大丈夫だよ
続きの話
桜子への告白。
中学生から社会人までの長い期間。
約10年という歳月。
決して、短くない片思いだったと思う。
想いを爆発させてしまったのは、久しぶりに会えた同窓会の時。
桜子に再び会ってしまったことから、私の片思いは失恋に変わった。
桜子との仲を取り直した私は、桜子の『大事な友人』として生きていくことになった。
これが、桜子に振られてしまった私に与えられた地位。
私は決して、この地位を嘆くことは許されない。
私の恋は終わってしまった。
だから、私はこの気持ちを隠して、一生を生きていくのだろう。
桜子の友人として彼女と会う日々は、楽しかった。
二人でおいしいものを食べたり、時々私に嫉妬する大壱をからかったり。
この関係がいつまでも続けばいいのにと思う。
私の恋は終わってしまったけれど、桜子と一緒にいられるならどちらにしろ幸せだから。
決して満ちることのない幸せに精いっぱいすがって、私はそれだけを願う。
なのに、大壱は桜子だけでなく、私からその幸せすら、奪ってしまうのだ。
その知らせは、桜子と遊んだ日の、雲行きが怪しい昼ごろのことだった。
逃げ込むように入った喫茶店で紅茶を頼む。
窓際の席で、怪しい空を不安げに見上げた。
「雨降りそうで怖いね。傘、持ってきてないのに」
「・・・」
反応がない彼女に、どうしたのだろうと視線を移す。
彼女は憂鬱そうで、沈んだ面立ちで私を、いや、虚空を見つめていた。
いつもと全く違う彼女に、私は訝しむ。
さっきまでは普通に、明るく話していたのに。
何かあっただろうか、と今日を振り返っても、あまり思い当たることはない。
言葉を選び、彼女に問いかける。
「・・・どうしたの?」
そう問いかけると同時に、頼んだ紅茶が運ばれてきた。
その時、やっと彼女の意識が戻ってきたようで、ウエイターに「ありがとうございます」なんて、無理に繕った笑みを向け礼を述べた。
そしてそのまま、紅茶を手に取り啜る。
どこかぎこちない彼女の様子に、私はもう一度問いかけた。
「ねぇ、どうしたの?何か、買い忘れた?」
思い浮かぶ理由がなくて、そんなことを尋ねてみる。
彼女は相変わらず笑ったまま、
「ううん・・・雨、降りそうだねぇ」
だなんて、呑気に答える。
けれど、やっぱり、いつもの彼女じゃない。
話を逸らした彼女に憮然としないまま、同時に正直じゃない彼女に戸惑いも覚える。
私も紅茶に口付けながら、そんな彼女の様子をうかがっていた。
いつもと違う、静かな時間を二人で共有している間、次第に雨が降り始める。
窓ガラスに付いた雨を、彼女は見つめて、
「降り始めちゃったね」
と。
また、沈んだ表情を浮かべる彼女に、私もまた視線を外に移して、
「ね。どうしようね」
傘は持っていない。
なら、彼女と雨が止むまでここにいるのもいいかもしれない。
そうしたら、その間だけは、彼女は私のもの。
そんな単純で馬鹿らしい思考にふけって、けれど、この状況を喜んでいるのも事実だった。
二人だけの時間。
次第に早くなる雨脚に、通り雨かな、なんて思った時。
彼女は窓ガラスの先の雨を見つめながら、ぽつりと、とんでもない告白を落としたのだ。
「私、結婚するの」
彼女は茫然として、なんでもないように、そう言い切った。
その視線は決して私の顔を見ようとしない。
私は彼女の言葉に、彼女を見つめたまま思考が止まった。
いや、結婚は決しておかしい話ではない。
ましてや、同棲だってしているのだ。
そんな話題、いつ出たって、おかしくなかった。
なのに、なぜ私は、思考が真っ白になるほど、驚いているのだろう。
この幸せな時がずっと続いてほしいだなんて、どうしてそんな叶いもしないことを願ったんだろう。
そんな自分にショックを受けながら、私は必死に笑みを作った。
本当に、ショックだ。言葉も何も思い浮かばない。
けれど、彼女の様子を見て、一つ分かったことがある。
彼女は、私が怒るのを怖がっている。
確かに振った相手に告げるのは勇気がいる、と思いつつ、私は桜子を安心させることにした。
「よかったじゃん。ていうか、『やっと?』って感じなんだけど」
そう軽く言えば、桜子は驚いたようで、背けていた顔をこちらに向け、真ん丸のくりくりとした目で私を見つめる。
それが可愛くて、思わずフフと笑いが漏れてしまった。
「あ、でも、あの、私・・・」
戸惑う彼女に、私は告げる。
大丈夫だよ。分かってるよ、桜子。
「結婚式は?もちろん、やるなら呼んでくれるのよね?大切な『友人』だもの」
フフフと笑みを漏らしつつ、紅茶を飲む私に、桜子は頬を赤く染め、恥ずかしそうに身をよじった。
「結婚式は・・・やるか分からないけど、やるなら絶対呼ぶね」
「あー、桜子のウエディング姿、楽しみね!」
なんてふざけてみれば、彼女は赤い顔で、
「ま、まだやると決まったわけじゃないから!」
とやっぱり照れ恥ずかしそうに、けれど、どこか幸せな空気を纏って。
ホッとした様子で紅茶を飲む彼女は本当に可愛らしくて。
そんな彼女に微笑みながら、私は胸の奥で生まれた感情を押し込めるのに必死だった。