わせてもらおう。まあ、その前にやるべき練習があるのだが。
「杖も渡したことじゃし、後は練習あるのみじゃ。もう、疲れはないじゃろうしな」
確かに、さっきまであった疲労感は抜けている。たいして休憩した気分じゃないが、そうでもなかったらしい。
「はい!」
俺はまた練習を始める。何度も、何度も魔法を繰り返し発動させる。
偉大なる魔導師は、そんな最後の弟子を見ながら静かに微笑んだ。心からの笑みだった。自分の最高傑作が出来上がっていく姿が嬉しかったのだ。自分の願いを叶えてくれる存在が、嬉しかったのだ。
「これで心置きなく死ねる」
そんな、声に出ない言葉を心で呟きながら、グリモアールは弟子を見続ける。