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Shortstory

浅茅生の小野の篠原忍ぶれどあまりてなどか人の恋しき

作者: 百円

参議等(39番)『後撰集』恋・578


和歌の解釈は

ttp://www.ogurasansou.co.jp/site/hyakunin/hyakunin.html

このサイト様のものを引用させていただきました。

「今日は告白しないの?」


 毎朝、「おはよう」の代わりに颯太にこの言葉を言うのが日課になった。


「しない。オレ、今日、朝の占いで最下位だったもん」


 颯太はいつも何かと理由をつけて毎日告白を断念している。今日の朝は恋の歌を聴けなくてモチベーションが上がってないからとか、テスト前で今告白したらドキドキして勉強に手がつけられなくなるからとか、夢に私が出てきて他の女の子のことを考えてしまったから今日は一日反省会とか。そんな聞いて呆れるような、バカバカしい理由。特に最後とか、私に失礼な理由だと思う。


「開運のおまじないした?」

「うん、左から靴履いた」

「じゃあ、いいじゃん。知ってる? 開運のおまじないをした最下位は本当の意味での一位だから。私なんか、十一位だったよ。救いようないでしょ?」


 ちらりと颯太のほうを見ると、彼は、ふっと息を吐いて口許を緩めた。


「確かに、ないなあ」


 颯太は肩を震わせつつ、くすくすと笑った。颯太の、他の男子とは違う、控えめな笑い方がすきだ。胸がきゅーっと甘く締め付けられる。でも、気持ちを悟られないように視線を逸らす。

 でも、一番すきな颯太の顔は、こんな緩んだ笑顔じゃない。

 わたしは下駄箱の前で歩く足の速さを緩めた。でも颯太は緩めずに、ずんずんと前に行く。そして、下駄箱に靴を入れて、すぐ隣にいる女の子のほうを見る。


「おはよう」


 颯太が真っ赤に染めた頬で彼女に挨拶をする。そしたら、その子もにっこりと笑って「おはよー」と返した。笑った顔が可愛いのだ、と颯太が言っていたけれど、私もそう思う。愛嬌のある優しい笑顔を浮かべる子だ。けれど、それ以上の会話を交わすことなく、彼女はすぐに上履きを履き慣らして下駄箱を去っていく。颯太はその彼女の様子をじっと見つめる。

 私はいわゆる、草食系男子、がすきなのかもしれない。もどかしそうにあの子を見る視線がすき。また言えなかったって唇を噛む仕草がすき。ピンク色に染まった頬がすき。私じゃない、あの子がすきな颯太の、その、どうしようもなく情けない顔がすき。


「おつかれ」


 私が颯太の肩をぽんと叩くと、颯太はがっくりと肩を落とした。


「あー、やっぱ、今日言っとくべきだったかなあ。今日、本当の意味での一位なんだよね? あー、もう、オレのバカ」

「ばっかみたい。今後悔してる暇あるんだったら、今からでも、あの子追いかけて告ればいいのに」

「ムリムリ。もう、気持ちが萎えちゃった。この気持ちで告白しても、あの子に失礼だよ」


 はあ、と颯太が重いため息を吐く。すると、その息は濃い白色に染まって、やがて空気に溶けていく。耳たぶまで真っ赤に染まった颯太の顔をみて、また、どきりと胸が高鳴った。

 颯太がすきだ、と思ったのは、颯太が私に恋愛相談をしてきたときだった。「好きな人がいるんだけど、相談乗って」って。まるで私に告白するみたいに甘い顔だった。それで、その長々とした相談を聞いて「告っちゃえばいいじゃん」と軽い調子で言った。そのときの、颯太の顔に、私は惚れた。「出来ねえよ、そんなの」って、眉を下げて心底困った顔で、でも、声色は優しくて甘くて。いいなって思った。格好いいとは思わなかったけど、なんだか、胸がどきどきした。

 この気持ちはずっと隠しておこうと思っていた。颯太に気づかれなくていいって思っていた。私は颯太の恋している表情がすきで、それを包み隠さず私に見せてくれる颯太がすきだから。もし、私の気持ちが颯太に知られたら、颯太は私に情けない顔を見せなくなってしまうだろうから。


*


「今日は告白しないの?」


 私は今日も、颯太にいつも通りそう訊ねた。今日はどんな言い訳が聞けるのだろうと胸を躍らせながら。けれど、颯太はいつものように情けない顔を私に見せなかった。


「する」


 颯太はただそれだけ言った。私は思わず表情を止めた。


「今日は占い一位だったし、恋の歌聴いてモチベーションもばっちりだし、テストもないし、夢にあの子が出てきたし。今日しかないと思う」


 いつもだったら真面目にそんなことを言う彼の言葉を笑って受け流せるのに、今日は違った。颯太の言葉は冷水のように私の耳に流れ込んできて、私の脳の奥を凍らせる。

 いやだ。

 私の気持ちはその三文字で書き表せるほど単純で、複雑だった。

 あの子が好きな颯太がすきなのに、告白して欲しくない。あの子に颯太を取られたくない。颯太は私のものなんかじゃないのに。確かに、颯太は私に情けない顔をみせてくれる。あの子よりも多分、颯太は私のことを信頼してくれてる。私はその関係に満足していたはずなのに。その矛盾がどうしようもなく私の心を締め付けて、思わず足を止めていた。それに気づいた颯太も足を止めて、私のほうを振り返った。


「どうしたん?」


 私はさっと表情を取り繕って、首を強く横に振った。


「な、なんでもない! 私の心配より、颯太は自分の心配しなよ」


 そうだよ。私は、颯太を応援しなきゃいけないんだ。今更、颯太からの「好き」が欲しいなんて我侭だ。贅沢だ。

 颯太のかっこつけない情けない顔が好きなのに、私もかっこつけて「おはよう」って言って欲しいなんて。颯太の緩んだ笑顔が好きなのに、私の前でも笑顔の作り方が分からなくなるぐらい緊張して欲しいなんて。そんなこと、心のどこかで望んでいたなんて、そんなこと、あっていいはずない。


「う、うん」


 颯太は何だか腑に落ちない様子で曖昧に頷いたあと、数歩歩いて、また、ぴたりと足を止めた。そして、ばっと突然私の方を振り返る。私はびっくりして、肩がびくりと跳ねた。颯太は、笑ってなかった。瞬きもせずに、まじまじと私の方を見る。やばい、と思った。ずっと隠していた気持ちが、取り繕う暇もなく、ぽろぽろと表情に仕草に零れ落ちていく。顔はどんどん赤くなり熱が篭っていく。心臓はばくばくと強く震えて、視線は何処かに留まることなく不安定に宙を舞った。どうしよう。もしかしたら、颯太がすきだということがばれたのかもしれない。不自然な沈黙が流れ、それと対照的に私の心臓の音がひどく煩い。しばらく沈黙が続いたあと、やっと颯太は視線を逸らした。私は恐る恐る颯太の表情を伺った。

 颯太は眉を下げて心底困った顔で「やっぱ、今日も告白するのやめる」と掠れた声で呟いた。

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