表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

急性2次元オタク拒絶症(下)

作者: 栗桐 文輝

 春之助が目を覚ましたのは翌日の朝9時。

「……ここは?」

 春之助はベッドの上で目を開け、思った。実は自分はもう力尽きて死んでしまって、今は天国にいるのではないかと。そして、叫んだ。

「萌ぇぇぇぇあっ!!」

 その部屋には壁一面に2次元のポスターが貼られており、たくさんの少女たち(ポスターの中の)はみんな春之助に笑いかけている。

 そして扉の開く音。

 部屋に入ってきたのは目測35歳の男。ロン毛で天パ、服装はなんとも派手なクリーム色の制服ブレザー。明らかに年齢と服装に違和感がありまくるが、春之助は彼の服装に見覚えがあった。某学園アニメの中で。

「おはよ。」

 その男はえらい軽く挨拶をする。

「あ、ああ、おはようございます。」

 さすがにびっくりしたが、なんとか挨拶を返す。

「あー、そう硬くなんなよ。な?おはよ、でいいんだよ。」

「…おはよ。」

「おっけーおっけー!今のご時勢、数少ない同志なんだからよ、仲良くやリマショーよ。」

「…同志?」

 もちろん春之助とこの男は初対面。なんの心当たりもない。

「オタク仲間、な?」

「あ、なんで知ってるんだよ?」

「えー?ここがどこだか言ってみな?そう、秋葉原だぜ?オタクの聖地。そこへマンホールからやってきた男がオタクじゃないわけがねぇだろお?」

「そういえば、ここは秋葉原なのか。あんたが運んでくれたのか?この部屋まで?」

「おうよ。あんた、なかなかデンジャーな体勢で寝てたんだぜ?ちょっと動けばマンホールの底にまっさかさまって。」

「そうか、ありがとうな。」

 普通、こんな会話で相手への警戒心が解けることなどないのだろうが、春之助はこのハイテンションオタクに早々と心を許した。もう久しくあっていなかった同志だったから。

「で、どうよこの部屋。感動のあまり叫んじまったか?おう?」

「ああ、こんだけの2次元作品にはもうお目にかかれないだろうと思ってたからな。感動に涙が出そうだ。」

「へへへへへ。そーだろそーだろ。よし来い。案内してやるよ。」

 男は部屋から出て、春之助を手招きする。

「あ、あんた、名前はなんてーの?」

「春之助。縦宮春之助だ。そっちは?」

「春之助ちゃん、ね。おれは横溝よこみぞとおる。徹ちゃんでいいよ?」


「この建物はアニブンの2号店なんだよ。」

 徹ちゃんはビルの階段を登りながら説明をする。ちなみにアニブンというのは『アニメへヴン』という2次元専門店の略称である。

「で、中をちょいといじくって俺んちしてるってワケ。おっけい?」

「ああ。見覚えがあるよ、この階段。」

 春之助はまだ秋葉原が封鎖される前にこの店には来たことがあった。当時と比べて古びた感は否めないが、やはり懐かしさに心も落ち着く。

「ほら、着いたよ、春之助ちゃん。」

 最上階である6階のさらに上の扉。屋上の入り口だった。

 鍵は壊されていて、扉は簡単に開いた。ふわっと風が吹き込みすがすがしい。

「おお…。」

 思わず感嘆の声を上げる春之助が見たものは、秋葉原。

 見覚えのあるビルや看板、メインストリート。そしてAフィールド。どの建物にも人の気配は無くさびしくなっているが、朝の日差しを浴びたそれらの建物は神々しくさえ思えた。

「秋葉原だろ?」

 にいっと笑って徹ちゃんはフェンスのきわに腰掛ける。その手には2本の缶コーヒー。

「飲みな。冷えちゃいねぇけど、なかなかにうまいからよ。」

「ありがとう。」

 春之助も隣に腰掛け、缶コーヒーを受け取る。そして自分がここまで来たいきさつを話した。

「ああ、あのネズミどもね。いやだったなー、おれも全身にたかられてさ。思い出すだけで鳥肌立つワー。」

 徹ちゃんは自分の体を抱きかかえてぶるっと震えてみせる。

「徹ちゃんはいつここに?」

「あ、おれ?なに、おれの過去を知りたい?でもって口説いちゃう?きゃー、怖いわー。」

 意味のわからないおっさんが一人。

「なんちって。おれがここに来たのは1週間前よ。北海道に住んでたんだけどサ。禁断症状でちゃって。たまらず秋葉へゴーですよ。」

「ここにはあんたしかいないのか?」

「そうだよ?先天性抗体を持ってて、さらにここまで来なきゃ生きていけないようなオタクなんてそうそういないよー。」

「それもそうか…。」

 少し落胆する。自分と同じ境遇の仲間オタクにもっと会えるかと期待をしていたのだ。

「でもな、気を落としちゃあいけないぜ?少年?おれの元々の職業に興味はないカナ?」

「ないっす。」

「ああっ!そんなこと言わないでサー、聞いてよ聞いてよぉー!」

「…なんすか。」

 このとち狂ったおっさんとこれから生活していかなきゃならないのかと思うと、ぞっとした。

「ふっふーん。細菌センターの優秀な研究員〜。」

「へえ。そすか。」

「つれないなー。つまりはどういうことか、想像つかないー?」

「…。」

 一応考えてみる。……………。

「ぴーん!わかった。」

「口で『ぴーん』て言うところがサイコー、春之助ちゃん。」

「もしかして、急性2次元オタク拒絶症の研究をしてた?」

「ピンポンピンポンピンポンー。せーいかーい。

今でこそ政府も国連も諦めちゃってるけど、まだ2O拒絶症が出だした最初のほうはそれなりに研究がされてたんよ。どこにでもオタクはいるもんでサ、うちの研究所のトップもオタクだったわけ。だから、ワクチンの、開発も、してたよ?ってわけ。」

「そ、それで、完成したのか?」

 完成していれば、もう寂しさに苦しむこともない。

「残念ながら、完成より早くみんな感染しちゃってねー。危なくサンプルとか研究データとかを燃やされちゃうところだったのを、この徹さんが救い出したってワケなのですよ!」

「つまり、徹ちゃんは今、ここで研究を続けてる?」

「ふっふーん!完成しちゃいましたー!」

「!まじか!?」

「マジマジー。おれって天才ー。」

「すげぇよ!まじで天才じゃんかよ!」

「まだ人体実験とかしてないけどー。ウイルスは確実に消去可能ー。」

「徹ちゃん、すげぇーーっ!!」

「いえー。」

 なんかビルの屋上で手をつないで踊りだすふたり。さながらUFO召喚のよう。


「でも、問題がひとつばっかしあるわけなのですよー。」

「問題?」

 もう春之助は徹ちゃんを慕いまくっているので、素直に聞き返す。

「ワクチンをね、全国に散布する方法がないわけ。」

「そ、そうか。ここから外に出るにはマンホールしかないけど、あんな狭い道を通るのは無理か。」

「そう。ワクチンのタンクはちょっと大きいからねー。Aフィールドにある出口を使えればいいんだけど、門番いるしー。フィールド内にいるってのがばれただけでも殺されかねないからさぁ。つうかもうばれてるんだけどね。だから散布ができないんだよぅ。」

 なにやら今、聞き逃せない一言があった。

「…ばれてんの?」

「そだよ。」

さらっと答える徹ちゃん。見つかったら私刑リンチにされてもおかしくないのにこの余裕。

「な、なんで。」

「ワクチン開発ために秋葉原総合病院の電力を使ったから。」

「大丈夫なのか?ばれて?」

「そんなわけはないんじゃないー?感染者たちにミンチにされちゃうかも。」

「……。」

 絶句。

「なんちゃってその2ー。ばかだなぁ春之助ちゃん。ワクチンがあるんだから感染者なんて怖くないでショー?」

「あ、そうか。」

「ワクチン強力だから、霧状にして吸わせるだけでもおっけー!」

 ぐっと親指を立ててみせる。

「でも疑問なんだよねー。なんでばれてんのに誰もおれを殺しにこないんだろーって。」

「確かに…。単純に感染者たちが秋葉原に入るのを躊躇してるんじゃないですか?」

「そーなのかなー?」

 うーんとあごに手を当てる徹ちゃん。

 そして春之助はふと、あることを思いつく。

「な、じゃあ、感染者たちにここまで来てもらったら?」

「へ?」


     *


 秋葉原のメインストリートにあるステージ。アイドルや声優などがライブを行うための場所であるが、今は春之助がステージに立っている。

 用意したスピーカーは計10機。どれも1メートルを超えるような特大サイズ。半分はDVDプレイヤーに、もう半分は春之助が持つマイクにつながっている。

「春之助ちゃーん。耳栓あったよー。」

 徹ちゃんは春之助の提案に賛成し、こうして準備は着々と進められている。

「ありがとう。しっかりしておかないと、破れるからね、鼓膜。」

「こわいなー。ふふふー。それにしてもグッドアイディアだよ春之助ちゃーん。これで、本当に2Oから日本を救えるよー。」

「でしょう?さ、スタンバってください。」

「はーい。」

と言って徹ちゃんはステージの真横にあるビルの屋上へ向かった。

 

 ふう、と深呼吸をしてステージの端に腰を下ろす。

「ここにくれば2次元に囲まれて暮らせると思って来たけど、まさか2O拒絶症を撲滅できるかもしれないなんて、嘘みたいだな。」

 ぎゅっと明菜ちゃんを握り締める。

「明菜ちゃん。やっと君を堂々と抱きしめられるようになりそうだよ。」

 そして明菜ちゃんをポケットにしまい、春之助は立ち上がる。

「1号機、リフト、オフ!」

そういってスピーカーのひとつのスイッチを入れる。

 マイクを手に持ち、口を開く。

『徹ちゃん?』

 何倍にも拡張された声がスピーカーから響く。 

「おっけーだよおおおおっ!」

徹ちゃんの返事が聞こえる。

 さあ、本当のパラダイスを手に入れるとしよう。

「2号機から10号機まで、リフト、オフ!」

ぱちぱちとすべてのスピーカーのスイッチを入れる。

「バリアー、オン!」

耳栓を装着する。

「メイド少女アキナ、スタート!!!」

DVDの再生ボタンを押す。

『♪らららららー♪』

5つのスピーカーが最大音量でたたき出すのは、アニメの音声。ビルというビルをびりびり振動させ、秋葉原の外まで届くその聖歌アニソンは春之助と徹ちゃんの心に染み入る。

 そして春之助は、魂の叫びをマイクにこめる。残り5つのスピーカーは地をも震わす爆音をAフィールドの外、2次元を拒絶した人々へと届ける。

『もえええええええええええええええっ!!!!!』

『♪メイドー、メイド少女ー♪』

スピーカーからのオープニング曲にあわせて春之助も歌う。

『メイドー!メイド少女ー!!』

『♪アキナちゃん♪』

『アキナちゃああああんっ!!サイコーだぜぇええっ!』

 オープニングが終わり、サブタイトル。

『ご主人様、ごめんなさいの巻』

すかさず春之助のコメント。

『おれもご主人様になりてぇぇっ!』


 アニメのAパートが終わり、春之助がさらに絶叫するころ、ビルの屋上で徹ちゃんは秋葉原を360度囲む壁、Aフィールドを見ていた。

「ふふふ、春之助ちゃん、最強だぜー!最高だぜー!」

 Aフィールド全体が振動している。スピーカーの共鳴ではない。

「秋葉原を、2次元を嫌悪して作った壁を、今度は壊すのねー。んふふふふふー。もっとがんばれよーう。」

 おおおおとうなり声が聞こえる。スピーカーの音量にも負けないぐらいの声が、Aフィールドの向こうから。今すぐそのアニメ音声を止めろ、という罵声が、オタクは死んでしまえ、という怒鳴り声が混じり合っている。

「がんばれよ春之助ちゃんも、感染者の皆さんもー。」

 そう、Aフィールドを揺らしているのは急性2次元オタク拒絶症患者たち。秋葉原の周りに住んでいた何十万という感染者達が、東西南北全方向から秋葉原の中心を目指してAフィールドを崩そうとしている。アニメとオタクの絶叫を止めさせるために。まさに拒絶症の症状である。

「このブンだと、ちょーどエンディングが終わるころにはAフィールドが突破されてるかなぁー?」

 心底楽しそうに徹ちゃんは笑った。


『「ご主人様にコーヒーをかけてしまったの。くすん。」』

『ドジっこ萌ええええっ!』

 アニメと春之助の叫びは続く。

『「私、もう嫌われちゃったかも…。」』

『そんなことねぇええっ!!。君を嫌いになれやつなんてそんざいしねぇえええっ!!』

 そして、その『君』どころか2次元すべてが嫌いになった感染者たちは今、壁を崩そうと躍起になっている。

『「明菜。」「ご、ご主人様!?」』

『ご主人様あああああっ!!』

『「もう怒ってないよ。」「うわあああん、ご主人様ああ!」がばっ』

『うおおおっ!!うらやましいぞ、このやろおおっ!!!』

 そしてエンディングテーマが流れる。

 びしっ。

『♪泣いちゃうときもあるけどー♪』

『あるけどおおおっ!!』

 びししっ、びしっ。

『♪ご主人様がー♪』

『ご主人様あああ!!』

 びし、びしびし。

『♪大好きなのー♪』

『大好きだああ!!』

 びしっ!

『♪』

『明菜ちゃあああんっ!!』

 エンディングテーマが終わる。

 どおおおおん!

 そして、Aフィールドは崩れ去った。

 うおおおおおお

 秋葉原になだれ込む感染者たち。目的地は音源、春之助のいるステージ。


「よし、もうすぐフィニッシュだな。」

 そう言って春之助はDVDにつながっていた5つのスピーカーをすべてはずす。

「全エネルギー集中!」

 そして手に持っているマイクにつなぎなおす。近づいてくる地鳴りを感じながら。

 そして、耳栓をしっかりと詰め込み、感染者達の到着を待つ。


「きたきたー。きたよー、春之助ちゃーん。終わり(エンディング)はすぐそこだぁ!」

 徹ちゃんもうれしそうに笑いながら耳栓を詰めなおし、すべての準備を終わらせた。

 

「この2次元オタクがあっ!」

「死んじまえー!」

「フィギュア全部壊してやる!」

 口々に罵声を吐き出しながら、感染者達はあっという間にメインストリートを埋め尽くし、春之助のいるステージを取り囲んだ。

 そして、感染者の一人がステージに上がろうとする。

「みなさん、おれの言葉を、一言だけ、聞いてください。」

そう言って春之助はマイクをかまえる。

 わっと感染者達が春之助に襲いかかろうとしたそのとき、


『2次元は永久に不滅だああああっ!!!』


 春之助はあらん限りの力で、渾身の叫びを放った。

 10の特大スピーカーは超大音量を感染者にぶつける。

 ステージに近かった人々は失神し、遠い人でも脳を揺さぶられる空気の振動に倒れこんだ。

「春之助ちゃああん!やっぱ、サイッコーだぜぇええっ!!」

 徹ちゃんもビルの屋上で絶叫しながら踊り狂った。やはり特大のポンプにつながったホースを振り回しながら。そこから噴出されるのは対急性2次元オタク拒絶症ワクチン。霧状になったワクチンは太陽光を反射し、巨大な虹を映し出しながら秋葉原中に振りまかれていく。

 数十万の感染者達は大音量の余韻に抵抗することもできず、ただただ虹の美しさに心奪われながらワクチンを吸い込んでいった。

 そんな光景を見ながら春之助はセリフを付け加えた。

「あ、あとオタクも不滅ね?」


     *


 その後、ワクチンによって元に戻った人々の中に混じっていたオタクたちによって、日本中にワクチンは散布されていった。




     *




 3ヵ月後。

 先刻まで降っていた雨は何処へやら、空は雲ひとつない快晴。少し湿った風も心地よい。

 なにもない、平和な街にたつ1軒のオンボロアパート。その1室のドアを叩く一人の男がいた。

 どんどん。

 がちゃ。

「…なんすか?今寝てたんすけど。」

 ドアを開ける青年はあきらかに不機嫌。

「おっはよー!元気ー?」

「…帰ってください。」

「あっあっ!そんな悲しいこと言うナヨォ!ふっふーん。『メイド少女アキナ2』のDVD買ってきたのになぁー。そっかー、春之助ちゃんは見たくないのかー。」

「! あ、どうぞどうぞ、お入りください徹さん!」

さっきまでの不機嫌は吹っ飛んで、目を輝かせる青年。

「あ?そう?じゃー、おじゃましまーす!」


 空には大きな虹。

 そしてアパートから聞こえるのは日本中に響く2人の叫び声。



「「萌えええええっ!!!!」」






読んでいただいた方には感謝です。

でもやっぱり長い話は苦手で、体力が持ちませんね。

荒い内容ですいません。

ちなみに…虹は2次とかけてます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 上下完結まで読みました! とても面白い作品で、内容がよく出来ていて、かなりよかったです。
2008/02/27 22:37 退会済み
管理
[一言]  オタク魂に感激です。特に、最後の逆転劇がシリアス風味もあって、更にコメディーも忘れずにしっかり折り込んであったので、面白かったです。  全体を通して(上下とも)、タッチ自体が柔らかく、1つ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ