ずっと
私は何も言わず、桜子のマンションを出た。
最後に見たのは、俯いて泣き続ける桜子。
こんなことなら、変な嫉妬心など起こさず、この想いを隠し続ければよかった。
そう、今更なことを考えながら、駐車場に降りて車へと向かうが、その途中で一番会いたくない人物と会ってしまった。
「「あ」」
目の前の人物に私が驚いていると、相手も驚いた様子で自分の目を指さし、
「泣いてる」
と言ってきた。
私は無遠慮なそれに一気に顔が熱くなり、慌てて涙をぬぐう。
こいつに見られたこともあるが、それ以上に無遠慮にこういうことを言ってくることに腹が立つ。
こいつ絶対KYだ、と思いながら、目の前の男にぶっきらぼうに言ってやった。
「早く部屋に帰れば?桜子、泣いてるから」
そう言うと、彼は顔をしかめた。
それは怒っているようにも見えて、私はたちまち怒られる子供の気分になる。
「何でですか?」
彼はそう問う。
少しは自分で考えろよと内心突っ込みながら、とことんKYな彼に私は嫌気がさした。
黙っている私に、彼はぼそっと、思わぬ言葉を告げる。
「桜に、好きだって、言われたんですか?」
なぜそれを、というより、なぜそう思った。
私が驚いているのを見て、肯定だと思ったのだろう。
彼は眉尻を下げ、以前見た申し訳なさそうな顔で言った。
「びっくりしたでしょうけど、どうか、彼女のことを嫌いにならないでやってください」
まるで全て知っているとばかりに話す彼に、ますます腹が立った。
なんで、あんたに、そんなことを言われなきゃいけないの。
私は何も知らない彼に、悔しながらも腹が立って、言ってやった。
「私が告白したの!そして振られたの!私が!」
勘違いすんな、バカ!あほ!死ね!
私が涙目でそう怒ると、彼は少し戸惑ったようで、しかしすごく驚いているようでもあった。
「え、振られたんですか?」
「そうよ、今じゃあんたのほうが好きだって!大体、なんで驚いてんのよ!」
普通、彼氏がいるなら振られても仕方ないだろう。
そもそも女が女に告白したことに驚くはずなのに、こいつは既にそれを前提として話している。
なんなんだ、この男は。
湧き上がるその疑問に、彼はあっけらかんと答えてくれた。
「だって俺、桜があなたのこと好きだってこと知ってましたし」
これって、実は両思いだったんですね。
なんてことはない、とばかりに言われた言葉に、私の脳みそはストップする。
私の間抜けた顔に、彼はきまりの悪そうな顔をして、補足をする。
「俺らが付き合い始めたころ、彼女は『奈々ちゃん』の話しかしなかった。だから俺は、きっと彼女は話の中に出てくる『奈々ちゃん』のことが、好きなんだなぁと気付いた。それだけのことです」
私は口をぱくぱくと動かして、なんとか言葉を紡ぎだす。
「じゃあ、あんたは、桜子に好きな人がいる、って知っていながら、付き合ってたの!?」
驚く私に、彼は平然と、ナイススマイルとともにクサいことを言う。
「ええ。だって俺、彼女のこと好きですから」
私はその言葉に愕然としながら彼を見つめた。
彼の目は揺らがなくて、むしろそうであることが当然とばかりに彼は私を見返す。
そんな彼に対し、悔しいことに、認めざるを得なかった。
彼は桜子のことが好きなんだと。
悔しい。悔しい。なんでこんな、KYな奴に。
そう思うとまた涙が出てきて、私は慌てて涙をぬぐう。
そしてぶっきらぼうに告げる。
「わかった、あんたが好きなのはわかったから、早く、会いに行ってよ!」
私がそう言うと、彼はすんなりと私の言葉に従って、私の横を通り抜け、桜子の部屋へと向かっていった。
そうすると私の涙はますます止まらなくなって、さっきあんなに泣いたのにと、まだ涙が出てくるのに驚いた。
私の背に、ふいに彼の声がかけられる。
なに?と振り返れば、彼も私に振り返っていて、そしてくそ生意気なことを言った。
「今日は、俺が慰めておきますけど、後で仲直りしてくださいね。
桜にとって『好きな人』じゃなくても、『大事な人』に変わりないので、好きな人が悲しんでいるのは、嫌ですから」
彼はその一言を言うと、私の返事も聞かず再び歩を進める。
私は驚きのあまり涙も止まって、ただ彼の背を見送った。
先ほどとは比べ物にならない程の悔しさが唐突にこみあげてきて、思わず私は彼の背に叫んだ。
「わかってるわよ!」
私だって、好きな人が悲しんでいるのは、嫌だ。
それをあいつが分かっていることが、悔しい。
私は大股で歩いて車に戻り、大きく息を吐く。
中学校からの恋は見事に破れてしまったけれど、いまだ想いはくすぶっていて、私を困らせる。
だから、私は、桜子と仲直りをしよう。
仲直りをして、友達に戻るんだ。
前に進みだした大事な人のために、この恋を、終わりにするんだ。
その晩、私は懐かしい夢を見た。
それは私たちがまだ中学生だった頃。
まだ毎日が楽しくて、きっと私と桜子が、両想いだったころ。
日の当たる明るい世界の中、私と桜子は手を繋いで笑っていた。
私は言う。
『私、桜子のこと大好きだよ!本当にずっと、大好きだから!』
私がはにかんでそう言うと、頬に赤みを差して、桜子は幸せそうに笑った。
『私も!奈々ちゃんのこと、大好き!ずっと、忘れないよ』
桜子もそう言うと二人は幸せそうに笑い合う。
そして手をつないだまま、私の夢から消えていった。




