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0-5 決意(ナスターシャ)

古い木の板で出来た天井。

ここは…村の孤児院だ。

起き上ろうとする。身体が重い。意識がはっきりとしない。


 「やーっと、起きたのね」


 ソーニャのいつもの明るい声だ。


 「あれから三日も寝てたのよ。この寝ぼすけ」


 「あうっ」


 おでこを指でつつかれた。ソーニャはいつもの悪戯な笑みだ。ちょっと、目の下に疲れが見える。どうやら心配してくれていたようだ。なんだか嬉しかった。


 「ふぇ~、いた~い」


 頬を引っ張られた。そして、横に、縦に、引っ張られる。


 「相変わらず締まりの無い顔ね」


 ソーニャは、息を吐いた。ちょっと、安心したような笑顔を見せる。つられて私も笑顔になる。


 「あうっ」


 ソーニャが手を離す前に横に強く引っ張った。頬が熱い。


 「いつまでも夢心地でいるから、起こしてあげたのよ。痛いから夢じゃないでしょ」


 「そうだ。クレアは?」


 「昨日、村を出て行ったわ」


 ソーニャが優しく微笑む。


 「そう…、お礼を言いたかったのに」


 「ガサの街で用事を済ましたら、また来るそうよ」


 「本当に?よかった」


 ソーニャがクスッと笑った。


 「みんなに目が覚めたことを教えてくる。それから、なんか食べるわよね?」


 お腹を押さえる。腹ペコだった。


 「うん」


 「わかった。何か持ってきてあげるから、寝てなさい」


 ソーニャが部屋から出て行き、独りになると天井を眺めた。三日前の出来事を思い出す。

 ゴブリンから逃げ、クレアに出会った。そして、ゴブリンの血で出来た怪物と戦ったこと。生き延びることができたのが夢のようだった。しかし、夢では無いことを身体の痛みが教えてくれている。

そう夢では無い。

魔法を唱えるクレアの姿を思い出す。

白く細い手を構えるクレア。

不思議な文様が浮かぶ緑色に光る魔法陣。その光が一段と強く輝き、クレアが魔法を放つと風の柱が現れ、クレアの腰まである黒髪が風になびく。

その後ろ姿が頼もしかった。

クレアとは、もっと話しがしたいと思った。脚の傷の手当てのお礼。クレアが所属するスクールのこと。他にも…


 「ナスターシャお姉ちゃん。起きたの?」


 「それ、私が持っていく~」


 子供たちの声。孤児院で一緒に暮らしている子供たちだ。みんな心配してくれたみたいだ。


 「こらこら、静かに」


 シスターの声が聞こえると子供たちの声が静かになった。近づいてくる足音が大きくなる。


「ナスターシャ。気分はどうだい?」


自分の名前を呼ぶシスターの声で心配をかけてしまったことに気付いた。


 「うん。大丈夫みたい。ありがとう」


 シスターは孤児院の母親のような存在だった。以前、笑うと目じりに浮かぶシワがチャームポイントだと自分で言っていた。シスターはベッドの横にある椅子に腰かけた。スープの良い香りがする。

お腹が大きな音を立てて空腹を訴えた。


 「よかった。食欲はあるみたいだね」


 「う、うん」


 私はスープを受けとると、一口、二口とスプーンを口に運んだ。具は何も入っていない。ただ、温かいスープが、シスターの優しさが身体に沁みこんでいく。


 「みんな、心配していたんだよ。全然起きないんだから。ソーニャは何があったか教えてくれないし」


 ソーニャはあの出来事のことを話していないようだ。私も話すべきか迷った。まず、どう説明してよいのかわからなかった。シスターが私の顔を覗き込む。


 「えっと、その…」


シスターの目尻にシワが浮かぶ。


 「まあ、話したくなった時に、話してちょうだい」


 暫くの間、シスターは何も聞かず、隣で微笑んでいた。私は残りのスープを最後まで飲みほした。


 「さて、そろそろソーニャを助けてあげないとね」


 「ありがとう。シスター」


 シスターは笑顔を見せると部屋を出て行った。暫くして、ソーニャが部屋に飛び込んでくる。髪がボサボサになっている。


 「あいつら、ゴブリンより厄介だわ」


 ソーニャは子供の相手が苦手だった。この孤児院には、私と同じ一二歳前後の子供と五歳前後の子たちが暮らしていた。まだ小さい子たちはソーニャへの遠慮がない。いきなり掴みかかって来る子供たちは、ソーニャの天敵だった。そんな子供たちを嫌ってかドゥーニャは孤児院にいる時は姿を隠している。


 「あー、イラつくわ。あいつら、どうやって、やり返してくれようかしら」


ソーニャは良い子だ。こんな事を言いながらも、子供たちの面倒を見ているのだから。口が悪いのは照れているのを隠しているからに違いない。


 「きゃっ」


 顔に衝撃が走った。ソーニャの足がめり込んでいる。


 「ナスターシャ。私を見ながらニヤニヤしているけど、そんなに私が遊ばれているのが嬉しいのかしら?」


 口だけではなく、足癖も手癖も悪い。それでも、良い子だ。きっと…。


 「まったく、元気になったなら話したいことがあるの。出かけるわよ」


 「どこに?」


 「ゴブリンたちが居たところまでよ。あの杖も持ってきなさい」


 「ちょ、ちょっと、待ってよ。ソーニャー」


 起き上ると杖を取って、ソーニャの後を追う。まだ、身体が重い。

シスターと子供たちと少し言葉を交わし、孤児院を出た。陽の光が眩しい。外では私と同じくらいの年齢か、もう少し上であろう男女が畑で仕事中だった。

みんなが声をかけてくれる。私は元気になったことを、手を大きく振って知らせる。みんなの笑顔が好きだった。孤児院に住むみんなは私の家族なのだ。


「ほら、きびきび歩く」


「待ってよ。まだ、足が痛いんだから」


 くるくると飛び回るソーニャを追う。村を出て、ゴブリンたちが居たところまでなんとか歩いた。

ソーニャが動きを止めた。


 「ここで良いわ」


 「えっ」


 自分の目を疑った。

ゴブリンたちと戦った場所には、あの時、何も無かったかのように、新緑の草原が広がっている。


 「片付けるのは大変だったのよ。誰かさん達は倒れるし、ドゥーニャは手伝わないし」


 ソーニャは肩を叩き、疲れたという仕草をしながら言った。そうは言っても、とても信じられなかった。ここから見える辺り一面にゴブリンの死体が転がっていたはずだった。思い出しただけでも気分が悪くなってくる。

ソーニャがこちらを見てため息をつく。


 「ナスターシャ。あの時、髑髏を狙って、魔法を放ったのを覚えているわよね?」


 ソーニャが見ている方向には地面が大きくえぐり取られた跡が二つあった。

クレアがテンペストを使った後だ。

離れている方の跡が明らかに大きい。あの時、一度目は当たらなかった。テンペストで巻き起こった風は、地面ごとゴブリンを引き裂いた。ゴブリンの中から出てきた髑髏を狙った光球は舞い上がった土の塊に当たり髑髏には届かなかった。


 「うん、覚えている」


 「もう一度、あの時のように、魔法を使ってみて。狙うのはこれ」


 そう言って、ソーニャは魔法を唱えた。緑色の球がソーニャの胸元に浮かぶ。


 「二回目の時を思い出して。当てるだけじゃなくて、貫くの」


 二回目。

バラバラになったゴブリンの身体を髑髏が取り込み、大きな蝿の姿になった。その姿に圧倒されたが、大きなゴブリンの姿より禍々しい感じはしなかった。

むしろ蝿の姿になった蝿王の複眼は、とても悲しげに感じられた。  

それに、あの時は目の前にはクレアがいた。クレアの背中を見た私は髑髏に当てるだけに意識を集中できた。

クレアが唱えた二回目のテンペストは巻き上がった地面すらも粉々に砕いた。蝿王の中から飛び出した髑髏を遮る物は何もなかった。

しかし、狙い定めて放った魔法の球は一度外れた。風刃で髑髏が大きくそれたのだった。しかし、諦めなかった。当たるように念じた。すると魔法の矢は髑髏に向かって軌道を変えたのだった。風の渦を裂くような矢のように鋭く。

あの時の感じを思い出す。杖の先に意識を集中する。杖の先に魔法の球ができる。


「いーくわよー」


ソーニャは緑色の球を上空へ飛ばした。

高く舞う緑色の球の一点に狙いを定める。杖の先から飛ぶ光は矢のように鋭く緑色の球に向かって飛ぶ。当たると思った時、緑色の球は横に動いた。その後を追うように念じたが、光の矢はそのまま空へ消えた。


「はぁー、あの時のは、火事場のなんとかだったかー」


ソーニャが、肩を落とす。


「少し練習する必要があるみたいね」


「うぅ~」


ソーニャに突かれる。


「まあ、まだ二回目なんだし、こんなものよね。まぐれでも、蝿の姿になったアレを退けたんだから」


ソーニャは大きく穴の開いた方を見ている。その穴を見ていると否応にもあの時の光景が思い出される。

家よりも大きな身体。真っ赤に光る複数の目。薄く透ける巨大な羽。人間なんて足の先くらいの大きさしかなかった。

しかし、そんな見た目よりも、髑髏が消える瞬間に浮かんだ天使の姿が気になっていた。親とはぐれた子供のように寂しげな顔で何かを探しているようだった。


「ナスターシャ」


ソーニャが急に真面目な顔をした。


「何?」


「クレアから誘われると思うけど、ユーサイキアへ行くわよ。もう、あなたは村へ居てはいけない。四年後。教会の連中が云うベルゼブブの復活は予言なんかじゃない。確実に訪れる未来。あなたには、その時にシスターや村のみんなを守れる力を付ける必要がある。理不尽な現実に闘うだけの力を。あなただけでも…」


そこまで言うとソーニャは遠くの空を見つめた。


「ソーニャ?」


「ううん。なんでもない。とにかく、村を出るの。わかった?」


「そんな、急に言われても」


ずっと村の中で育って来た。それを急に出て行くと言われても決心がつかなかった。ただ、ここで戦いがあったのは事実だった。少し考える時間が欲しかった。

ソーニャの顔色をちらっと伺うと眉をひきつかせていた。


「ユーサイキアに行くって言いなさい。さもないと」


ソーニャが上に飛んだかと思うと急降下して私の服に入りこんだ。


「な、なにを…ちょっと待って、く、くすぐったい…や…止めて…そこ…ダメ…お、お願い…な、何でも、何でも、言うこと…聞くから…」


 ソーニャが服の中を飛び回ると、ソーニャ羽が身体中をくすぐって我慢できなかった。


「じゃあ、行くわね?」


「う…うん。行くから…行くから…もう止めて…」


「よし。でも、反抗的だったから止めてあげない」


「そ、そんな~」


ソーニャは身体中を飛び回る。背中。脇の下。へそ。くすぐったい。息が苦しい。立っている事が出来ずに地面に倒れ込んだ。背中の方でソーニャの「うげっ」と潰れた声が聞こえた。


「はぁ…はぁ…はぁ……」


ソーニャが背中と地面の隙間から這い出して来る。


「ねぇ、ソーニャ。私…」


兄のイワンのこと、ロジャーという人のことを聞きたかった。それに、迷子の天使のことを。でも、どこから聞いて良いかわからずに言葉を止めた。

風に吹かれてソーニャの羽が揺れていた。


「風が強くなってきたわね。そろそろ、もどろうか?」


「う、うん。でも、もう少しだけ待って」


気が遠くなるほど、どこまでも広がる青い空を見つめた。


「しかたないわね」


ソーニャは、それ以上何も言わなかった。同じように空を見上げ隣に居てくれた。


風はいつもと同じ草の香りを運んでいた。


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