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1-1 無垢な少女(フィリア)

 「はぁ~」

 ため息。

 今日、何度目になるかわからない。

 その原因は、お父様からの呼び出しだった。用件は聞かなくても分かっている。縁談の話だ。

 私が幼い頃からポワチエ家に嫁ぐことが、メディシスとポワチエの両家の間で決められていた。

 私は今年で13になった。

 民を守るのは貴族の役目。両親にそう言って、スクールに入れさせてもらった。実のところ、名家のポワチエ家に嫁ぐしかないという運命から逃げていただけなのかもしれない。


「フィリア様、馬車の用意ができております。お急ぎください」


 ドアをノックする音に続きジェラールの声が聞こえる。ジェラールはメディシス家に代々仕える騎士の家系で、私より一つ歳が上だった。昔は、兄のように思っていた。


「今、行きます」


 悩んでも仕方がない。ロザリオを首にかけて部屋を出た。



 馬車は貴族の屋敷が並ぶ北東地区から南門へと進む。

 ユーサイキアはスクールを中心に栄えていた。そのスクールを見るのも最後になるかもしれない。そう思いスクールを見て回れるようにジェラールに頼んでいた。ジェラールは馬車の前を白馬に乗りゆっくりと駆けていた。馬車は別の従者に任せてある。

 鐘の音が聞こえる。

 小鳥が青空を飛んでいく。スクールの中にある教会の礼拝堂からだ。去年から毎日のように祈りを捧げてきた場所だった。

 目を閉じ、ロザリオを握りしめる。自然と心が落ち着いていく。

馬車が方向を変えた。

 賑やかな声が聞こえてくる。南門から中央に伸びる大通りは露店が立ち並び賑やかだ。窓から見える人々の表情は明るい。

 ユーサイキアは周りを城壁に囲まれている。街の中ではモンスターに怯えることはない。しかし、自衛手段の無い小さな町や村は襲われることが度々あった。スクールの活動の一つはそういった町や村を守ることだ。

 気がかりなのが、最近モンスターの活動が活発化していることだ。教会が予言する魔王の復活が近いのではと、スクールの中でも噂になるほどだ。もし、魔王が復活したとなれば、民の生活を守るのは貴族の責務だ。そんな時に縁談で心を乱している自分が恥ずかしかった。

 馬車が止まった。南門へ付いたようだ。

馬車の窓から外を見ると、ジェラールは守衛と話をするために馬を降りた。通行の手続きはさほどかからない。メディシス家の名を出す間もなくジェラールの顔を見ると守衛は笑顔を見せた。

 視線を戻そうとした時、一人の少女が門を通ってきたのが眼にとまった。

そわそわした様子で歩いて来たかと思えば、立ち止り辺りを見渡す。薄汚れた旅用の外套を纏っているが少女の身体には大きく動きにくそうだ。門を通る時に顔を出すように言われたのだろう。外套に埋もれた顔から淡い茶色のふわふわした髪とくりくりした瞳が見える。少女が街の中心にある高い塔を見上げた。驚いている表情が面白い。瞳も口も全開にしている。

 この街へ来たのは初めてなのだろう。

可愛らしい容姿に反して背中に槍のようなものを背負っている。よく見ると槍にしては少し短い。杖だろうか。携帯するには長すぎると思ったが、やはり杖だろう。

 ということは、あの少女もスクールに入るために来たようだ。この時期に入って来て、武器まで持っているということは既に魔法が使える。ただ、あの様子だと貴族や有力な家の平民と言う感じではない。

 魔法の素質を見出されてスクールに連れてこられたのだろう。

貴族や平民は魔法の素質に関係なく決められた時期にまとめてスクールに入る。それとは別に、魔法が使えると判断された人間が身分に関係無く遅れて入って来ることがある。とは言っても、スクールの活動が世間に知られるようになってからはあまりいない。貴族や平民は魔法の素質があれば先にスクールに知らせているからだ。


「きゃっ」


 気付くと少女が倒れていた。こちらに向かって男が走って来る。手に小さな袋を持っている。


「セバスチャン。ちょっと、待っていて」


「どうなされました?お嬢様」


 私は馬車から飛び降りた。セバスチャンの慌てふためく声が聞こえる。男を止めようと構えたその時だった。男の足に蔓草が絡まった。男は勢いよく前方に倒れた。手に持っていた小袋が私の足元に落ちた。


「おっりゃ~」


 迫力のある女の子の声。

 立ちあがろうとした男が派手に転げた。その男の周りを小さな妖精が半透明の羽をはばたかせて飛び回っている。その妖精が声の主のようだ。可愛い外見。植物を操る技。おそらくピクシーという妖精だ。


「ソーニャ。待って、やり過ぎだよ」


「甘い。甘いわ。こいつらに舐められたら、また標的にされるんだから」


 さっきの少女が妖精を止めている。

 妖精の頭の上にピョッコっと出た癖っ毛が角のように見える。


「ごめんなさい。大丈夫でしたか?」


 少女が男に手を差し伸べる。男はその手を払いのけた。


「くそ、なんなんだこの虫。覚えてろよ」


 男はそう吐き捨てると走って逃げていく。


「む、虫ぃ。誰が虫だ~。こらぁー」


 妖精が追いかけてく。少し離れた所で妖精の飛び蹴りをくらった男が吹っ飛んだ。

 私は足元に落ちた小袋を拾った。見かけより重い。中は精霊石だ。スクールに入る時の身分証明書のようなものだ。


「そこの貴女、これは貴女のかしら」


 少女が駆け寄って来て、頭を勢い良く下げた。


「ありがとうございます。よかった。それがないと、私…」


 息を切らしながら、話そうとする少女を手で制した。


「気をつけなさい。精霊石は高価なものだから、先ほどのような輩に狙われたら大変よ。既に、ちょっと眼立ち過ぎたかしら」


 私は微笑んで、目線を周りに向けた。野次馬が集まっている。主に目立っていたのは盗もうとした男と妖精の方だが。

 少女は周りに集まっている群衆を見て不思議そうな顔をした。自分が騒ぎの中心に居たことが分かっていないようだ。


「あなた、名前は?」


「ナスターシャです」


「そう。ナスターシャ。私はフィリア。よろしく」


「え、えっと、こちらこそ、よろしくお願いします」


 少女は戸惑いながら言い終わると、見惚れるくらい純朴な笑顔を見せた。


「フィリア様。どうなさいました?」


ジェラールが駆けてきた。


「なんでもないわ。さあ、行きましょう。またね。ナスターシャ」


「は、はい」


馬車に乗ると、安堵の表情を浮かべたセバスチャンが馬の手綱を持ち振り返った。


「お嬢様。爺は寿命が縮まりましたぞ」


「うふふっ。ごめんなさい。セバスチャン」


 セバスチャンの顔が穏やかに弛む。


「なにかすっきりしたご様子で。爺は嬉しゅうございます」


 知らない間にセバスチャンに心配をかけていたようだ。窓から外を見ると、ジェラールの表情も屋敷を出る前より明るく見えた。


「くそ、次会った時は息の根を止めてやるわ」


「もう、大袈裟なんだから」


「だって、可愛い妖精のソーニャちゃんを捕まえて言うに事欠いて虫よ。虫。あんなのと一緒にして欲しくないわ。まったく、もう。ふんだ」


 ソーニャと呼ばれていた妖精が戻ってきていた。まだ、怒りは収まっていないようだ。ナスターシャはソーニャをなだめている。


「可愛い子でしたね。フィリア様の小さい頃を思い出しました。八年くらい前でしょうか」


 八年前というジェラールの事を「兄さん」と呼んでいた頃だ。思い出して顔が少し熱くなる。ちらっと、隣のジェラールを見上げる。いつからジェラールを兄さんと呼ばなくなったのだろうか。親しくジェラールと話せていた頃が淡い夢のように思えた。


「決めたわ。お父様と話をするわ。さあ、セバスチャン。行きましょう」


 セバスチャンは微笑むと手綱を引いた。

 礼拝堂の鐘の音が聞こえる。小鳥が飛んでいく。

 青空を。どこまでも。

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