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1-2 新しい家1(ナスターシャ)

「ちょっと、あれ、美味しそうじゃない。あっちのは何かな~。ん~、良い香りがする~。むふふふ~」


ユーサイキアに入ってすぐに虫呼ばわりされて腹を立てていたソーニャは、既に機嫌を直し、左右に並ぶ露店に眼も心も奪われていた。


「ちょっと待ってよ。ソーニャ。きゃっ、ごめんなさい。ごめんなさい」


行きかう人の間を虫のように飛び回るソーニャを追いかけていたが、とうとう見失ってしまった。

往来する人が多く、ただでさえ小さいソーニャの姿はどこにも見えない。


「もう。ソーニャ…どこ~」


ユーサイキアではカロッサ・クリードという人の家で暮らすことが決まっていた。クリードはラウンドストーンという食堂を営んでいる。このことは三ヶ月前にストの村へやって来たアンと言う女性から聞いていた。


「ソーニャ~。置いて行くよ」


返事が無い。逸れてしまったようだ。ラウンドストーンは南門から入った通りを真っ直ぐ歩いて三つ目の十字路を右に曲がり、しばらく歩くと店名が書かれた看板があるからすぐにわかるとアンは笑いながら言っていた。


「どこに言ったんだろう」


周りを探すがソーニャの姿はない。ソーニャのことは諦めてラウンドストーンを探すことにした。


「じゅう…じろを右…」


同じような石積みの家が並んでいる。看板らしきものは見えない。しばらく、歩いてみる。


「ラウンドストーン…ラウンドストーン…」


無い。看板すら無い。もう少し歩くとあるかもしれない。


「あれ…?」


気付くと行き止まりだった。戻ってみる。

人通りが多い道。ソーニャと逸れてしまった道だろうか。一度、南門まで戻ってみる。


「えっと…」


 眼の前に壁があった。ユーサイキアを囲んでいる城壁だ。そして南門が右側に見える。


「おかしい…な」


 ともかく、門のところまで戻り通りを歩き始めた。


「あ、ごめんなさい」


 十字路を探しながら歩いていると人とぶつかりそうになる。ストの村なら孤児院から村の入り口まで見ることが出来るのに、ここでは少し先を見ただけで人の壁が立ち塞がっている。


「な・す・たーしゃ~」


 上から声がした。聞き慣れたソーニャの声だ。


「ソーニャ!」


 よかった。また会えた。


「ソーニャ!じゃないわよ。どこ行ってたのよ。まったく」


「だぁってぇ、ソーニャが先に言っちゃうからぁ」


「だぁー、ごめん、ごめん。私が悪かったから、早くラウンドストーンを探しましょ。飛び回ったから疲れちゃった」


「う、うん。私もね、歩き回って大変だったんだよぉ」


 ソーニャと合流してから、再びラウンドストーンを探し始めた。すると、歩くのも困難だった通りは人が疎らになっていた。


「えっと、三つ目の十字路。ここね」


「本当だ」


さっきは、あまりの人の多さに、この十字路に気付かずに一個先まで歩いていたようだ。


「なんで、人が減ったのかな?」


「なんでって、だってほら」


ソーニャが空を見上げる。空は薄っすらと茜色になっていた。


「ど、どうしよう。早く見つけないと。暗くなったらわからなくなっちゃう」


「いや~、私も街の中で遭難するとは思わなかったわ」


ソーニャがあきれ顔で肩を竦める。


「ほら、急ごう」


 その通りには店がいくつも並んでいた。一つ目の店の前に立ち入り口の上を見上げる。


「えっと、ふ、ふぃん…ま、まっく…るず」


「違うわね。次…って、ナスターシャ。もうちょっと文字、読めたわよね?」


「だって、なんだか、読み難いんだもん」


先頭の文字が大きかったり、全体が斜めになっていたり、独特のそれぞれの店が違う特徴を出していた。


「もう、こんなんじゃ、陽が暮れちゃう」


「じゃあ、ソーニャが読んでよ」


「ぐっ…」


「…」


「だ、ダブリ…ナーズ…かな?」


「ソーニャも人のこと言えないじゃない」


「な、何よ。その目は。い、今のは…たまたま読み難かっただけよ」


ソーニャの視線が泳いでいる。明らかに誤魔化そうとしている。しかし、今はソーニャと言いあっている場合では無かった。


「二人で手分けして探そう。私はこっちを見るから、ソーニャは反対を見て」


「ナスターシャ」


振り向くと見覚えのある女性がいた。三ヶ月前にストの村で出会ったアンだ。

彷徨い歩き疲れ切っていた私にはアンが女神のように見えた。


「ア、アンさん」


次の瞬間、アンの胸に思わず飛びこんでいた。アンのふくよかな胸に顔が埋まる。


「おっとと、遅かったな。疲れたろ?早く入りなよ」


アンが親指を立てて後ろの店を指差す。通り過ぎた店だった。


「えっ、ここが…」


良く見ると店の前の立て看板にラウンドストーンと書いてある。上ばかり見ていて見落としていた。


「あははは…」


ソーニャと眼を合わせると乾いた笑いが漏れた。

アンが木製の扉を開けて「いらっしゃいませ」とほほ笑んだ。

店の中は木のテーブルがいくつか並んでいて、数人の男の人たちが賑やかに食事をしていた。


「クリード。連れて来たよ」


「ああ、遅かったね」


カウンターの奥からクリードと呼ばれた男の人が返事を返す。アンはクリードの前の席に私たちを案内すると別の客へ呼ばれて行った。

クリードは店に居る他の客と比べて、痩せていて、白い顔をしていた。背もどちらかと言えば、低い方だ。


「ナスターシャだね」


落ちついた優しい声。

クリードは私の顔を見ると微笑んだ。


「僕はクリードだ。この店のマスターをやっている。そして、アンから聞いていると思うが、君の保護者をすることになっている。まあ、細かい話しの前に何か食べるかい?お腹、減っただろ?」


クリードに問いに答える前に、お腹が「ぐ~」と空腹を訴えていた。昼間から街の中を迷っていたのだ。それに奥から良い香りがしている。ソーニャと二人して、お腹の大合唱に恥ずかしさのあまり顔が熱くなる。


「ははは、良い返事だ。待ってて。ソーニャも食事はするんだったかな?」


「うん。うん」


ソーニャは目を輝かせて頭を何度も振った。ソーニャもお腹が減っていたようだ。クリードは口元に笑みを浮かべると奥に歩いて行った。鍋を火にかけたようだ。良い香りがさらに広がる。


「ん~、むふふふ」


ソーニャは嬉しさを全身で表現している。私も口元が自然と綻ぶ。

ふと、厨房の方へ向かう影が見えた。身長は一メートルくらいで、茶色い頭巾をすっぽり被っている。丸い身体から伸びる短い手で器用に食器を運んでいる。


「へ~、ブラウニーじゃない。珍しい」


「ブラウニー?」


「妖精の一種ね」


ソーニャが得意そうな表情で説明する。


「あ、テキさん。これをカウンターの女の子たちに頼むよ」


奥からクリードの声が聞こえる。

ブラウニーはちょこちょことした動きで食事を運んできてくれた。大きな野菜がたくさん入ったスープとパンだ。ソーニャにも小さい器で同じものが用意されていた。


「ありがとう…テキさん?」


ブラウニーは何事もなかったように仕事に戻って行った。


「あははは、テキさんはナスターシャのこと気に入ったみたいだね。ブラウニーに会うのは流石に初めてかな?珍しいだろ?ああ、ソーニャを見慣れているナスターシャには珍しくなかったか。あっ、いけない、いけない。冷える前に食べてくれ」


「はい。いただきます」


大きく切ってあるジャガイモ、ニンジンと白身の魚が白っぽいスープに入っている。スプーンでジャガイモを掬って口に頬張る。


「美味しい」


ジャガイモは中まで柔らかく、噛むとほのかな甘みが口の中に広がった。胃の中に流し込むと心が落ち着いた。

クリードは嬉しそうに微笑んでいる。


「ん~。スープは美味しいわね。パンの方はいまいちかしら」


いつの間にか、ソーニャのスープの器は空になっており、パンを千切って口の中に入れていた。


「ははは、ソーニャは厳しいな」


クリードは苦笑している。しかし、優しい瞳をソーニャに向けている。


「ん?なんであんた私の名前知ってんのよ」


「そうか、覚えてないか。君が生まれた時、僕も側にいたんだけどな。イワンからは何も…聞いてないか」


クリードの口から兄イワンの名が出たことに驚いた。


「ふ~ん。もぐもぐ、覚えてない…ごくっ。わね」


「クリードさんは兄のことを」


クリードに話しかけようとすると、口の中のパンを飲み込んだソーニャがフォークを伸ばし私のスープからニンジンを奪っていく。


「あ~、あ~、それ、私の…」


話の方に気を取られていた私は、成す術もなくソーニャの口に消えていくニンジンに涙を呑んだ。ソーニャの小さい身体のどこに収まるのか。本当に食い意地が張っている。妖精ではなく、本当は何か変な生き物じゃないかと思うほどだ。


「それにしても、あんたたち、無事で良かったよ。災難だったね。客が南門での騒動を噂していたのを聞いた時は心配したよ」


「げふっ。噂?」


アンが後ろから話しかけてくると、ソーニャはお腹をさすりながら答えた。


「アホっぽい妖精を連れた女の子が賊に襲われたのをメディシス家のお嬢様が助けたってね。それを聞いたクリードが嫌な予感がするって言うから迎えに行こうとしたら店の前であんたたちがちょろちょろしていたってわけ。まあ、妖精を連れている人間なんて滅多にいないからね。すぐに誰のことかわかったよ」


メディシス家のお嬢様というのがフィリアのことみたいだ。実際は、あの男の人を倒したのはソーニャだけど、フィリアが助けたことになっているようだ。


「ちょっと、おばさん。誰がアホっぽい妖精なのよ。こんなかわいフガッ」


ソーニャがフォークをアンの方に向けながら話していると、アンは目にも止まらぬ速さでソーニャの顔を指で挟みあげた。


「だーれがぁ、おばさんだぁ?私はまだ十代だ。今度、おばさんって言いやがったら、その頭にアホみたいに咲いている毛をムシリとってやるからな」


「えっ?」


私は十代と聞いて思わず声が漏れてしまった。アンが鬼のような形相でこちらを振り返った。


「ひっ」


血の気が引く。私は慌てて首を横に何回も振った。


「いいかい?ソーニャ」


アンがソーニャに念を押している。ソーニャは肩を震わせながら、顔を縦に振る。それを見てアンが手を話した。表情も元に戻ったようだ。


「だいたい、アホっぽい妖精と言ってたのは客だよ。どうせ、なんかやらかしたんだろ?」


「あははは…」


ソーニャが男の人を執拗に追い回していたのを思い出して、私は笑うしかなかった。ソーニャは項垂れている。よほど恐ろしかったのだろう。

アンを絶対に怒らせてはいけない。私は心に刻み込んだ。


「それにしても、助けたのがあのメディシス家のお嬢様なんて、噂にもなるわよね」


「な、なぜですか?」


「なぜって、名家のメディシス家よ。それに何てったって、あのお嬢様の可憐さよね。それにお付きの騎士のジェラール。噂にならないわけないじゃない」


アンは鼻息を荒くして指を立てて言った。


「そうなんですか…」


鮮やかなブロンドの髪に、透き通るような白い肌をしたフィリア。そして、フィリアの隣に居た白い鎧が良く似合う騎士のことを思い出した。


「はぁ~、まだ、ナスターシャにはわかんないか」


「そ、そりゃ、そうよ。まだ、花より団子だもの」


ソーニャはアンのことが怖いようだ。震える声で恐る恐る言う。


「む~」


なんか、ソーニャには花より団子なんて言われたくなかった。


「アン。あちらのお客さんがお呼びのようだ」


「あ、はーい」


「さて、食事も一段落したようだし、少し話しをしようか」

そう言いながら、クリードはコップにミルクを注ぎ店の端っこの席に置いた。他のテーブルの客は食事を終え談笑しているという感じだ。

「私も、私も」

ソーニャはクリードに大きく手を振っている。飛んでいることが多いソーニャが大きくなったお腹を抱えるようにして座っている。ミルクが入る余裕があるのか心配になるほどだ。ここの食事が相当気に入ったみたいだ。   

クリードは二つコップを出してくれた。


「ありがとう。クリードさん」


「ミルクも美味しいわね」


ソーニャは大きくなったお腹をさすりながら満足そうだ。

いつのまにか店の端の席にテキさんが座り、ミルクを飲んでいた。

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