どうしようもない
夕日色に染まった街と、帰路につくサラリーマン。そして輝き始める電光掲示板。
そんな景色の中、私はある店の前で佇んでいた。
ゲイバー。男性の同性愛者が集まる店。
目的地であるその店を、その店名を何度も確かめる。
そして意を決してきょろきょろと見回してみれば、店の裏口は路地裏にあった。
さっそくその路地裏に体を滑り込ませ、その裏口へと向かう。
エアコンの稼働音に囲まれながら前へ進み、そして私は扉の前で立ち止まった。
大きく息を吸って、エアコンのうるさい排気音より大きな声で叫びかける。
「すいませーん!」
目の前の扉はすぐに開いた。
ドアの間から顔を覗かせたのは、50歳ほどの男。
「なにか、御用で?」
私は唾を飲み込んだ。
「突然すいません!私、このお店の店主に頼みごとがありまして!今お時間大丈夫でしょうか!?」
緊張する自分を自覚しながら、慌てて頭を下げる。
しかし、なかなか相手の反応は返ってこない。
恐る恐る頭を上げてみれば、そこには誰もいなかった。
幻覚でも見たのだろうか。
そう思ったのは一瞬で、体は冷や水を浴びたように冷たくなる。
また、だ。
「すいませんでした、事前に連絡もせず!でもどうしてもお願いしたいことがあるんです!せめてお話だけでも!」
どこに電話をかけても断られた。笑われた。
その度、ようやく見つけた希望の光が陰っていく気がした。
だから私はきっとこの時、正気ではなかったのだろう。
扉越しに強い衝撃が加えられる。オーナーが扉を蹴ったのだ。
「うるせぇっ警察呼ぶぞ!」
中から怒鳴り声が響く。
もっともだ。あたりまえだ。
ここでようやく理性が顔を出す。
興奮して出てきた涙を啜って、話を始める。
「すいません、話だけでもいいので、聞いてくださいませんか?」
まるで同情を誘うような弱弱しい声だ。
私は自分がそんな声を出していることが許せなくて、俯いた顔を上げる。
そして、はっきりと告げた。
「私も、同性愛者なんです」
すると、私の思いが伝わったのか、男が再び顔を覗かせる。
といってもさきほどの10分の1ほどしか開いていない扉の隙間から、哀れむような目だけ覗かせて、
「来る店、間違えてるぞ」
とだけ言って、再び扉を閉めようとする。
私はとっさに、扉の隙間に指を差し込んだ。
途端に襲われる強い痛みに顔をしかめてしまうが、構わないで男を覗き返す。
「いいえ、合っているんです。話を、聞いてください」
男は私の鬼気迫る行動に辟易としたのか、驚いた様子から変わって呆れた口調で「分かったから、手を下ろせ」と言った。
半信半疑ながらもそっと手を離せば、彼は素直にドアを開ける。
そしてそそくさと店内に戻っていった。
呆気ない攻防の終わりにポカンとその背中を見送ってしまうが、慌てて我に返りその後を追うように店内に足を踏み入れた。
「ストップ」
しかし2歩目で彼の声がかかる。
彼は椅子を二人分抱えて戻ってきた。
「そこで話せ」
と、一つを私に渡す。
彼もまた椅子に座り込むと、胸ポケットからタバコを取り出した。
火を点けタバコの煙を大きく吸い込むと、未だ椅子を抱えて佇む私を見上げて、
「こっちも開店の準備中で時間がなくてね。それに店内に女性を入れるつもりはないんだ。タバコ休憩がてらそこで話して帰ってくれ」
味気ない言葉と興味がなさそうな視線が飛んでくる。
この人は何も知らない赤の他人だ。
むしろ警察を呼ばなかっただけ、お人よしなのだろう。
私はどこから話すべきか黙考した後、誰にも話した事のない過去の話とお願いを、彼に話すことにした。
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ずいぶんと話したような、けれど大した話でもなかったような、そんな空を切る感覚を味わいながら、話しを終える。
男は3本目のタバコの煙と共に、
「馬鹿な話だ」
と吐き捨てた。
「なんでそこまでこだわる。さっさと見切りをつければいいものを。それに面倒だ。『女性との結婚を望む同性愛者の男がいたら連絡してほしい』なんて、それこそ砂漠で探し物をするようなものだ」
男はきっぱりと言った。
私は理解されないことに半分落胆しながら、けれど諦めずに、
「50万」
と強気に言い切った。
「この依頼を受けてくれたら、50万払います。どうですか?」
男の片眉が上がる。
気になるようだった。
「見つからなかったらどうする?」
「それは仕方ありません、50万円はそのまま差し上げます。ただ、見つかった場合、もう50万、お支払いします」
「・・・本気か?」
「本気です。じゃなきゃこんなことしない」
きっぱりと言い切った私の態度に、男は面白そうに笑みを浮かべた。
目先の思わぬ収入に喜んでいるのかもしれない。
短くなったタバコを灰皿で潰し、乗り気な様子で話を始める。
「どんな男がいい?さすがに結婚するんだから、多少の選り好みはあるだろう?」
「とくにはありません・・・といえば嘘になります。最低限、仕事をしている人を望みます。容姿は頓着しません。性格も。・・・あー、空気を読まない奴は嫌です。個人的に嫌いです」
具体的な希望に、男は笑みを浮かべたまま私を見つめる。
「それだけか?とんでもねぇクズが来るかもしれねぇぞ?」
完全に面白がっている声音に、けれど私は真面目に頷いた。
「いいんです。私に必要なのは利害関係がはっきりした結婚なので、これ以上のわがままは言いません」
至極真面目な私に、男は笑みを固め、同じように真面目な表情を作る。
「・・・わかった。そこまで言うなら、その依頼受けてやるよ。あてがねぇわけじゃねえ。が、保証はできねぇからな?」
きつく言い渡されるそれに、私はそれでもいいと頷く。
お互いに見つめ合い、わずかな沈黙が生まれる。
そして根負けしたように男は視線を外すと、4本目のタバコに手を出した。
手慣れた様子でライターで火をつける。
大きく吸い込んで、吐き出す。
その作業を眺めていると、男はぽつりと話し出した。
「しかし、お前さんは馬鹿だな」
呆れた言葉に、自身も苦笑いしか浮かばない。
自分でもどうしようもないのだ。
久しぶりの投稿で文章は変だし、展開も無理矢理ですが大目に見て欲しい・・・(だめだこりゃ)




