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第2話 返済期限

「具体的には何を?」

「転生者からスキルを取ってきてもらうだけです」


 将斗は首を傾げた。


「時間ないんですけど、説明しないとダメかぁ……めんどくさ。ちょっと待ってくださいね」

「今めんどくさって言いませんでした?」


 神様は将斗を無視して、空中で人差し指をスワイプするように振った。

 すると突然、二人の中間に薄紫色の光が収束する。


 やがて四角い物体がそこに現れた。


「え、すごい……」


 現れたのは、半透明のスクリーン――ホログラムのウィンドウだった。

 空中に浮かぶその板には、テレビのように映像が流れている。

 映っているのは宇宙空間に浮かぶ()()の地球。SF映画の冒頭シーンさながらだ。将斗は思わず手を伸ばしてみたが、指先は空しく光をすり抜けた。


「はい、こちらをご覧ください。世界がこのように不安定になるとします」


 神様がそう言うと、モニターに映る複数の地球に変化が訪れた。

 鮮やかだった青色が灰色に濁り、ノイズが走り始める。見た目にも危険な状態だ。


 さらには映像全体が激しく乱れ、点滅し始めた。

 凝った演出だな、と将斗が感心していると――


 するといきなり「えい」と、いきなり神様がモニターの縁を拳で叩いた。


 物理干渉できるらしい。昭和のテレビを直すような手つきだ。

 数回のパンチの末、ノイズが消えて映像が鮮明になる。

 演出じゃなかった。


 やがて一つの地球がクローズアップされる。

 安っぽい3DCGで作られた荒れ果てた大地。崩れ落ちるビル群、逃げ惑うポリゴンの人々。

 そして空を覆う黒い雲――まるで世界の終わりをそのまま再現したような光景だ。

 もう少しリアルなグラフィックなら危機感も湧くのに、これでは都市伝説を取り扱うバラエティ番組の再現VTRだ。

 

「……まぁ、確かに不安定っぽいですね」

「原因は色々ですが、ま、こんな感じで世界はボロボロになっていき終わりへと向かいます。終末ですね」

「説明軽っ」

 

 将斗は額に手を当て、天井を仰いだ。

 いちいち説明するのが億劫なのか、神様はあからさまにため息をついている。


「だって詳しく説明してたら、ついて来れないですよ?」

「逆に簡潔すぎて何が何だか――」

「まぁ、続けますけど」

「俺の意見がさっきから通らない!」

「不安定になった世界は自力ではもう元には戻りません。最悪、こうですね」


 神様がスッと指を横に薙ぐと、モニターに新たな映像が映し出される。

 巨大な隕石が地球に向かって突っ込んでいく。

 そのまま衝突。爆発四散。跡形もなく消滅。

 宇宙空間に、塵一つ残らなかった。


「はいおしまい」

「はいおしまい、じゃないが!? 地球が粉微塵になって消し飛んだんですけど?!」


 将斗は頭を抱えた。

 数十億の命が「おしまい」の四文字で片付けられた。

 スケールの大きさと扱いの雑さが釣り合っていない。


「まあ現実はこういうものなんで」


 神様は肩をすくめ、さっぱりとした調子で答えた。

 

「あと全部説明すると長いし」

「今ヤバいこと言いましたよね?」

「さて次です」


 将斗のツッコミも聞こえないと言わんばかりに、神様はモニターに向き直る。


「とまあ、お見せしたように不安定になった世界は崩壊します。それは困るので、神々は『調整』という名目の元、転生者を送ります」

「……ここまでできる神様が転生者を使う理由がわかんないんですけど」


 色々できそうな神がなぜ人間に頼るのか。

 人間の問題は人間で解決しろ、というようなスタンスなのだろうか。


「理由は色々ですが、神って意外と全知全能ではないんですよ」

「……ど、どこが?」


 こんな空間にワープさせた上に急に現れ、それに加え空中モニター。

 これが全知全能でなくて何なのか。


「神にも向き不向きはあるので、そういうものだと思ってください」

「全然分からないんですけど……?」


 将斗の訴え虚しく、神様は説明を続ける。


「転生者もとい、人間には『運』があるので役に立つんですよ」

「ざっくりしすぎてわからないんですけど……?」

「そして、神は転生者に『神のスキル』を作って与えます。この『神のスキル』と人間の『運』が合わさり、人間で言う『奇跡』を起こします」

「俺、全知全能あたりから着いていけてないんですけど……?」

「その『奇跡』で世界の不安定さを取り払うことができるのです」


 神様は事務的に説明を終え、ふうと一息ついた。

 すっきりした顔をしていた。うまく説明できたと思ってるらしい。

 一体どこからその自信が出てくるのか。


 しかし、将斗の虚無な表情に気づいたのか、神様が補足を入れてくる。


「『神のスキル』はあなた風に言うなら『チートスキル』でしょうね」


 あぁ、と将斗は少しだけ納得した。

 今となっては手垢のついた言葉だが、これほどまでにわかりやすい単語もない。

 「努力しないで最強の力が手に入る」。そんな『スキル』があれば、どれほど楽に生きられるだろうと妄想した夜は数知れない。


「そう、それですよ。やはり、異世界転生モノを読む世界の方は話が早くて助かります」

「……なんかたまに心読んでません?」

「神様なので」


 まさか本当に読めるとは。将斗は目を丸くした。

 しかし、それならやはり全知全能ではないのかと、さらに疑問が増えるばかりだ。


「前までは説明に時間がかかったんですが、あれらが広まるようになってから、理解の早い人が増えたので助かります。流石、事実に基づいてるだけありますね」

「……ん? どういうことです?」


 将斗は聞き捨てならないセリフを聞いた気がして、耳を疑った。

 

「帰った転生者たちがよく自身の体験談を小説にしてるんですよ。流石に創作のものもありますが……全体の5割くらいですかね」

「嘘でしょ? ノンフィクションじゃないですか」


 よく物語を書く人は自信が経験したことしか書けないと聞くが、まさか本当だったとは。

 訳のわからん説明より、将斗はそっちの話が気になってしょうがない。


「ちなみにどんな作品で?」

「えっと……最近有名なのは『ReRe:トラックに轢かれた俺が転生したのは勇者の息子で、パーティ追放されかけて見返すために挑んだダンジョンで窮地に陥ったかわいい幼馴染の身代わりになったら最難間のダンジョンに落ちたけど隠された先祖の吸血鬼の遺伝子が目覚めちゃって居合わせた最強の魔法使いと侍と聖職者の血を飲んでから無双状態で余裕だし、気づいたら元の世界の武器とか呼び出せるようになってるし、っていうか元の世界の知識で無双できてるし、なんなら結局勇者の血も覚醒しちゃって、ハーレム形成したりして、無限に魔法は使えるし、状態異常はお手のもの、職業だって選び放題、なんなら魔物と心も通っちゃって無敵じゃね、もうこの世界最高にちょろすぎるけど今更戻ってこいとかもう遅い~マジで素晴らしすぎる異世界生活~』という小説ですね」


 一息で、神様はお経のような長ったらしいタイトルを言い切った。


「『トラすぎ』じゃん……」


 『トラすぎ』で親しまれるその小説は全国のあらゆる本屋の一角に特設コーナーが常設され、アニメ化、映画化、舞台化、まさかの実写映画化と社会現象を巻き起こした作品である。

 将斗は既に全三十八巻を書籍で揃え、明後日発売の『後追い転生幼馴染は悪役第八令嬢vs暗黒幼女究極大戦姫 完結編』である三十九巻をもう予約済みである。ここに届くのかは不明だが。


「話を戻しますけど、私は『神のスキル』を転生者へを与えるわけですが私の送り出した転生者たちがスキルを返してくれないんです」

「あぁ……その気持ちは分かるかもしれないですね。そんな強い力手に入れば、俺だってやっちゃいそうですし」


 一度手に入ったものを手放すのはなかなか難しいことだ。

 将斗も、自分も同様に強大な力を与えられたら、素直に返せる自信があるかと問われると怪しい。


「というか神様の力で倒しちゃえば取り返せるじゃないですか」

「神様の力って有限で、回復するまでは時間がかかるし、今の私はほぼ無いに等しいので、戦闘なんてとても」


 神は目に見えるほど落胆していた。


「神の力って戦うときにも消費するんです。神の力すっからかんの私が転生者に直接会いに行ったら返り討ち。消し炭が妥当ですね」

「消し炭て」

「本当ですよ? 本当に消し炭にされますからね。


 神様は不貞腐れたように、机に突っ伏した。

 ……机はどこから?


「仮に私に少し力が残っていてもあちらには『奇跡』がありますから……詰んでいるんです」

「それで今回のスキルの回収には、転生者である俺を使うんですね」


 神様はぶんぶんと首を縦に振っていた。


「そういえば俺にくれる『神のスキル』はなんなんですか?」

「あなたには『神のスキル』あげませんよ?」

「え?」


 神様は、そんなの当たり前でしょと言った顔だ。

 将斗は呆気に取られた。


「力がもう無いので、これ以上新たなスキルを作れないんですよ。別案として他の神様から『神のスキル』を借りるという方法はありますが、その方法は何回も使ってまして。今はもう貸してくれる当てが無いですし……」

「なんだそれ……いや、ちょっと待ってください。『他の神から借りたスキル』を、『貸した』転生者はどうなってるんですか?」


 神様はフフと虚な目で、口元だけ笑った。

 将斗は聞くまでもなく直感的にダメそうだと思った。


「同様に返してくれません」


 思った通りの返答が来た。

 その悲しみを帯びた表情を将斗は直視できなかった。自転車操業で破綻した多重債務者そのものだ。


「仕方なくですよ? どんな状況だろうと不安定な世界には、転生者を送らないといけなかったから仕方なく」

「俺に言われても……」

「私反省して毎回「これ借り物だから返してくださいね」って伝えたんですよ。これ私被害者ですよね」

「……自分のスキルすら返してもらえなかったんですよね。なんで言う事聞いてくれると思ったんですか?」


 すると神が半目で睨みつけてきた。

 なぜ睨まれなければならないのか、将斗は納得いかず、目を細めた。

 何も間違ったことは言ってなかったはずだ。

 信用する相手を見極められなかった神様側の落ち度だ。


 そんな情けない神様は放っておいて、腕を組んで白い天井を見つめて途方に暮れた。


 話し合いで解決できるなら神がやってるだろう。できないから将斗を呼んだのだ。

 そのため、戦うことになるはず。

 しかし、『神のスキル』がこちらにはない。

 チーターに敵うほど、将斗は自分の身体能力に自信があるわけなどない。

 

――すると突然神様はパンと、手を叩いた。


「って、今の問題はそこじゃないんですよ! 借りたスキルの一つの返済期限が、三日後の昼なんです!」


 その表情から切羽詰まっていることがわかる。

 返済期限。異世界モノでは聞きなれないフレーズだが、文字通りの意味だろう。


「……一応聞いておきますけど、その『返済期限』が迫ってるスキルを取り返しにいくのが俺?」

「はい」

「もし、期限までに返せなかったら?」

「私の存在を消されます……処刑です処刑」


 自業自得だな、と思っていると神様は続けた。


「今回の期限が守れないと私、消されるそうです」

「……なんで二回言ったんですか」

()()()()()を含めて全消しされるそうです」


 その言葉に、将斗は嫌な予感を覚えた。


「あの、俺って神様的にはどういう扱いなんですか?」

「所有物ですね」

「……これ脅されてます?」 


 神様は突然、笑顔を作った。

 

 貼り付けたようなスマイル。

 『言わなくても分かりますよね?』という無言の圧力がそこにはあった。

 私が消えれば、道連れだぞ、と。


「で、どうします? 取り返しに行ってくださいますか?」


 代わりに飛んできた質問に将斗は一瞬考えた。

 

「ちなみに帰るのは」

「無理ですね」

「……………っ……………ぁぁ…………………く……………………行きます」


 長い沈黙の末、ただ無為に消されるよりはマシだと、将斗は自分に言い聞かせ、神の横暴を飲むことにした。

 納得は一切していない。


 一方、その答えを聞いた神様は分かりやすくニコニコとしていた。


「ありがとうございますっ。じゃあ、早速転生者の元に向かってもらいます。本当に時間がないので」

「早っ……」

「時間ないので」


 そう言って、笑顔のまま迫ってくる神様に将斗は何も言えなかった。

 いきなり神のスキルとやらを持つ者に無謀に立ち向かわなければならないのだから、胸中は不安でいっぱいだった。


「まあまあ、そんな顔しなくてもご安心を。『神のスキル』とまではいかなくてもある程度戦える力は与えるので……それでいいですよね?」

「え、いや……」

「い・い・で・す・よ・ね?」


 さらにどんどん迫ってくる神様。

 流石に根負けし、将斗は言う。


「いいですよ! 行きますよ! 行けばいいんでしょ!」


 もはや有無を言わせない勢いに、将斗は天を仰いだ。どうかこんな理不尽は夢であって欲しいと。


 すると神は思い出したようにまた手を叩いた。


「危ない危ない。そういえば、まだ行き先を説明していませんでした。私としたことが」

「そうすか……」

 

 将斗は半分意識を天井に向けていた。

 白い天井はただ無機質のままで、何も言わない。

 帰りたいと、切に願うのだった。


「口で言うと長いので、直接()()()()()()()()

「えっ、あだだだだだ!?」

 

 神様が指を振った瞬間、脳内に膨大な情報が濁流のように流れ込んできた。転生者の顔。名前。見知らぬ国。言語体系。風景――。

 

 将斗が頭を押さえて呻いた。

 まるで脳を直接掻き回されるような感覚は。数分続いた。


「――以上ですけど、わかりましたか?」

「あっ、あ、あああ頭が痛すぎるんですけど! 今の何!?」

「では、いってらっしゃい」

「ちょ俺の質問…………って、え?」


 瞬きをしただけだった。

 ただそれだけの一瞬で、将斗の目の前には草原が広がっていた。


「は? おい、嘘だろ」


 どこまでも続くかのような地平線。その上を、雲ひとつない青空が広がる。

 駆け抜ける風は本物で、草の匂いを運んでくる。

 景色にもちゃんと奥行きもあり、遥か遠くに聳え立つ山が見える。


 未だ夢の中かと思ったが、足元の長い草が、脛に当たり、チクリと刺激を与えてきた。夢ではなさそうだ。

 将斗は力が抜けたかのように膝をついた。

 勢いよく座ってしまったが、草の絨毯が優しく受け止めてくれた。

 

「マジかよ……もう異世界? 嘘だよな?」


 将斗は地面に手をついて項垂れた。

 手の感触はリアルで。ここが現実だと教えてくれる。


「や、やった〜……」


 将斗はとりあえず、小さくガッツポーズをした。


「じゃねぇ!」


 誰に見られてるわけでもないのに、見事なノリツッコミを芝生へ叩き込む。


「召喚ゲートとかは!? 移動する時はこう……光がブワって……!」


 怒りをぶつけられる対象はいない。

 無力だが、芝生に拳を叩きつけることしかできなかった。


「俺、もっと……最強の能力持ってて、女の子が集まってきて、悪を倒して、皆にちやほやされてっていう……ただ……そんな、普通の……」


 期待していた異世界転生。


「普通の!!」


 憧れていた景色が、脳裏を駆け巡る。


「普通の異世界転生がしたかったんだよ!!!」


 叫びと共に、握った土を明後日の方向にぶん投げた。

 


 これが将斗の旅の記念すべき一ページ目である。


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