幕間1 異分子
見渡す限りの緑。
風が草穂を揺らし、緑の波を作っては消えていく穏やかな草原。
その静寂を引き裂くように、異質な音が響いてきた。
フォォォォン、という、風切り音にも似た高く澄んだ電子音。
内燃機関が唸るような爆音はない。
滑るように現れたのは、この世界には存在しないはずのテクノロジーの結晶――近未来的なフォルムを持つ二輪車だった。
白を基調とした車体と、それに合わせるように白いライダースーツを纏った男がハンドルを握っている。
スーツの側面と車体には、鋭利な黄色のラインが走っていた。
青いバイザーのヘルメットが、表情のすべてを隠しているが、露出した口元は真一文字に結ばれている。
だが、最も異様なのはその「後ろ」だった。
タンデムシートですらない。バイクの後部、わずかなスペースに、一人の男が「後ろ向き」で腰掛けていたのだ。
進行方向に背を向け、遠ざかる景色を気だるげに眺めていた。
少し伸びた顎髭。黒いシャツの上に、上下揃いの濃い赤のベストとズボンを纏っている。血が凝固したようなその暗い赤色は、鮮やかな草原の緑の中では、不吉なほどに目立っていた。
高速で走行しているにも関わらず、どこか公園のベンチにでも座っているかのような脱力感。
男は退屈そうに大きなあくびを噛み殺すと、運転手の背中に声をかけた。
「……なぁ、寝ていい?」
「ハァ? お前、人の愛車にタダ乗りしといて寝るだと? 降りろ! もう自分で走れ!」
「うおぉおぉ、危ない危ない。安全運転してよ」
バイクが左右に揺れる。
男は大袈裟にリアクションを取るものの、涼しい顔のままで、振り落とされることはなかった。
「大体何でそこ座ってんだよ。座るところじゃないんだよ! 傷付くだろ!」
「え、この程度で傷付くの?」
「はぁ?! 付かねぇよ! 俺の相棒舐めんな!」
どっちだよ、と男はため息まじりに頬杖をついた。
ライダーは怒りが収まらないようで、前を向いたまま、背中越しに男に言う。
「大体お前が降りた場所が悪いだろ。目的地があんなら最初からそこに降りろよ」
「あのねぇ、俺も頑張ったのよ? 星の裏側に行かなかっただけ感謝してよ」
「だったらお前も乗せてもらってることに感謝しろ」
「ありがとうありがとう、いつも助かるよ〜」
「こいつっ……絶対振り落としてやるからな」
ライダーは歯ぎしりし、勢い任せにアクセルを切る。
メーターが急激に上がると共に、バイクは一層その速度を増した。
すると小高い丘をいくつか超えた向こうに、建造物が映る。
バイザー越しにライダーはそれを見つけた。
「おい、もしかしてアレか?!」
「うーん、なんか早いけど、そうなんじゃない?」
「適当な……あそこでいいんだな! だったらもっと飛ばして――」
「違いますよ」「うわああああああ」
突如、ライダーのヘルメットの眼前に『顔』が現れた。
その女性は、高速で走るバイクの速度に合わせ、中空に『逆さま』で浮遊しながら並走しているのだ。
透明なガラスの球体――宇宙服のヘルメットのようなドームに頭部が覆われている。だが、その中の美貌は隠せていない。
硝子越しに見えるのは、腰まで届く長い薄紫の髪。そして、キリッと吊り上がった同色の薄紫の瞳が、バイザー越しにライダーを覗き込んでいる。
彼女の装備もまた、異様だった。白を基調としたボディスーツに、直線的な水色のラインが走っている。
宇宙服を思わせる意匠だが、二の腕や太腿は大胆に露出しており、無機質さと生々しさが混在していた。
胸元に取り付けられた四角い装置は、赤や黄色のランプをせわしなく明滅させている。
背中のバックパックからは生命維持用らしきホースがヘルメットへ繋がり、さらに左右へ伸びた菱形のパネルが、太陽光を反射して機械の翼のように煌めいていた。重力に逆らい、腰から足先まで伸びる長いマントが、風に煽られバタバタと激しい音を立てる。
重力も、空気抵抗もあべこべなその姿。
驚いてバランスを崩しそうになるライダーに対し、女性は表情ひとつ崩さず、ふうと息を吐くと、ライダーの眼前から消え。
次の瞬間にはライダーの頭の上に乗っていた。
女性はガラス越しでくぐもってはいるものの、どう言う原理か、よく通る声で男たちに告げる。
「お城がある街はもっと遠くにありました。あの街は違うようですね」
「おい」
「あらら、本当? そういうことらしいよ、引き続きよろしく〜」
さも当然のように後ろから指示してくる男と、重さこそないが勝手に頭の上に乗っている女性に、ライダーは青筋を浮かべた。
「いいかげん降りろお前ら。女はまずなんで頭に乗れるんだよ」
「今は『宇宙シリーズ』なので」
「……その先を言えよ。なんで通じると思ったんだよ」
「深く説明してもわからないかと思いまして」
「俺がバカだって言いてえのか?」
足元でライダーがキャンキャンと噛み付いているが、女性は涼しい顔をして遠くを見ていた。
後ろに乗っている男はそんな彼女を見上げ、癖のある茶髪をかき上げながら言った。
「若いから元気があっていいねぇ。おじさんはこの歳になると、どうも勢いに欠けるから、そんな言い合いはできないね」
「……自分で『おじさん』とか言うの、渋くてカッコいいと思ってそうで引きます。あとそのヒゲ、似合ってませんよ」
「おぅ上等だ、かかってこい」
男は大袈裟に喧嘩を買ってあげるも、女性は見向きもしないため、後方へ視線を戻した。
似合ってないと言われた髭を気にしつつ、彼は語り出した。
「街着いたら、お前たちは自由にしてていい」
「またかよ」「指示を出す立場には向いてないのでは?」
「……手厳しいね」
二人からの批判にホロリと涙を落としつつ、男は続けた。
「今回はそんなに大仕事じゃ無いんだよ。今日明日くらいに良いスキルが手に入るって話だったから、それを取りに行くだけだからね」
「転生者に会うので、『神のスキル』を狙っているのかと思いましたが、怖気付きましたか?」
「一言多いね、さっきから……まだ目を付けられるには、時期尚早ってだけだ」
男はその黒い目で遠くを見た。
「そうですか。でしたらお言葉に甘えて、自由にさせていただきます」
「どうせ俺は門前払いだろうし、街の外で走ってるかな」
ライダーはそう言うと、バイクのモニターに触れた。
ソナーのような波紋が画面に広がると、二つの赤い輝点が検出された。 一つは現在地のすぐ近く。もう一つは、画面の端――遥か遠くだ。
ライダーは二つ目の点に触れ、目的地に設定すると表示された予想時間に溜息をついた。
ただ走るのも悪くはないが、雑談でもしてやるかと口を開いた。
「なぁ、そのスキルってのはどんなやつなんだ」
「確か『全魔掌握』とか言ってたかな……」




