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ほりだしもの

作者: 瀬川潮

「ねえ、これ」

 荒野に転がるそれを最初に見つけたのは、獣の皮をまとった少女だった。連れ立って歩いていた獣の皮を腰に巻いた少年は振り返り、少女が拾い上げた美しい物を覗き込んだ。中央でくびれた透明な筒に、綺麗な砂が入っていた。

「……砂、時計?」

 少年はつぶやいた。

「時計? へええ。砂時計っていうんだ、これ。物知りだね」

 どもりながら「何となくそう感じたんだ」という少年を尻目に、少女は砂時計を立てた。筒の中の砂が下へとさらさら流れ、時を刻み始める。

「そうやって、使うんだ」

 少年が目を丸める。

「え? 何となくこう使うんじゃないかなって感じて……」

 少女も戸惑いながら返したが、やがて二人はすでに落ちた砂の上に堆積する新たな砂の動きに目も心も奪われた。

「私たちが一緒に眺めている時間が、こうやって積み重なっていくんだね」

「……時間、か。そうだね。一緒にいる時間が、見えるんだ」

 少女のつぶやきに、少年が目覚めたように言う。「素敵ね」と少女。二人の時間がさらさらと流れ積もっていく。

「あ、夕日が山にかかったわ」

 二人が持つ小さな不思議なものに意識を奪われていても習慣は身に染みているようで、二人は夕日に向かって両手を組み、神への感謝の祈りを捧げた。


 二人が小さな村に持ち帰った砂時計はまたたく間に話題となった。

「神からの授かりものだ」

 村人たちはそう考え、我も神の授かり物を手にしようと砂時計があった場所に殺到した。そして砂時計が土中から次々に出てくることを発見。付近の村からも人が押し寄せ、荒野は「神の原」として掘り起こされていった。

 あれから十年。

「ね。夕日が山にかかるわ」

 砂時計を一番最初に拾った少女は白い薄衣をまといマンションの窓辺にたたずんでいた。ずいぶんと背が伸び、首筋から肩、腰、脚と続くラインが女性らしい滑らかさを見せ、丸みの消えた顔には優しい面差しがあった。チェアから手をかけた出窓には、いつかの砂時計が斜光に赤くなりさらさらと時を刻んでは影を長く伸ばしている。

「まだ君は神様なんか信じているのかい?」

 いつかの少年は言った。あの日よりはるかに背が高くなり、がっちりとした体つきとなっていた。今では彼は実験心理学の研究者で、日々ラットにエサや電撃を与えたり順を追って複雑な迷路に挑戦させたりしてその学習能力や知能、進化の具合についての実験結果をまとめている。

「僕たちは、君が砂時計を拾った日から神の元を離れ、自分たちで世界を構築してきたんだ。……僕たちの先祖の導きで」

 少年は力強く言う。あの日には高い調子だった声も、いつの日からか落ち着いた響きを帯びている。

 それは分かっているけどという彼女を、彼は笑った。

「もう僕たちは自然の猛威におびえながら神にすがり生きていく必要はなくなったんだ。あの『神の原』から出土したテレビや車や飛行機やコンピューター、建築物といった遺跡は、我々の眠っていた記憶を呼び覚ましいずれも『操作の間違いもなく、正しく』使った。つまり、記憶の先祖帰りだ。……神の賜物と思っていたオーバーテクノロジーの出土品は、全部もともと僕たちの物だった。気象のからくりも科学が証明している。神の気まぐれじゃなかった。ある程度理屈にそって説明できる自然現象。神なんて目覚める前の我々が空想していた夢物語でしかなかったんだ。それなのに、君はまだ神に祈りを捧げるってのかい?」

「でも、だって……。あなたと出会えてこうして幸せに生活しているってことは、科学のおかげじゃなくて神様の贈り物だって思うから」

「村の僕の家の隣が君の家で、君がこんなにチャーミングなんだから、ここでこうして幸せでいるのは当然のことだと分析するけどなぁ」

「ロマンのない人ねぇ。出会って、引かれ合って、夕日を見て一緒に祈りを捧げるようになって、砂時計を見つけて、成人の儀式を受けて、結婚式を挙げて……。そうやって順番に積み重ねてきたから、ここにこうして幸せでいるんじゃない。衣装が出てきたらそれの製造方法の記憶が蘇って、車が出てきたら操作方法も分かって、コタツが出てきたらみんな入って温まってとか、そういう簡単なものじゃないでしょ、私たちって。そりゃ、ひと目惚れだったけど。一緒に歩いて、手をつないで、キスをして、と順番に愛を確かめあってきてやっぱりあなたが素敵だって本当に分かるまでの積み重ねが大切だと思うの」

 さらさらと時を刻み堆積する砂時計を見せられながら真顔で迫られ、彼も口調を改め同意した。

「ニュース速報です」

 と、そこでつけっぱなしにしてあったテレビからさも重要そうな放送が流れた。

「何と、『神の谷底』から新たな出土品が発掘されました」

 神の谷底とは、もともと砂時計があった神の原のことだ。いまでは地の底まで掘り尽くされ、日中でも底まで光が届かないくらい深くなっている。出土品は、黒い大きな円筒形の物だった。

「核爆弾、です。皆様も先祖の記憶が蘇ったと思います。なんと、無差別大量破壊兵器の、核爆弾です」

 がなりたてるレポーター。それを見ていた二人もそれと分かった。

「僕たちの先祖は、これでほぼ滅んだんだね」

 彼が呼び覚まされた記憶を口にする。彼女も、うなずいた。

「これで私たち先祖がほぼ滅んだということは、もうこの『神の谷底』からは何も出土しなくなるのでしょうか。私たちを導き、遠い記憶を呼び覚ましてきたオーバーテクノロジーの出土品は、これで本当に底をついたのでしょうか! ……あらっ?」

 興奮して言葉をつないでいたレポーターは、はたと押し黙ってしまった。テレビでその姿を見ていた二人もやはり、突然の疑問にあんぐり口を開けた。もちろん、すべての人々が言葉なく呆然と立ち尽くした。

「どうして、『滅んだ原因』が最後に出てくるのかしら?」

 彼女はレポーターと同じように首を傾げた。

「そうか。僕たちはラットと同じだったんだ。……そんなことより、まずいぞ。僕たちは出てきたものをいずれも『操作の間違いもなく、正しく』使ってきた。これは、まずい!」

 彼は言って、慌てて今にも沈みかけている夕日に向かって祈りを捧げた。彼女も習う。すべての人たちがそうしているように。

 祈りを捧げる二人の前の出窓では、さらさらと砂時計が堆積を続け時を刻み続けていた。


   おしまい

 ふらっと、瀬川です。


 地層がねじれて逆転現象も起こるらしいですがまあ、それはそれ。某ロボットアニメでも指摘されたことのある矛盾ネタでもあります(そのアニメはこういう話ではありませんでしたし、別の手法で回避しています)。


 では、読んでいただきありがとうございます。

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