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期限切れの恋  作者: 天川
期限切れの恋
8/20

ずっと

私は何も言わず、桜子のマンションを出た。

最後に見たのは、俯いて泣き続ける桜子。

こんなことなら、変な嫉妬心など起こさず、この想いを隠し続ければよかった。

そう、今更なことを考えながら、駐車場に降りて車へと向かうが、その途中で一番会いたくない人物と会ってしまった。


「「あ」」


目の前の人物に私が驚いていると、相手も驚いた様子で自分の目を指さし、


「泣いてる」


と言ってきた。

私は無遠慮なそれに一気に顔が熱くなり、慌てて涙をぬぐう。

こいつに見られたこともあるが、それ以上に無遠慮にこういうことを言ってくることに腹が立つ。

こいつ絶対KYだ、と思いながら、目の前の男にぶっきらぼうに言ってやった。


「早く部屋に帰れば?桜子、泣いてるから」


そう言うと、彼は顔をしかめた。

それは怒っているようにも見えて、私はたちまち怒られる子供の気分になる。


「何でですか?」


彼はそう問う。

少しは自分で考えろよと内心突っ込みながら、とことんKYな彼に私は嫌気がさした。

黙っている私に、彼はぼそっと、思わぬ言葉を告げる。


「桜に、好きだって、言われたんですか?」


なぜそれを、というより、なぜそう思った。

私が驚いているのを見て、肯定だと思ったのだろう。

彼は眉尻を下げ、以前見た申し訳なさそうな顔で言った。


「びっくりしたでしょうけど、どうか、彼女のことを嫌いにならないでやってください」


まるで全て知っているとばかりに話す彼に、ますます腹が立った。

なんで、あんたに、そんなことを言われなきゃいけないの。

私は何も知らない彼に、悔しながらも腹が立って、言ってやった。


「私が告白したの!そして振られたの!私が!」


勘違いすんな、バカ!あほ!死ね!

私が涙目でそう怒ると、彼は少し戸惑ったようで、しかしすごく驚いているようでもあった。


「え、振られたんですか?」


「そうよ、今じゃあんたのほうが好きだって!大体、なんで驚いてんのよ!」


普通、彼氏がいるなら振られても仕方ないだろう。

そもそも女が女に告白したことに驚くはずなのに、こいつは既にそれを前提として話している。

なんなんだ、この男は。

湧き上がるその疑問に、彼はあっけらかんと答えてくれた。


「だって俺、桜があなたのこと好きだってこと知ってましたし」


これって、実は両思いだったんですね。

なんてことはない、とばかりに言われた言葉に、私の脳みそはストップする。

私の間抜けた顔に、彼はきまりの悪そうな顔をして、補足をする。


「俺らが付き合い始めたころ、彼女は『奈々ちゃん』の話しかしなかった。だから俺は、きっと彼女は話の中に出てくる『奈々ちゃん』のことが、好きなんだなぁと気付いた。それだけのことです」


私は口をぱくぱくと動かして、なんとか言葉を紡ぎだす。


「じゃあ、あんたは、桜子に好きな人がいる、って知っていながら、付き合ってたの!?」


驚く私に、彼は平然と、ナイススマイルとともにクサいことを言う。


「ええ。だって俺、彼女のこと好きですから」


私はその言葉に愕然としながら彼を見つめた。

彼の目は揺らがなくて、むしろそうであることが当然とばかりに彼は私を見返す。

そんな彼に対し、悔しいことに、認めざるを得なかった。

彼は桜子のことが好きなんだと。

悔しい。悔しい。なんでこんな、KYな奴に。

そう思うとまた涙が出てきて、私は慌てて涙をぬぐう。

そしてぶっきらぼうに告げる。


「わかった、あんたが好きなのはわかったから、早く、会いに行ってよ!」


私がそう言うと、彼はすんなりと私の言葉に従って、私の横を通り抜け、桜子の部屋へと向かっていった。

そうすると私の涙はますます止まらなくなって、さっきあんなに泣いたのにと、まだ涙が出てくるのに驚いた。

私の背に、ふいに彼の声がかけられる。

なに?と振り返れば、彼も私に振り返っていて、そしてくそ生意気なことを言った。


「今日は、俺が慰めておきますけど、後で仲直りしてくださいね。

桜にとって『好きな人』じゃなくても、『大事な人』に変わりないので、好きな人が悲しんでいるのは、嫌ですから」


彼はその一言を言うと、私の返事も聞かず再び歩を進める。

私は驚きのあまり涙も止まって、ただ彼の背を見送った。

先ほどとは比べ物にならない程の悔しさが唐突にこみあげてきて、思わず私は彼の背に叫んだ。


「わかってるわよ!」


私だって、好きな人が悲しんでいるのは、嫌だ。

それをあいつが分かっていることが、悔しい。

私は大股で歩いて車に戻り、大きく息を吐く。

中学校からの恋は見事に破れてしまったけれど、いまだ想いはくすぶっていて、私を困らせる。

だから、私は、桜子と仲直りをしよう。

仲直りをして、友達に戻るんだ。

前に進みだした大事な人のために、この恋を、終わりにするんだ。



その晩、私は懐かしい夢を見た。

それは私たちがまだ中学生だった頃。

まだ毎日が楽しくて、きっと私と桜子が、両想いだったころ。

日の当たる明るい世界の中、私と桜子は手を繋いで笑っていた。

私は言う。


『私、桜子のこと大好きだよ!本当にずっと、大好きだから!』


私がはにかんでそう言うと、頬に赤みを差して、桜子は幸せそうに笑った。


『私も!奈々ちゃんのこと、大好き!ずっと、忘れないよ』


桜子もそう言うと二人は幸せそうに笑い合う。

そして手をつないだまま、私の夢から消えていった。



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