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幕間2 激務☆

「終わらない……終わらないよう……」


 将斗を送った後から、神様は休むことなく、ずっと白い部屋で、複数の地球と睨めっこしていた。

 右手には、白い羽ペン。空中に浮いた紙へ、何かをつらつらと書いていく。


「間に合わない……人間は紙を廃止する方向で進化してるのに、神々は逆行してるの納得できない……」


 大粒の涙をポロポロ流しながら、神様は仕事を続けた。

 扉などなかったはずの白い部屋に、無地の四角い扉が現れる。

 その扉が勢いよく開かれた。


「てめぇ! とんでもねぇことしてくれたな!」

「零夜さん?!」


 神様の直属の上司である彼の御名は零夜。

 和装に身を包み、片手には鉛筆など画材が握られている。

 もう片方の手には、三つの赤い印が押されている紙があった。


 それを神様に突きつけると、零夜は鬼の形相で詰め寄る。


「この書類はなんだ言ってみろ」

「て、転生者の申請書……デスヨネ……」

「正解だ。ところで俺はこんなものは見ていない、にもかかわらず上の御方から、写し作ったからあげるなどと言われた」


 零夜が書類に指をさす。

 その先、三つ並んだ丸い印のうち、中央の印に零夜と書かれている。


「何で俺が承認したことになってんだ? あぁ?」

「そそ、そ、それ、それは、それはその」

「あぁ?!」

「ひぃっ」


 神様は顔の目の前まで書類が迫ってきて、零夜の剣幕もあってか怯えた。

 

「急いでてぇ……やっちゃいました」

「てめぇ! ゴミ箱送りにしてやろうか?!」

「ゆ、許してください。あ、上の方には一緒に謝りに行ってあげるので」

「行ってあげるってなんだ! てめぇだけで行け!」

「ヒィ……お許しを」


 神様は姿勢を低くした。


「ってそもそも行けねぇんだよ!」

「おぉ、良いノリツッコミですね。あいたっ」


 零夜からのゲンコツをお見舞いされ、涙ながらに神様は頭の頂点を両手で押さえた。


「上の御方の承認を貰っておいて、間違ってましたなんて言えるわけねぇだろ!」

「それは確かに……じゃあもうしょうがないですね」

「ブチ殺すぞ」


 神の適当な態度に、零夜は怒髪天と化した。


「ただでさえ、お前は苦情が集まってんだ。これ以上変なマネしたらただじゃおかねぇからな」

「これ以上ってことは今回はOKですか?」

「喧嘩売ってんだな? いいぜ、今回からOUTだ」

「すみません勘弁してください」


 電光石火の速さで頭を下げる。

 零夜はそれを見て、ため息をつくと、申請書を手で叩いた。


「とにかく申請が通った以上、失敗は許されねぇ」

「そ、そうですね」

「リスト」

「え?」


 零夜が手を伸ばして催促する。


「転生者候補のリスト出せ、選定手伝ってやる。あとは転生場所の状況、履歴、魔力濃度分布は……とりあえず二年前のまで出せ。あとは世界の――」

「あの!」


 神様は言葉を遮った。

 零夜は邪魔されたことに不服そうに目を細める。


「なんだ? さっさと」

「もう、送っちゃいました」


 その言葉に零夜の動きが止まった。


「今、なんて言った……?」

「もう転生者は選んで送っちゃいました……」

「なん……だと……」


 さっきまで赤くなっていた顔が、わかりやすく青白く染まっていく。


「き、『基準世界』の人間を選んだんだよな?」

「やだなぁ、当たり前じゃないですか。そんなの常識ですよ常識」

「黙れ、俺の質問だけ答えろ」

「アッハイ」


 零夜の低い声に、神様は震えて素直に従うことにした。


「『基準世界』で()()()人間を送ったんだよな?」

「そ、そうです」

「なら、いいか。この野郎、今回は運が良かったとはいえ二度と……」


 零夜が汗を拭いながら、肩を落として安堵の表情になりかけるも、ピタッと手が止まった。


「『基準世界』の人間を勝手に殺してはならない規則は覚えているか?」

「そ、それはもちろん。覚えていますよ。三回くらい前の転生者選定の時にやらかして覚えましたから」

「やらかしはさておき、そうだよな、覚えてるよな」

「当然じゃないですか。だから前はわざわざバス事故の学生たちを選んだりしたんですからね」


 神様は鼻を高くして威張ってみせた。

 しかしその姿に怪訝な顔をして、零夜が続けて言う。


「規則、覚えてるんだな?」

「覚えてますよ?」

「やったのか?」

「……規則はとっても大事ですよねぇ、当然、覚えていますとも」

「やったのか、と聞いているんだが」

「……テヘッ☆」


 神様はこつんと頭にグーを当てる。

 そのまま滝のように汗を流し、姿勢を正すと正直に答えた。


「やりました」


 ゴッと特大の鈍い音が白い部屋に響いた。

 神様は頭を押さえながら、うずくまった。


「い、いたい……何も同じ場所にやらなくても……」

「本当にどうしようもねぇやつだな。規則も守らねぇ、期限も守らねぇ。ったく何で俺がこいつの教育係なんだ、クソッ」


 零夜はそういうと持っていた画用紙に瞬時に椅子の絵を描いた。

 すると彼の目の前に全く同じ椅子が現れる。

 彼はそこへドカッと座り、肘をついた。


 そんな彼に向かって神様はおずおずと言う。


「あ、あの、そういえば一つお願いがありまして……」

「聞くと思ってんのか、お前! なんかの! お願いを!」

「そこを何とか、このままだと、大変なことに……」


 両手を合わせ、うるうると上目遣いで懇願してくる神様に、零夜は悔しそうに顔を歪めながら耐えた。

 しかし神様も負けじとお願いし続けた結果――


「さっさと言え!」

「やったー零夜様大好き」

「用件を言え、用件を」


 断れなかった自分に腹がったたのか、零夜は鼻を鳴らした。

 そんな彼への神様のお願いは――


「管理報告書の納期をちょこっとずらして欲しくて……」

「お前は……何を言ってる」

「ちょこっとで良いんです。一日くらい……」

「本当にお前は何を言ってる……? 納期は今日だぞ。今日の二十四時、今二時間前だぞ。延長にも承認要るんだぞ?」


 零夜は震える手を抑えながら言った。


「くだらない冗談はよせ、お前が管理してる世界の現状をまとめて、提出するだけだぞ? 今何割終わってる」

「今は――」

「ちょっと待て、覚悟を決める」


 零夜は二、三度深呼吸をしてから、目を開き、構えた。


「よし言え」

「二割です」

「ぁっ――――」


 零夜は持っていた鉛筆を落とした。

 頭に手を当て、数分の間呆然としてから口を開いた。


「延長は不可。規則上無理だ」

「そこを何とか……」

「だから今から仕上げる」

「えぇっ?! 無理ですよ一人でこんな」


 零夜は歯をぎりっと鳴らすと、言った。


「……はぁ。手伝う」

「え?」

「手伝うって言ってんだよ! 間に合わなかったら連帯責任で俺まで始末書だろが! クソが!」


 大喜びする神様の目はしてやったりと言った風で、最初からこれを狙っていたことに気づいた零夜は、瞼をピクピク震わせながら、作業に取り掛かった。



――締切二秒前。報告書の提出が完了した。



「やりましたね〜、間に合わないかと思いましたよ」

「お前いつか殺してやるからな……」


 椅子の上で項垂れる零夜の前で、神様はぴょんぴょん跳ねていた。


「これで時間までゆっくり休んで、力を補給できます」

「ハァ、時間? 何の時間だ」


 神様は零夜の印を偽造したあの書類を指差した。


「ほら、勝手に送った転生者の元に行かなくてはならないので」

「勝手な自覚はあったんだな。その申請はしたのか」

「後でやりますっ」

「今やれ!」


 激務の後で怒鳴ると頭痛がするので、零夜は頭を押さえた。


「大体……神が出る必要ないだろ。神のスキルがあんだから」

「その方には神のスキルは与えてないので」

「はぁ?」


 零夜は呆れたという風に神様を見た。


「それで転生者が死んだらどうする」

「問題ないです。()()()()ので」


 神様は片目にピースを加えウインク。

 その目が怪しげに光っていた。


「『予想』か。結果は?」

「あと数時間後の昼。私が行かないとマズい事態になってます」


 神様の顔は珍しく真剣だったため、零夜はその言葉に嘘はないと感じた。

 彼は何度目になるかも分からないため息をつきながら、アドバイスを与えることにした。


「『予想』はあくまで『予想』だからな。外れる時もある。鵜呑みにしてミスするなよ」

「分かってますよ」

「……そのマズい事態ってのは何なんだ?」


 神様は一呼吸してから言った。


「……国が一つ、滅びます」


 零夜は項垂れて、白色の天井を見上げた。胃薬が欲しい。神に効くやつだ。

 切実にそう思った。


「頼むから……絶対に失敗するなよ。俺の胃のために」

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