公爵と騎士
外国人の男は机のパソコンに向かい、作業を行っていた。ロボットに関するデータについて、カチカチと慣れたタイピングで眉間にシワを寄せ、エンターキーを押した。
ふぅと、作業をひと段落終え、パソコンを閉じ、ポケットの中から葉巻を取り出す。葉巻に火を点けた男は、キューバ産の葉巻の匂いを楽しんでいた。まるで、溜まったストレスが煙でゆらゆらと消えるように。
コンコン。
ドアをノックする音が部屋に響く。せっかくの自分の時間が、犯されるみたいで嫌な音だ。男は音のしたドアの方に向かい、顎をしゃくった。
「ドアは開いてるぞ。入りたまえ。」
男のずっしりとした低い声が、部屋に響く。カチャリと、ドアが開き、パツパツのスーツを着た初老の男が部屋に現れた。今にもはちきれそうなボタンは、男からみれば、とても見苦しいものだった。
「なんだ、お前か、ルーク。私に何のようだ?その表情だと、私にとってあまり嬉しくない報せのようだな。」
葉巻の煙が天井に漂う。ルークと呼ばれた男はムッとした顔で男を睨んだ。
「デューク社長…本日は貴方に、言いたい事があり参りました…」
「なら、早く言いたまえ。私はお前のような豚に構ってる暇はないんだ。せっかく私の時間に浸っていたというのに。どうして、お前のような馬鹿の戯れ言を聞かないといけないんだということに、腹私はを立てている。私の気が済まないうちに、早くを要件を済ませるんだな。息子よ。」
息子。なるべく口に出したくない言葉だ。葉巻を吸い終わり、灰皿へ置き余韻を楽しむ。しかし、目の前にいる豚がいる以上、デュークの気持ちは晴れないでいた。
「社長…、いや、父さん。実は、貴方にこれを渡しに。」
机のもとに近づき、懐から取り出した紙をデュークの目の前に叩きつける。より重力のかかった手から、ミシミシと折れそうな音を放った。デュークはその内容を、上から下まで目を通した。
「ほう…。なんだと思えば、私に喧嘩でも売りに来たのか?全く。この机とは、色々と思い出が詰まった大事なものなんだ。壊されては、困る。それに私のことは社長と呼べと言ったはずだ。愚か者め。」
「父さん。」
デュークはさらに眉をひそめた。どうやら、都合が悪くなると人の話を聞かないのは、全く直ってないらしい。
「貴方を、いや…、デューク。お前を、逮捕しにきた。これ以上、お前の好き勝手にはさせない。罪のない人をオモチャのように改造するのは、辞めるんだ…‼︎」
ルークは熱い闘志に燃えていた。
この「クラウン」という会社は、父が1人で立ち上げたものだ。表向きは日本のロボット産業の一戦先を行っている大企業である。しかし、その実態は人間達を攫い、オモチャのように改造実験を行い、自分の奴隷のように扱う鬼畜に溢れるものだった。
クラウンが発展を遂げてきたのは、世界中の組織との取引によるものである。改造人間、殺人ロボ、中には死体に薬を投与し、死者蘇生を施す実験を行い、売買することで大金を手にすることが出来た。
日本を地盤とし、しっかりと根を生やしたことにより、現在は絶大な権力を誇っている。政府、警察も彼の権力に跪いている。
しかし、ルークは諦めなかった。外から攻められないなら、中から落とすしかない。この逮捕状で奴は全く揺るがない。そんなことは想定内だ。最終手段は、とってある。背中に隠した鉛のソレが物語っていた。
「下らぬ正義感に囚われてしまったようだな、愚か者よ。で?貴様は私に恨みでもあるのか?幼い頃は、仕事が忙しくてもちゃんと、貴様の授業参観、運動会などの行事には参加した。貴様の学費も私が払った。貴様の醜いその腹を肥やしたのも、私の金によるものだ。子供思いの父親に向かって、逮捕状を突きつけるとは。非常に残念な気持ちだ。」
なにが子供思いだ。ルークは拳に力を入れ握りしめる。
「どうせ、私のことが気に食わない奴等に、上手く乗せられただけだろう。豚もおだてりゃ、木に登るとでも言うしな。だが、貴様は登り過ぎたようだな。この私に楯突くということは、権力に逆らう行為と同じだ。身内はもってのほかだ。」
デュークは葉巻を取り出し、火を点けた。いかにも余裕そうな表情でルークを見つめた。
「所詮、貴様は飛べない豚だ。操り人形のごとく、権力に従っておけばいいのだ。私の可愛いロボットの方が貴様より、素直で愛嬌がある。対して、人間というものは欲望に縛られ、見えない圧力に潰され、考えることは短い棒で穴を埋めるぐらいしか出来ない、猿のような生き物だ。ルークよ。今のうちに命乞いでもしたらどうだ?赤ん坊のようにオムツを曝け出して、ブヒブヒと豚鼻を鳴らし、滑稽な姿を曝け出」
「うるさい。」
ルークの動きは素早かった。背中に隠し持っていた銃を抜き、デュークの目の前を撃った。銃声は大きく、時間が止まったかのように思えた。
机の上に丸い穴が開いていた。石像のように固まったデュークは、穴をじっと見つめていた。銃は上を向き、デュークの眉間へ狙いを定めた。
距離は数10cm。冷たい眼差しのルークは、銃を動かさず、デュークを見つめていた。
「次は外さない。俺は、本気だ。」
沈黙が長く続いた。絶体絶命の中、重たい口を開いたのは、デュークだった。
「……貴様の真の目的はなんだ?この会社を潰すことか?」
「目的は、貴様の化けの姿を世間に晒すことだ。会社は新しく、俺が立て直してやる。貴様は留置所でビクビクと怯えているがいい。」
葉巻を灰皿に置く。匂いを楽しむ所ではない。顔を上げると、そこには銃を突きつけた息子の姿が映っていた。
「化けの皮か…私の皮膚は大変分厚いぞ?貴様如きに、晒されてたまるものか。」
「ここで貴様を殺せば、じっくりと皮を開くことはできる。だが、俺には時間がない。後ろに控えている警察関係者がうるさいんでね。さっさと、無駄話を終わらせることにするよ。」
ぐっと、眉間にヒンヤリとしたものが当たる。力は大変強く、脳が潰されそうだ。しかし、デュークは怖気づかなかった。
「ここで私も終わりか…まさか、息子に殺されるとはなぁ。私としては、非常に残念だ。最期に一つ聞いておきたい。ルーク、貴様はクラウンを、私の創り上げた王冠を引き継ぐことは無理なのか?」
沈黙が再び流れる。チッと舌打ちが聞こえ、ニヤニヤした息子の姿があった。
「ハリボテの王冠なんて、俺には必要ない。そんなものは、堂々と捨ててしまったよ、父さん。権力なんか、俺が新しく築き上げてやる。俺が正義だということを、世間に分からせてやるんだ。お分かりかな?クソジジイ。納得したなら、今すぐ死ね。」
そうか。デュークの声が漏れた。目には涙を浮かべていた。死を覚悟したのだろう。ルークは最高な気分だった。
「分かったよ、ルーク。気持ちは伝わった。私も父親だ。潔く、社会から散るとでもしよう。愛しの妻と、貴様の息子に伝えておいてくれ。お爺ちゃんから、愛してるとな。」
「しっかりと伝えておくよ。だが、息子に犯罪者の身内がいるとなると、悲しむんでね。イジメも酷くなる。それは分かるだろ?お爺ちゃん。」
惨めだ。ルークは親の惨めな姿を上から眺め、機嫌が良かった。これで邪魔者がいなくなる。なにが権力だ。そんなものは、正義の元で覆される。それを俺が証明するのだ。ルークは引き金に手を入れた。
「最期にだ。もう一つ、伝えたいことがあるだろ?愛しの息子にも、詫びと感謝を述べた方がいいんじゃないか?それとも、猿のようにキィキィ鳴きながら、命乞いでもするか?どっちにしろ、殺すがな。」
クックックとデュークは笑う。ついに頭がおかしくなったのだろう。
「ああ、ルーク。今まで済まなかった。そして、ありがとう。ろくでなしの父親を、今まで生かしてくれたことに。私から言えることは一つだけだ。よく聞いておくれ。」
デュークは一言、ルークに伝えた。しんとした空気に、重く響き渡った。
「貴様はクビだ。歩兵如きめ。」
途端、ルークの手が180度の方向に捻られた。ボキッと骨の折れる音が鳴った。叫び声をあげたルークは、銃を落とす。デュークは立ち上がり、息子の顔に蹴りを入れる。床に倒れ、デュークはルークの捻られた手に、足を乗せ体重をかける。更に、不協和音が部屋に響き渡った。
「形勢逆転だな。」
悪魔のような微笑みを浮かべた男が、ルークを見下ろしていた。銃を投げ捨て、両手をポケットに入れたデュークは、余裕の表情だった。
「私がカラテの世界チャンプだということを忘れたのか?貴様のような豚なんぞ、あっという間に殺すことも出来るのだよ。身の程をわきまえろ。やはり、権力に囚われた下らぬ正義感だったようだな。」
ルークは暴れまわり、手を解こうとする。しかし、その度に鉄拳と蹴りが、顔と体に殴りかかる。次第に、ルークの顔は真っ赤に腫れ上がっていた。
「さて、このまま殺したい所ではあるが、私自身、返り血を浴びるのは全く嫌だ。使い所のないゴミは廃棄するとでもしよう。」
レフトス、ライトス。出てきなさい。
デュークが名前を呼ぶと、両端から黒スーツのロボットが姿を表した。透明な姿を解除したその姿は、まるで双子のようだ。
レフトスの肌は白、対してライトスの肌は黒である。白黒コンビは虫の息となっているルークの肩を持ち、デュークへ正対した。
『社長、ルーク様にどのような処置を与えますか?』
ライトスが問いかけた。デュークはゴミを捨てるかのように、言葉を放った。
「そいつは、ゴミだ。廃棄工場の焼却部屋へ連れて行きなさい。王冠の名前を継げない者は死、あるのみだ。そいつの立派な最期となるだろう。」
『了解しました。』
「あとだ。2人に頼みがあるのだが、いいかね?」
『なんでしょうか?仰せのままに。』
「簡単だ。この社内の人間、外部の人間の中に私に不満を持つ者を探して、私の元に集めて欲しい。2人で協力すれば、今夜までに片付くであろう。処分は私が考える。なぁに、使える物は使い、用無しは捨てるのみだ。頼んだよ、レフトス、ライトス。」
『了解しました。社長の命にかけて。』
2人の声がシンクロし、ロボット同士目線を合わせ、頷く。ズルズルと物を引きずるように、2人は歩き出した。
途中で目を覚ましたルークがデュークに向かい、声を出そうとしていた。だが、レフトスの重い手刀がルークの首に当たる。鈍い音を出し、ボロ布のようにルークはぐったりと動かなくなった。
デュークは眉一つ動かさず、パソコンの画面を開ける。ドアの乾いた音がデュークの耳に消えていった。
やがて、パソコンの端にとある画像が届いた。
それは、ルークの焼死体だった。真っ黒の炭となったその姿は、面影の一つも残っていなかった。
「フン。まるで、失敗したステーキのようだ。こんな物は肥料にもなりやしない。ゴミめ。素直に私の元で従っておけば良かったのだ。」
画像を消し、ルークの個人情報を画面に映し出した。金は全て、会社の経費に回す。生命保険も当たり前だ。元々は、この会社の金であるからだ。
棚に飾ってあった親子の写真を持つ。父親と息子が肩を組み、仲良さげな雰囲気だ。
ガラスを割り、写真を火で燃やす。思い出は全て、灰となっていった。
「と金になれない歩兵は、使い捨ての駒だ。ルーク、貴様は歩兵でも、豚でも、私の息子でもない。ただの不燃物、ゴミ以下のゴミだ。」
さてと、デュークはパソコンに向かい作業を行った。気分は晴れ晴れとしていた。
久々に短編更新しました。今回は連載の番外編という感じです。