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第5話 魔法使いたい

 ゴトゴトと、車輪が小石を踏む音が響く。

 どこまでも続く草原の中、一本の舗装路を一台の馬車が進んでいた。

 天気が良く、日差しが幌の隙間から内部を照らしている。


 古いからかギィギィと軋んでいる荷台の片隅で、将斗とレヴィは並んで腰を下ろしていた。


「へぇ〜、最近山から降りてきたんだ」

「はははそうなんですよ。だからこの辺のことは何もわからなくてー……」


 将斗は頭をかきながら、隣で座っているレヴィに答えた。

 今行われているのは嘘の自己紹介。素性がバレないように山から降りてきた設定にした。

 

「村の皆はグラディア王国に行けば何とかなるって言ってたので、ひたすら走ってたんですけど、全然辿り着かなくて」

「オルグラントは広いからね。少しでも街道を外れたら右も左もわからなくなるよ」


 神様からもらった情報を探ると、オルグラントはこの草原の名前だと分かった。


 次々出てくる異世界用語に、将斗は胸を高鳴らせていたが、ボロが出る前に早く話題を変えなければならないと焦った。


 しかし、レヴィのマシンガントークには隙がない。

 ローブ姿の時のクールな印象とは裏腹に、彼女はよく喋る。


「ていうかあの辺、最近魔物が増えてるって噂だけど大丈夫だった? 私の知り合いの冒険者がさ――」


 次から次へと話題が尽きないおかげで、気まずい沈黙が訪れないのは助かる。将斗は会話が下手なので、そこだけはありがたかった。


 だが、忘れてはならない。相手はついさっきまでこちらの命を狙っていた魔法使いだ。

 時折、こちらを観察するように光る黄色の瞳に、心の奥まで見透かされる気がして身がすくむ。

 生きた心地がしないまま、将斗は適当に相槌を打ち続けた。


 ふと視線を外すと、遠くに城壁に囲まれた街が見える。だが、馬車はその街から徐々に離れつつあった。


「あれ? この馬車グラディアに行くんじゃ?」

「行くよ? ……ああ〜、あんたの見てるあれはセイリウム。グラディアはここから……――おじさーん! あとどのくらいだっけ〜?」


 幌から顔を出した御手が、「半日だなぁ!」と答えた。

 つまり、目的地まで馬車で半日かかる位置に転送されたということになる。


「クソボケ女神が……」


 将斗は小声で毒づいた。


 考えなしのポンコツ女神に、少し憤りを覚える。


 あの何もない草原のど真ん中に落とされた意味は何だったのか。

 しかし、借金まみれでピンチ真っ最中の彼女だ。多分何も考えていない。


「どうかした?」

「い、いえ。ちょっとね……」


 『ランダム』で出たスキルが『超強化』で、本当に良かったと、将斗は胸を撫で下ろす。

 でなければ、草原を駆け抜けることも、この出会いもなかっただろう。

 辿り着いた先で「グラディアはここから半日かかる」と告げられた日には、膝から崩れ落ちていた。

 自分の運の良さには感謝するしかない。

 神は恨むが。


「ねぇ、村があるのってカドネール?」

「カドネールってのは……なんですか」

「山の名前。あれあれ」


 レヴィが指差した先には、灰色の山がそびえ立っていた。

 周りの山脈は緑が生い茂っている分、一つだけ異様な存在感を放っている。


「……あぁー、そうかもしれないです。そういえばあの灰色の山を降りてきたような気がしますね〜」


 そう答えながら、将斗は内心で冷や汗をかいていた。

 嘘が下手すぎる。背中を嫌な汗が伝い、ワイシャツが張り付く。


「そ、じゃあさ――」

「とっところで!!」

「びっくりした、何?」


 これ以上掘り下げられてはまずい。将斗は強引に話題を変えた。


「さっき俺に撃ってきた、火とか氷って……なんですか」

「魔法……だけど?」


 レヴィはキョトンとしていた。この世界では魔法は知っていて当然のことなのだろうか。

 将斗は不利な話題を出したかもしれないと焦る。


「魔法、知らない?」

「知らないわけでは……でも、見たのは初めてです」


 ふーん、とレヴィは頷き、将斗の顔をじっと見た。

 そして、ニヤリと笑った。


「やってみる?」

「え?」

「だから……やってみる?」

「ええぇ?! やりたい! やりたいです! できるんですか?!」


 間髪入れずに食いつく。

 魔法が使えるなんて言われたら、男の子として断る理由がない。

 何度一人暮らしの部屋で「黒炎よ!」と叫んだことか。ある日突然力に目覚めることを夢見ていたが、結局スマホで死ぬまでそんな奇跡は訪れなかった。

 しかしついに今その機会が――


「待って待って。まだ使えるかはわかんないから」

「え……」

「すっっご。さっき追い詰められた時より酷い顔してる」


 レヴィが苦笑する。


「だって使えないこともあるんですよね。もし使えないってなったら……」

「うわ、卑屈〜」


 レヴィは呆れたように目を細める。


「やってみないとわかんないでしょ」


 そう言って彼女は将斗の正面に座り直した。

 ローブが揺れ、甘い香りがふわりと漂う。


「魔法を使うには、体の中の『魔力』を操らなきゃいけないの。それができるか、まず見てみよっか」

「どうすれば?」

「手、出して」


 レヴィが両手を差し出した。

 白く整った指先。中指の指輪に嵌められた赤い宝石が、陽の光を受けて妖しく瞬く。

 将斗は恐る恐る手を上げた。

 レヴィが「ん?」と顎をしゃくって促す。

 だが、女性に触れたのは中学のフォークダンス以来――そんな自分に、この距離感は刺激が強すぎた。


「ッ…………スーーーー……」


 突然始まるふれあいイベント。

 頭の中が真っ白になる。

 将斗の葛藤など知らぬ顔で、レヴィは自ら彼の手を取った。


「アッ……ちょ、そ、そ――」

「じっとして」


 言われるまでもなく、将斗の体は石像のように固まっていた。

 柔らかい。そして温かい。

 目の前で、レヴィがゆっくりと瞼を閉じる。

 整った顔立ち。どこか幼さを残しつつ、艶やかな大人の色気もある。目尻のほくろが、それを際立たせていた。

 視線を下げた瞬間、大きめな胸元の隙間が目に入り――心臓が跳ねた。


 将斗は反射的に目を閉じた。煩悩退散。


「目閉じて」

「すいません、閉じてます!」

「……?」


 なぜ謝られたのか、レヴィには理解できないようだ。

 気まずさを誤魔化すように、将斗は慌てて口を開いた。


「あの、魔法使える人って……どのくらいいるんですか?」

「千人くらいいたら一人かな」

「狭き門だな……」

「感覚さえ掴めば皆できるんだけど、こればっかりは向き不向きがあるみたいだから」

「なんか、俺の中にも魔力があるみたいな言い方ですね」

「そこから?! 常識だよ?!」


 瞼の向こうで、レヴィが心底呆れているのが伝わってくる。

 繋いだ手から、じわりと何かが流れ込んでくるような――そんな錯覚がする。

 静かにレヴィが続けた。


「魔力は生き物すべての体を流れてるの。筋肉を動かしたり、息をしたり……そういった動きに微量に消費されてる。でも、それを操って魔法として使えるのは一部の人間だけ」


 将斗はごくりと唾を飲み込んだ。

 魔法を『使える側』と『使えない側』。その境界線に、今自分は立っているのだ。


「だから今から、私の魔力を流し込んで、あんたの魔力を無理やり動かす。あんたはその感覚を追いかけて、自分のものにして」

「……なんかちょっと……エッチいというか」

「なんか言った?」

「なんでもないです」


 レヴィは小さく息を吐き、指先に力を込める。

 その赤い宝石が、淡く光った。


「じゃあ、やるよ」

「よ、よろしくお願いします」


 将斗は息を呑む。

 手のひらから伝わる熱が、一気に高まった。



********************************



「……」

「ねぇ」

「……」将斗は目を瞑ったまま集中を解かない。

「ねぇ」

「……」

「ねーぇ」


 レヴィがぷにぷにと頬を突いてきたので、将斗は重い口を開いた。


「なんですか」

「そろそろやめない?」

「今いいとこなんで! この辺まで出かかってるんで!」


 将斗は必死に喉仏あたりを指さした。


「もう何も出ないでしょ」

「出る! 絶対出すんで!」


 レヴィとの触れ合いイベントを経て、将斗が得たものは、体の奥で「あたたかいもの」が流れているという感覚だけだった。

 それはレヴィの手から流れ込み、腕を伝い、胸を経て、頭の奥を抜け、反対の腕へと流れていく。

 今は、意識を集中すれば全身を巡っているのがわかる。


 胸の中心──心臓のすぐ近くに、それが『湧く』場所がある。

 そこまでは追える。

 けれど、操ることはできない。

 掴もうとすると逃げ、光の粒のように散っていく。


「もうずっとそうしてるじゃーん」

「なんか流れてるものがあるのは掴めてるんで!」

「……それ、血じゃない?」

「えっ……」


 ……そんなはずない。

 まさかそんな。


「……魔力ですよ! 絶対魔力! 全身流れてるし!」


 将斗のその言葉に勢いはあったが、その声は震えていた。


「血じゃない?」

「胸のとこから湧いてる感じもするんで!」

「血じゃない? 心臓なんじゃない?」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 将斗はのけぞり、そのまま荷台の角に頭を打ちつけた。

 ゴン、という鈍い音が響く。

 頭を押さえ、縮こまる将斗。

 その頭に、レヴィの手がそっと伸びた。


「大丈夫? 私、傷を癒す魔法は使えないんだよね……」


 撫でる手つきは不思議と優しい。

 将斗が見上げると、レヴィがこちらを見ていたが、どこか遠くを見ているようにも見えた。


「向き不向きってあるからね、諦め――」

「嫌だ! 俺も魔法使いたい……!」

「子供みたいに駄々こねない! こればっかりはどうしようもないの、諦めなさい!」


 ぺシッと頭を叩かれ、将斗は床に倒れ込んだ。

 信じたくなかった。念願の異世界転生で、魔法が使えないなんて。


 ――近頃の異世界転生モノで魔法が使えない者などいない(渡将斗調べ)。

 よりによって自分が、その例外になるとは。


 その横で、「はぁ」とレヴィはため息をつき、のそりと立ち上がる。


「おじさーん、また停まってもらっていーい?」


 その掛け声の後、数分もせずに馬車が止まった。


「いつまでもそうしてないで起きなよー」


 レヴィの声とともに、軽い足音が荷台を離れていく。

 将斗はゆっくりと上体を起こした。

 長時間座り続けていたせいで、足が痺れてうまく立てない。


 びり、と電流が走るような痛みに顔をしかめながら、どうにか馬車の外に出る。

 外は並木の陰が心地よい林道だった。

 近くにレヴィの姿はなく、運転手のおじさんが馬の首をブラッシングしていた。

 尋ねてみると、見えないところで『星を見ている』とのことだった。


「星……?」

「ああ。あと兄ちゃん、悪いんだけど……」


 おじさんが顎で示した先を見ると、荷台と馬を繋ぐ金具にひびが入っていた。

 修理に時間がかかるから、嬢ちゃんに声をかけてきて欲しいということだった。


「わかりました」


 将斗はうなずくと、おじさんに教えられた方向へ、木立の間を縫うように歩き出した。

 異世界といえど、木々は将斗の世界と変わりない。

 しかし、枝々の間から差し込む光が幻想的に感じられる。


「――ってこと―――……より―――――……でしょ」


 風に乗って断片的に届く声。

 独り言にしては、会話のようだ。

 その横顔は真剣で、まるで見えない相手と通信しているようだった。


 将斗は思わず足を止めた。

 興味に駆られて一歩踏み出す――が、乾いた枝が小さく折れる音が森に響いた。


 瞬間、レヴィの視線がこちらを正確に捉えた。

 鋭い。さっき殺し合いをした時と同じ目だ。


「なんだ……どうしたの、将斗」


 耳のあたりに当てていた右手を下ろし、レヴィは静かに振り返った。

 その頭上には、淡く揺らめく靄のような光が漂っていていた。


「星を見てるって聞いたのと、おじさんから伝言です。馬車の修理で、ちょっと時間がかかるってことで」

「そう、ありがと」


 レヴィは軽く息をつき、埃を払うように手を振った。

 その仕草に合わせるように、頭上の靄はふっと消え、風の中へ消えて行った。


「あっ。ねぇ将斗、そんな畏まらなくてもいいよ? 言葉習ったばっかの人みたい」

「え?」

「敬語はいいよってこと。歳、そんなに変わらないでしょ」


 レヴィなりに歩み寄ってきてくれたのだろう。

 けれど将斗の体は、ぎこちなく強張った。

 なぜなら――


「そ、そうで……そうか、そう……なんだ、気をつけ……るわ」


 我ながらひどい。

 いざ距離が縮まると、どう話せばいいのか全くわからない。コミュ障が爆発している。

 将斗にとっては敬語の方が楽だった。


「ブフッ!」


 レヴィが腹を抱えて吹き出した。


「へっ、下手すぎっ! さては女性経験すらないわね?!」

「う、うるさっ! しょうがないだろ、や、山から降りてきたばっかなんだから!」

「それにしてもだよ、アッハハハハハハハ!」

「痛っ?! 叩くなよ、笑いすぎだし!」


 レヴィの笑い声が森の奥に響く。

 将斗は頬を赤らめながらも、なぜかその声を心地よく感じていた。

 レヴィは面倒見があるというか、姉がいたらこんな感じかと思わせる。

 初めこそあのような出会いだったが、異世界で最初に出会ったのが彼女でよかった。


「星を見るのはもう終わり?」

「うん、ごめん。今日はもう終わっちゃった」

「そうか……」

「そう残念がらないで、未経験くん」

「おい」


 爆笑し続けるレヴィに、将斗は苦い顔をした。


「あのレヴィさん……じゃなくて、レヴィ、星ってどうやって見てんの? 真昼間だけど」

「んー……? 魔力を飛ばしてちょちょいって感じ」


 レヴィは軽く手を振りながら適当に答え、将斗の横をすり抜けて元来た道へ戻り始めた。


「え、戻んの? まだ修理中って」

「荷台でゆっくりしてたらいいでしょ。行くよー」


 レヴィは軽い足取りで歩き続ける。

 風が髪を揺らし、木漏れ日が肩を照らした。

 マイペースな人だなと、将斗はその背中を追いかけようとして――ふと足を止めた。

 何か、引っかかる。

 さっきレヴィの頭上に見えた靄の残像が、まだ目の奥に焼きついていた。


(魔力飛ばしてちょちょいって感じ――)


 星を見るには魔力が必要らしい。

 あの靄が『魔力』だとしたら……レヴィはそれを『飛ばして』いた。

 体の中にあるものを、外に出して形にしていた。


 将斗は今まで、体内の魔力の動きをひたすら追っていた。

 血管を流れる血液のように、循環するそれを『掴もう』としていた。

 だが、血液は掴んで止めるものじゃない。流れて、消費されるものだ。

 

 レヴィが言っていたのは――魔力を火や風に変えることそのものを『操る』と言っていたのではないだろうか。


「行くよー?」レヴィの声が聞こえたが、将斗は動かなかった。


(魔力は生き物すべての体を流れてるの。筋肉を動かしたり、息をしたり……そういった動きに微量に消費されてる)


 レヴィの言葉が蘇る。

 消費。

 まるでカロリーだ。

 筋肉を動かす燃料として、カロリーは勝手に消費される。

 俺たちは『カロリーを燃焼させよう』と思って走るわけじゃない。

 『走ろう』と思えば、勝手にカロリーが燃えるのだ。


「……魔力を使うこと自体は、別に意識しなくてもいいんじゃないか」


 将斗はハッとして顔を上げた。

 掴もうとするから逃げるんだ。

 燃料は、結果のためにある。


「だから――」


 将斗は右手を目の前に掲げた。

 魔力をどうこうしようとは考えない。

 ただ、結果だけをイメージする。


「火は出るものって考えれば、勝手に後から魔力が消費されるんじゃ……」


「何してん――」


 レヴィが将斗の肩越しに覗いてきた。その瞬間――


 パチッ。


 乾いた音がして、手のひらで火花が散った。

 線香花火のような、儚い光。

 けれど、間違いなくそこには熱があった。


「……ちょ、これ」


 将斗は振り向く。

 後ろでレヴィが目を見開いていた。


「見たよな!」

「見た……」


 後ろで、レヴィが足を止めていた。

 その黄金の瞳が、驚愕に見開かれている。


「なあこれ、今さぁ! 手! 火!」

「……嘘でしょ」


 レヴィは絶句していた。

 魔法の師として「よくできたね」と褒めてくれるかと思ったが、彼女の反応は違った。

 信じられないものを見る目で、将斗の右手を見つめている


「ねぇ、『ファイア』って言ったら何を思い浮かべる?」

「ファイア? 火……じゃね? なんで英語?」


 レヴィの瞳が、真剣な光を帯びる。

 するとレヴィは将斗の腕を掴み、前方斜め下に向ける。


「手から火の玉が出ることを考えて、『火球ファイア』って言ってみて?」

「え? 火の玉?――」


 将斗は言われた通り、イメージする。

 さっきの火花じゃない。

 もっと大きく、熱く。

 野球ボールくらいの火の塊が、掌から発射されるイメージ。


「『火球ファイア』」


 その瞬間、手のひらから火の玉が放たれ、草原の一部を焼いてゆっくりと消えた。


「うおぉぉぉぉ!!??」


 将斗は自分の手と、焦げた地面を交互に見た。

 出た。

 魔法だ。紛れもない、異世界の魔法だ!

 


 歓喜の叫びを上げる将斗の横で、レヴィだけが静かに呟いた。


「あんたは、そっちなんだ……」



********************************



 日が傾き、あと数刻もすれば空は夕焼けに染まる。

 草原を走る馬車の荷台から、ポン、ポンと小さな火の玉が転がり落ちていった。


「見てレヴィ! まだ出る! 『火球ファイア』『火球ファイア』――ほら、ほらほらっ!!!」

「どんだけ嬉しいのよ……って、ちょっと?! 火事になるってば!」

 

 レヴィは耳を抑えながら手を伸ばし、馬車の後方へ向ける。

 その掌から勢いよく水流が放たれ、将斗の火の玉を一つひとつ正確に打ち消していった。


「……ご、ごめん」

「そんなに撃ったら魔力無くなるよ? ステータス見てみたら?」


 将斗は立てた指で空に二度、円を描いた。

 薄紫の四角い板が空中に浮かび上がる。

 画面の中、謎の青い棒が半分以下に減っていた。初めは満タンだったことから、それが魔力の残量であることは明らかだった。


「どう?」

「半分以下だった」


 そう答えながら、将斗はウィンドウの角を軽く叩いた。

 ウィンドウはくるりと回転し、レヴィの方を向く。


「ちょっ――!」


 レヴィは反射的に目を逸らした。


「何してんの! 大事な情報、簡単に見せちゃダメでしょ! 変態!」

「変態?! そういうやつなの?!」


 気軽に見る分にはいいが、どうやら人に見せるのはマナー違反らしい。

 この世界特有の文化だろうか。


「半分以下か……まぁ、まだ数発しか撃ってないしね」

「これ上限増えたりする?」

「使ってれば、ちょっとずつ増えてくわ」


 どうやら魔力量には個人差があるようだ。


「しっかし、急に使えるようになったんだよな……」


 どうやら魔力量には個人差があるようだ。

 将斗は手のひらをじっと見つめる。


「不思議ね……私からは『魔法を使う感覚を理解したから』としか言えない」

「感覚か……『火は出るもので、魔力が後から消費されるもの』ってイメージしたんだ。火は出るのが当たり前、みたいな」

「ふーん。でも間違ってはいないかも」

「ほら、筋肉を動かすときってカロリーの消費なんて意識しないだろ? だから――」


 将斗が得意げに自論を語り始めたその時、レヴィがふと前方を見た。


「ねぇ、見えてきたわ」


 その声に従い、将斗も顔を上げた。

 舗装された道の先、街が見える。

 堅牢な城壁に囲まれたその中で、白く高くそびえる城がひときわ目立つ。

 セイリウムの街より遥かに巨大な規模だ。


「もしかして、あれが?」

「そう、グラディア王国。日が落ちる前に到着できそうね」


 将斗の目的地。

 そして、標的である『鈴木雄矢』がいる場所。

 特に目を引くのは、城壁の中央に聳え立つ巨大な塔だ。あれだけは異様に豪華で、天を突くような威圧感を放っている。


「あのでっかい塔は何?」

「――城だよ。王様の城」


 王を殺し、国を乗っ取った雄矢が今いるとしたら、あそこに違いない。

 塔を見たレヴィの雰囲気が、ほんの少し変わったように感じた。


 ――いや、もっと前から少し静かだ。

 変わったのは将斗が初めて魔法を使ったあの時からだったかもしれない。

 あの瞬間以降、レヴィの口数は少しずつ減り、荷台に流れる沈黙も増えていたのだ。

 今もレヴィは、無言で王城を見つめている。


 将斗も気まずさから目を逸らし、周囲を見た。

 複数の街道が合流し、王国の正面にある巨大な門へと続いている。

 その途中、四人組の姿が目に入った。

 剣士、僧侶、重戦士、魔法使い。教科書通りのパーティだ。


「レヴィ、あの四人組は何?」

「んー……冒険者」

「すげぇ! いいなぁ!」


 将斗は思わず身を乗り出した。こういうのでいいんだよ、こういうので。


「そんな良いものでもないわ。稼ぐためには依頼がなきゃダメだけど、魔王が倒されたから今は魔物の数も減ってある意味不景気だし」

「いいなぁ!」

「装備は自腹だし、怪我したら治療費もかかるし、皆カツカツでやってるよ」

「いいなぁ!!!」

「今するなら商人の方がもっと稼げるんだよ」

「いいなぁ!!!!」

「え、何? なんか伝わってなくない……?」

 

 伝わっている。将斗の「いいなぁ!」は、その世知辛いリアルさへの感動だった。

 物語の向こうの存在が、生活のために苦労している。その現実感がたまらない。


「最っ高……」

「どこが……?」


 レヴィは呆れたように笑ったが、その目は笑っていなかった。


「レヴィも冒険者?」

「私……まぁ、そんなところかな……」

「ああいう魔法使えるんなら、結構強い方だったり?」

「ううん、私なんてまだまだ」


 レヴィは視線を外し、静かに言った。


「上には上がいるの」


 それだけを残し、口を閉ざした。

 その横顔には、将斗の知らない暗い影が落ちていた。



********************************



 グラディア王国の城門前。

 検問の行列の最後尾に、馬車は止まった。

 近くで見れば、城壁は想像以上に高い。15メートルはあるだろうか。

 行列には牛車や馬車、冒険者たちが並び、喧騒に包まれている。

 だが、荷台の中だけは、冷たい沈黙が支配していた。


「……将斗は」


 沈黙を破ったのはレヴィだった。


「この街に何しに来たの」

「それは――」


 突然の問いに将斗は一瞬答えに悩んだ。


「出稼ぎ……というか」

「その『山から降りて来た』っていう設定の方はもういいよ」


 空気が凍りついた。

 レヴィの声から、感情が消えていた。

 心臓が嫌な音を立てる。バレていたのか。


「え、えぇ? せ、設定ってなんだよ……」


 誤魔化そうと笑ってみせるが、頬が引きつるのがわかる。

 レヴィは将斗を見ず、淡々と言葉を続ける。


「あんたが降りて来た山はカドネールって言ったよね」

「そうだけど、それがどうしたんだ?」

「カドネールは『死の山』って意味があるの」


 一瞬で全身が冷たくなるのを感じた。


「数百年前に噴火した後からずっと植物も育たないし、立ち入ったら最期、帰ってくる者がいない。だから『《《死の山》》』」


 将斗は息を呑んだ。

 カマをかけられていた。

 「村があるのってカドネール?」と聞かれ、話を合わせるためにイエスと答えたのが運の尽きだった。

 あの時点で既に、彼女の手のひらの上だったのだ。


「……騙した、ってこと?」

「それはお互い様じゃない? でもこれであんたが嘘をついてたってのがはっきりしたわね」

「なんでそんな……」

「周り見なよ、この『世界』に黒髪に黒目の人間はそういない」


 行列に並ぶ人々を見渡す。茶色、金、赤、青。

 黒髪黒目の人間は、一人もいない。


「探せばいるかもね。でも、文献じゃ、黒髪黒目は二つ隣の大陸にしかいない。それにその大陸は鎖国っていうの? それをしてるから、ここにいるのはかなり珍しい」


 そして、レヴィの視線が将斗の服を射抜く。


「極め付けはその服。縫製技術も素材も、このあたりの文化じゃない」


 将斗は唇を噛んだ。

 こればっかりは言い逃れできない。

 シャツとジーパン。現代日本ではありふれた服が、ここでは『異邦人』であることの証明書になっていた。

 レヴィはゆっくりと立ち上がり、右手を将斗に向けた。

 

「『ここ』に何しに来たの」

「――?!」


 レヴィの目が鋭く光った――そんな気がした。その瞬間、体中にぞわりとした感覚が走る。胸の奥から頭の先まで、嫌な予感が浸透していく。

 覚えがある、あの嫌な感覚――あの時と同じだ。


「お、俺は……っ?!」


 言葉が、理性とは別に口からこぼれ落ちる。

 頭の中に靄がかかり、思考が白く塗りつぶされていく。


「このグラディア王国にいる――」


 抗えない。

 レヴィの瞳が、冷徹にこちらを見下ろしている。

 ついさっきまで魔法を教え合い、笑い合っていた彼女はもういない。

 そこにいるのは、熟練の尋問官だ。

 

 裏切られたような思いが胸を締めつける。

 だが、感傷に浸っている場合ではない。

 このままでは全てを吐かされる。

 神のこと、スキルのこと、そして雄矢を狙っていること。

 バレたら、一体どうなる。


「――っく……!」


 将斗は必死に歯を食いしばる。

 レヴィの魔力が、頭の中を侵食してくる。


 抗うために、将斗は思い出す。

 さっき掴んだ感覚。

 魔力は、結果のために消費される燃料。

 ならば――頭の中の異物を追い出すイメージで、自分の魔力を爆発させればどうだ。


「何してんの? 無理でしょ、あんたは魔力を操れない」

 

 将斗の抵抗を察したのか、レヴィは淡々と告げる。無駄だと言いたげな口調だ。

 意識が朧げになりそうな中、将斗は必死に考えを巡らせる。

 

 脳内に流し込まれているのは彼女の魔力。

 これが悪さをしているのなら、押し返せば、きっと。

 拳に力を込め、頭上で魔法が出るイメージを描く。

 魔力が勝手に体のあちこちから頭へと渦を巻くように集まり始める。


「鈴木雄矢から――」


――パチィッ!! 


 頭の周りで青白い火花が散った。

 瞬間、脳を締め付けていた圧力が弾け飛ぶ。


「っは、ぁ……!」


 将斗は膝をつき、荒い息を吐いた。

 靄が晴れ、頭の中がクリアになる。

 顔を上げると、レヴィがわずかに目を見開いていた。


「……その魔法、めっちゃ怖いからやめて欲しいんだけど」

 

 突然の催眠のような体験にまだ心臓が高鳴っていた。

 操られることへの、恐怖と怒りがあった。


 だが、将斗の心の奥底には、少し前の馬車での気楽な関係に戻りたいという気持ちがあった。

 久々に友達という関係を持てた気がしていたから。

 だから、無理にでも冗談めかした口調で、レヴィに声をかけた。


「なんか、すっごいぞわってすんだよ」

「私も嫌い」


 レヴィの声は淡々としている。将斗と違い、一線を引いているような印象。


「なんのつもりなんだ。普通に聞いてくれれば――」

「普通に聞いたら、本当のことは言わないでしょ」


 レヴィの声はなおも冷たかった。


「最初はね、ただ早く動けるだけ、『交換チェンジ』が使えるだけの大したことない奴と思ってた。連れてったのは気まぐれ。草原あんなところに置いてったんじゃ後味悪いから」

「間違ってない。別に俺はそんな警戒されるような大した人間じゃない」


 「けど……」とレヴィは一呼吸置いた。


「――普通の人なら、魔法を半日そこらで使えるわけない」

「……で、でもそれは」

「あんたが只者じゃないのは分かった。きっとこの『世界』の人間じゃないんでしょ。もうお互いに正体を明かさない?」

「別に俺は……そんな……」


 警戒されるほどの人間じゃないと言いたかった。

 しかし、彼女の目はこちらを警戒するものだった。


 魔法が半日ちょっとでは使えないことなど、将斗は知らない。

 魔法はただ使えただけだ。使えた理由もなんとなく、自分なりに考えて導いた方法がうまくぴたりと嵌まっただけだ。

 目的の『無限魔力インフィニティ』みたいなぶっ飛んだ力も持っていない。

 『超強化』は将斗の身体能力を飛躍的に向上させたが、レヴィからは逃げきれなかったし、『交換チェンジ』も対策され大して活躍できるスキルではなかった。

 

「答え次第によっては容赦しない。私はこの国を脅かすものを許さない。王宮魔法使いとして」


 その言葉には、ただならぬ威厳があった。

 グラディア王国の王宮魔法使い。その肩書きだけでも十分に脅威だ。

 だが、彼女はさらに続けた。


「私はレヴィ・ウィンダリア」


 黄金の瞳が、将斗を射抜く。


「勇者『鈴木雄矢スズキ ユウヤ』と共に魔王を打ち滅ぼした者」


 その瞬間、将斗の思考が停止した。

 足元が崩れ落ちるような感覚。


 そう。神からインストールされた情報には、こうあった。

 鈴木雄矢には三人の仲間がいる。

 魔王を倒し、英雄となる時、共に旅をしていた仲間が。

 

 目の前の少女は、その一人。

 つまり、ラスボスの側近。


 彼女はその一人――レヴィ・ウィンダリア。

 

 血の気が引いていくのがわかった。

 よりにもよって、敵の懐に自ら飛び込んでいたのか。

 詰んだ。


「――正直に答えて。雄矢の何を狙ってるの?」


 逃げ場のない問いが、将斗の喉元に突きつけられた。

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