アンハッピーバースデーの何てことないプレゼント
朝から雨が降っていた。
天気が悪いとどうにも体の調子も宜しくないようで、頭痛がするし機嫌も良くない。
けたたましいアラーム音に、若干の苛立ちを覚えながらも枕元を探る。
指先に当たった硬い感触のそれを掴んで、適当に指を動かせば音が消えてなくなった。
のそのそと布団から顔を出して時間を確認。
いつもより五分遅い起床だ。
気だるい体を起こして洗面所へ向かおうとすると、キッチンから顔を出した母が笑う。
この天気で何故そんなに笑顔なのか。
寝起きの私は、寝癖だらけの髪を掻きながら眉を寄せる。
「お誕生日、おめでとう」
笑顔でそんな言葉をかけられて、あぁ、と緩く頭を動かした。
そうだ、今日は自分の誕生日だ。
朝から雨だと思って苛立ちだけが先行して動いていたため、忘れていた。
「ありがとう」
小さく笑みを見せてお礼を言えば、母は満足そうに笑顔で頷いて、サッ、とキッチンに戻る。
誕生日かぁ、と思いながら私も私で洗面所へ向かう。
鏡に映る自分を見ると何とも笑える。
寝不足気味な私の目元には隈が出来ていて、元々整っているわけでもない顔が更に不細工になっていた。
顔を洗ってもう一度鏡を見ても、あまり変わらない。
駄目だな、こりゃ。
そう思いながら寝癖だらけの髪に、寝ぐせ直しウォーターをかけて梳かす。
真っ直ぐになった髪で寝間着のままリビングへ向かう。
朝ご飯を食べてから、歯を磨いて、制服に着替えて、重たい足取りで学校へ。
適当な傘を引っ張って「行ってきます」と声をかければ、母は「行ってらっしゃい」と笑った。
大粒の雨が傘を叩きつける。
ジメジメとした空気に不快感を感じ、自然と溜息が漏れた。
水溜まりを避けて早歩きで学校へ向かう。
なるべく早く建物の中に入りたい。
だがしかし、今日の天気は雨。
水溜まりも酷い。
車は朝からスピードを出して走る。
歩行者に水をぶっかけてもお構いなし。
いきなりで避けきれなかった水が、スカートとハイソックスを濡らして色を変えた。
……だから雨は嫌いなんだ。
色の変わったスカートを学校の玄関で絞り、ハイソックスを脱いで素足で上履きを履く。
だからと言って、完全に履くのは抵抗があるので踵は踏んだまま。
ぺたこぺたこ、と間抜けな足音を鳴らして教室の扉を開ければ幼馴染みの姿が見えた。
「おはよう。水かけられたの?」
半笑いで挨拶と予想を投げかけられ、挨拶を返しながら、まぁね、と頷く。
机に鞄を置いて、中身を漁って顔が引き攣る。
今日は厄日か。
舌打ちをしながらも、鞄をひっくり返してみる。
私の様子を不思議そうに見ている幼馴染みだが、しばらくしてから小さく頷いて自分の席へ戻っていく。
「可哀想な幼馴染みに恵んであげる」
くすくすと笑い声を含んでそう言った幼馴染みの手には、紺のソックス。
ハイソックスではないが、有り難い。
「ありがとう……」
「いえいえ」
要するに私は替えのハイソックスを忘れたのだ。
朝から雨だわ、雨のせいで体調は悪いわ、水を掛けられるわ、替えのハイソックスを忘れるわ、いい事なしの誕生日か。
そう思っていても、幼馴染みは相変わらず笑いながら「誕生日おめでとう」と言ってくれた。
***
やっぱり厄日だ、と壁と同化しようとする私を見て、幼馴染みはとうとうお腹を抱えて笑い出す。
笑いたければ笑えばいい。
出されていた課題をやってきたかと思えば、提出日が違った。
そしてそれとは別のやっていない課題の提出日だったため、珍しいこともあるもんだなと担当教師に笑われることに。
お昼はお昼でお弁当を出したら箸が入ってないし。
担任のちょっと手伝ってくれ、の一言で馬鹿みたいに重たい教材を運ぶのを手伝わされた。
お陰で昼休みが潰れたわ。
そして放課後は、クラスメイトのお願いでプリントをまとめる作業。
幼馴染みも手伝ってくれたが、だいぶ時間を食ってしまった。
やっと帰れると思い玄関へ向うが傘がない。
パクられた。
「彼も祝いに来なかったしねぇ」
可哀想に、と全く心のこもってない言葉をかけられても、傷に塩を塗られているのと同じだ。
泣いてもいいですかね。
付き合っている二個上の彼氏は、学校にいる間一度も会わなかった。
大学に向けて忙しいのだ、と必死で言い聞かせる私はある意味滑稽だろう。
厄日だ厄日。
何が誕生日だ、ちくしょう。
泣きたくなる気持ちを抑え、幼馴染みに傘に入れてもらえるよう頼もうとすると、不意に肩を掴まれた。
軽く傾いた体が受け止められて、慌てて顔を上げると見慣れた顔。
整った顔立ちなのに、眉間にシワを寄せては勿体無いことこの上ない。
「え、あ、おはよう?」
驚きで目を見開く私は、疑問符の言葉を吐く。
もうこんにちはで、そろそろこんばんはだろう時間におはようなのは、今日初めて会ったから。
だが、彼は言葉を発さずにむっつりと拗ねたような顔をしていた。
え、私なんかした?
どうしよう、と助けを求めるような視線を幼馴染みに向けても、ニヤァ、と好ましくない笑顔を見せられて、引いた。
「お邪魔虫は退散しますんで。後は、お若い二人でどうぞ」
ここはどこの見合い場所だ、とツッコミたい。
それに彼は私達より二つ上だ。
年上だぞ、アンタのが若いからな。
心の中では止まらないツッコミだが、言葉には出来ずに、小走りで帰る幼馴染みの背中を見つめていた。
マジで帰りやがった。
何だか、あまり機嫌が良くない彼と二人っきりにされても困るんだが。
私何かしたって、本当に。
冷や汗だらだらで彼を見上げると、眉を寄せられて苦笑を漏らしてしまう。
そんな子供みたいな顔をしないでよ。
手を伸ばして頬を撫でた。
そうすれば、眉間のシワを消して、驚いたように目を見開く彼。
「どうしたの?」
驚いたのもつかの間、私の問いかけにまたしても眉間のシワが復活。
何でだ。
「忘れてた」
「……?何を?」
後ろから伸し掛るような体制だったが、私の体を支えていた腕が、しっかりと体に回される。
抱き締められながら、言葉を待っていると肩口に顔を埋められて重い。
女の私でも羨ましくなる綺麗な髪が、頬や首を掠めて擽ったいんだが。
もぞ、と動けば、動くな、と言うように体を抱きしめる腕に力が込められた。
仕方ないので大人しくされるがままでいると、ぼそぼそと彼が何かを言う。
聞こえなかったので「ん?」と、もう一度促せば彼は勢い良く顔を上げた。
「誕生日、おめでとう」
あぁ、忘れられてたのか、と思うよりも先に、思い出してくれたんだ、と思った。
何にせよ祝ってくれた、そのことが重要なのだ。
受験が迫って忙しい中で私に割ける時間なんてなかなかないと思うし、別に無理して欲しいわけでもない。
それでも彼は自分で思い出して、声して祝いに来てくれたのだ。
ならば、それでいいじゃないか。
私が笑顔を浮かべて「ありがとう」と言いながら、また肩口に顔を埋めている彼の髪を撫でれば、ぴくりと反応を見せる。
この愛おしい気持ちはどうしてくれようか。
彼への愛で埋まった胸が何と温かいことか。
唇に笑みを乗せていると、彼が顔を上げて私の目を見た。
あまりにも近い距離に体が仰け反りそうになったが、彼の腕がいつの間にか腰に回されていて動けない。
ニィ、と意地の悪い笑みを見せる彼。
「よし、プレゼント買いに行くか」
意地の悪い笑みと一緒にそんな言葉を吐き出した。
いや、いいよ、なんて言う暇もなく彼は私の腰を掴んだまま歩き出す。
傘ないんだってば、と言ってみても俺のがあるからとそのまま外へ。
その十数分後、連れて行かれたブランドのアクセサリーショップで婚約指輪を買ってもらうことになるなんて、今の私は知らないこと。




