信じられない
「なに、あんたたち喧嘩でもしてるの?いい歳してまったく、昔は呆れるぐらい仲が良かったっていうのに・・・・とにかく、空くんを送り届けるついでに仲直りしてきな!」
空くんの言葉に先に反応したのは母だった。
母の怒りに、そうだね、と茫然と頷き返す。
そうだね。お母さん。
桜子とは友達だから。
・・・でも、喧嘩どころか連絡すらとってないんだよ。
そんなことを言えるはずもなく、気持ちと裏腹な行動を自然とできるようになったのは、嘘を吐き続けた成果だろうか、「うん・・・空くん、ごめんね。桜子のとこに行こうか」と手を差し出す。
空くんは差し出した手を取らなかったが、私の言葉には素直に従ってくれるようだった。
空くんを私の車の後部座席に座らせ、私自身も運転席に乗り込み、窓を開ける。
「お母さん、ごめん。じゃあちょっと、桜子のとこまで行ってくる」
見送りに出てきた母にそう告げると、母は苦笑いのようなものを浮かべながら、
「気を付けて行くのよ。あと、近いうちにまた顔を出しなさい」
といつもの言葉を投げてくる。
対して同じように苦笑いを返し「そのうちに」といつもと同じ回答を残して、車を発進させた。
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しばらく車を走らせて高速道路に入った後、沈黙の幕が下りている車内でこっそりバックミラーで空くんを覗いてみれば、窓の外をじっと見ていた。
見慣れない風景で不安なのだろうか?
「空くん、よく私の実家まで来れたね。どうやってあそこまで行ったの?」
彼は流れていく変わり映えの無い風景を眺めながら、ポツリポツリと言葉を返した。
「・・・電車」
「そうなんだ、すごいね。一人で来たの?誰かが教えてくれた?」
「前に、お母さんと一緒に来たことがあって・・・」
「・・・桜子と?」
「お母さんの実家に帰った時に・・・」
「桜子、何か言ってた?」
恐る恐る質問を重ねていくと、空くんは窓に向けていた顔を私に向けた。
「・・・『ここが奈々ちゃんの家だよ』って・・・『大事な人なんだよ』って」
彼に伝えられた内容にに、耳を疑う。
「ねぇ、『大事な人』ってなに?どうしてお母さんは『奈々ちゃん』って泣いてたの?」
純粋な疑問だ。非難と困惑と悲しみに満ちた声だ。
そうだね。
どうして、桜子は泣いたんだろうね。
だって、私達は、
「私と桜子は、『大事な友達』なの。・・・だから、泣いているなら、理由を聞きに、会いに行かなきゃね」
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サービスエリアで休憩を取り、空くんがトイレに行っている間に桜子に電話をかける。
もうかけることはないだろうと思いつつ結局電話番号を消さなかった自分に今だけは感謝する。
深呼吸をして、耳元で発信のコールが2回鳴った後。
『奈々ちゃん!?奈々ちゃんなの!?』
実に五年ぶりの連絡に桜子は興奮を隠せないようだった。
あまりの食いつきっぷりに驚くと同時に違和感を覚える。
「うん、桜子、久しぶり。あのさ、空くんがうちの実家に来たみたいで、これから桜子のところまで送るから」
なんとなく気まずく、そしていなくなった空くんの心配をしているだろうと、簡潔に用事を伝えてみる。
彼女は更に感極まった様子で、
『えええ!これから奈々ちゃんが会いに来る!?ありがとう!空には私からよく言っておくから!ええ~、どうしよう、久々すぎて戸惑っちゃう~』
と、おそらく電話の先で桜子は手を頬に当て、どうしよう~と嬉しさを噛みしめる、そんな様子が簡単に想像できてしまう調子でまくし立てた。
けれどそれは私が思っていたものとは違っていて、少なくとも、いなくなった息子を心配する母親の図とは大きくかけ離れていた。
違和感の正体が分かった気がして、けれど信じられなくて、思わず聞いてしまう。
「空くんがいなくて、心配だったよね?」
『え?うんうん、気付いたら空いないんだもんねー、びっくりしちゃったよ!』
軽い反応。空くんがいなくなって何時間も経っているのに、まるでついさっき気付いたような・・・。
「・・・大壱くんは?」
『あー、大ちゃんは今、長期出張中で。ねぇねぇそれも含めていろんなこと話したい!会いたいよ奈々ちゃん!』
早く来てね!という言葉には、空くんへの心配は微塵も感じられなくて、ただ目の前の楽しみに夢中な子供のような桜子が、電話の先にはいた。




