第15話/123話 簒奪の宴
「ここであの子に今すぐ謝れ。そして、死ね」
銀色に煌めく短剣が、雄矢の喉元から赤を引いていた。
雄矢は目を細めながら、それでも口元を歪ませていた。
クリスは雄矢の背後から、的確に喉元を突いている。力を込めれば、簡単に喉元を裂かれる。
そんな命がかかっている瞬間だというのに余裕を見せる雄矢に、グレンは背筋を冷たいものが這い上がってくるのを感じた。
「あの子? 誰だっけ」
「とぼけるな」
「っ……いってぇな」
クリスが短剣を少しひねる。
彼女は本気だということが伝わったのだろう、雄矢は少しずつ両手を挙げた。
その隙にグレンは王と、隣にいた王妃をそっと自分の後ろへ避難させた。
その間、クリスは手を緩めることなく、ゆっくり口を開いた。
「よくも長い間、ままごとに付き合わせてくれたな。何が勇者一行だ」
「長い間? 数百歳のくせに半年ちょっとくらいのことで、そんなにピリピリすんなよ」
手は挙げているが、余裕は崩さず、雄矢はむしろクリスを刺激した。
「そんな言葉はいい。あの子に、アリスに謝れと言っているんだ……!」
「あーアリスね。はいはい」
雄矢が「いたなそんなやつ」とでも言いたげな顔をしているのを、グレンは見逃せなかった。
この男は本当に鈴木雄矢なのだろうか。
今日の謁見の間で見せた演説と、先ほどから見せているこの様子の違いに、別の人間が成り代わっているのではと疑った。
「……なんでアリスを殺した。なんであの子が死ななきゃならなかった!」
『殺した』という言葉に、グレンは驚いた。
話ぶりから、雄矢がアリスを殺したということに聞こえる。
グレンは不思議に思った。昨日聞いた話と全く違うからだ。
「なんでだろーな?」
「お前……お前はこの状況がわかっていないのか?」
強く短剣が押し込まれる。
クリスが空いている方の手で雄矢の顎を掴み、短剣が刺しやすいよう、首を傾けさせた。
「くっぁ……なぁ、死んじゃうだろ。やめてくれよ」
「どの口が。アリスだって死にたくはなかったはずだ」
「やめてなんて言われなかったけどな」
「無抵抗のアリスの首を絞めたのはお前だろ!」
なんの会話をしているのか、グレンにはわからなかった。
王も、王妃も同じようで、口を挟むことはできなかった。
グレンはレヴィの方を見るが、彼女は雄矢の方をじっと見つめていて、説明を貰うことは叶わなそうだ。
「……あの子は最後なんて言っていた」
「……ぷっ」
噴き出し、そのまま「アハハハッ」と、雄矢が笑い出した。
「何がおかしい」
「謝って欲しいだの、なんで死んだのだの、最後の言葉を聞かせろだの。どんどん要求が増えてて面白くて」
「お前……」
未だへらへらしている雄矢に対し、クリスの目に殺意が灯る。
「もういい、望み通りに!」
「待ってクリス!」
口を挟まないでいたレヴィがようやく言葉を発した。
「まだ真実がわかってないの。殺すのは待って」
「黙れ」
冷静にさとすレヴィに対し、クリスは聞き入れる耳を持たない様子だった。振り向くことさえしない。
「お願い、私たちが魔王と戦った事実も、昨日までの記憶がないのも、まだ憶測に過ぎないんだから」
「どうでもいい、こいつが私たちを操っていた。それで終わりだ」
「本当にそうかはわからないでしょ。まだ魔王が生きてて私たちが幻覚を見せられてるとか」
「黙れと言っている!」
クリスは振り返ることなく、背後へ立つレヴィを制した。
それはレヴィに向けられた明確な拒絶だった。
「止めるつもりはない」
言葉だけでは止められないと感じたのか、レヴィはクリスの肩に手を置いて、短剣を押し込もうとするのを止めさせた。
「お願いだから待って、クリス。幻覚とか、そういった魔法を受けている可能性だって」
「お前がどうしてもと言うから、街中の魔法使いだの治癒師だのの検査を受けた。私たちは正常だっただろうが!」
「そう、だけど。その……雄矢が、おかしくなってるのかも」
「それも、ここに来るまで何度も聞いた。今この状況が答えだ!」
レヴィは言葉を探していた。
クリスを刺激せず、止めるための言葉を。
「でも……違うはずなの、本当に最初はこんな奴じゃ」
「いいかげん黙れ。元はと言えばお前がこいつに魔法を教えたんだ。だからこんな事態になったんだ。これは……お前のせいでもあるんだぞ」
レヴィの体が震えるのを、グレンは見た。さらには、いつも余裕そうにしている彼女が、珍しく悲痛な面持ちもしているのも。
「お前の言葉は信用しない」
「でも……」
それ以上の言葉はなかった。
一瞬の沈黙が訪れる。
このまま沈黙が続いていれば雄矢はクリスに殺されるのは明らかだった。
それを危惧してか、沈黙を破ったのは王スカーレットだ。
「クリス殿。これは一体どういうことなんだ」
「……お前たちも、お前たちだ」
クリスが横目で王たちを睨んだ。
「昨日は遺体のない葬式を挙げたようだな。このクズ勇者様のお願いで。遺体は魔物に食われて死んだから無い? よくもそんなことを信じられたな。お前ら揃いも揃って違和感も覚えないとはな」
グレンは昨日のことを思い出す。
確かに、帰還した勇者の第一声は『歓迎ではなく、まずアリスの葬式を挙げてほしい』とのことだった。
違和感は覚えなかった。グラディアには『道中でアリスが魔物に襲われて死んだ』という連絡だけは受けていたからだ。だから、きちんと弔いができなかったのを後悔しているという雄矢の言葉を疑うことはなかった。
急ぎその日中に式場を準備し、葬式を行なった。
だから今日、勇者の栄誉を讃えるためにこの会が開かれたのだ。
しかし――。
グレンは引っかかるものがあり、意見した。
「どう言う意味だ。あの場にはクリス、君もいただろう。レヴィも。君たちは何も言わなかった。その姿を僕らは見ているんだぞ」
そう。
あの時、葬式を挙げて欲しいと言った雄矢の後ろにはクリスとレヴィは二人ともいたのだ。
何か意見することがあるなら、昨日言っていたはずだ。
「アリスはこいつに殺された。それ以外言うことはない。知りたければそこの女に聞け」
クリスは聞く耳持たず、といった風だ。
グレンは未だ全貌を理解ができず、頭を悩ませた。
雄矢がアリスを殺したのなら、なぜ一緒に旅をしてきたのか。
アリスが死んだと国へ連絡してきた時に、なぜ真実を伝えなかったのか。
構わず、グレンはクリスに問いかけた。
「だって葬儀には君も参列していたじゃないか。レヴィだって……」
そこで、グレンはハッとして言葉を飲み込んだ。
「レヴィ、昨日僕が話しかけたことは覚えているのか?」
グレンは昨日の葬式の最中、レヴィの表情が重く、どこか静かすぎると違和感を覚え、話しかけたのだ。
あの時は『なんでもない』と言って帰って行ったが、妙にそこが引っかかっていた。
「……覚えてない」
「……じゃあ昨日のあれは誰だったんだ」
レヴィは息を吸って、答えた。
「私だと……思う」
重い口調のままレヴィは続けた。
「私とクリスは、アリスが殺されたあの日の夜から、昨日までの記憶が一切無い」
グレンは耳を疑った。
「ま、待て。レヴィ、君は、君たちは魔王を倒す旅の途中、王国に便りを寄越していたじゃないか。問題なく進んでいるとか、道ゆく途中で問題を解決しただとか。僕だって気になっていつも確認していたんだ。間違いなく君の字だったぞ。あれは嘘だったのか」
「意味わからないでしょ。でも今日、目覚めてから色々調べた、体も検査して、日付を調べて。その途中でクリスと会ったから整合もとった。街にも、私達と前に会っ立って言う人がいたから、話を詳しく聞いた」
「その結果」と、レヴィは一度息を呑んでから言う。
「私たちはその記憶がない期間。間違いなく雄矢とともに旅をしていた。多分、雄矢に操られたまま」
グレンは殴られたような衝撃を受けた。
そんなことがあるはずがない。なんのために。
「どうなの、雄矢」
レヴィは、クリスの背中越しに聞いた。
答えはすぐに返ってきた。
「大正解」
雄矢は笑っていた。
未だ短剣が突き立てられているというのに。
「お前らに普通に振る舞うように命令したんだよ。もちろんアリスの件は気にしないように。こっちの女はたまにアリスのことを思い出すから、何度か命令し直すのが面倒だった」
「なんで……そんなことを」
「道案内が必要だろ。それに万が一って時の保険。いやこれが大正解でさぁ。あの〜寒いとこ。北の……なんだっけ。あそこでレヴィがいなかったらちょっと危なかったよ」
レヴィは自分の手が震えていることに気づいた。
問いただした時、予想くらいはしていた。
しかし、実際に事実として突きつけられ、受け止めきれず、それは震えとして現れていた。
「私は……そんなの知らない」
「そりゃそうだ。お前らにはこう命令した。『勇者一行として俺の望む通りに振る舞え。ただしその間の記憶は失え』ってな」
レヴィは驚愕した。
「できるはずがない! 催眠魔法は動きを強制するだけ。記憶を弄るなんて不可能よ! できるとしても……そんな使い方、私は教えていない!」
「おお〜? 教えてないから、私は責任取りませんってか」
「――っ!」
未だ煽る姿勢をやめない雄矢にレヴィは言葉が出なかった。
その隙を見てか、雄矢は語り続ける。
「あとは、英雄凱旋って時に、勇者が一人だけで戻ってくるのはちょぉーっと不自然だろ? それよりは、一人失ったけど、残りの皆で目的を果たしてきたって方がドラマがあるだろ? 仲間の死を乗り越えてきた感があって」
何を言っているんだと、グレンは思った。
雄矢は命を軽く見ている。物語を構成する部品程度と捉えている。
王が見抜いた彼の本性は間違っていなかった。
グレンは王子としてさまざまな人間と関わってきたが、今の雄矢は誰よりも異質に映った。
「結果は見事、国中の皆で拍手喝采。いやー最高だったね。勇者でしか味わえない体験だったわ」
その場の誰もが、何も言えなかった。
昨日、勇者の凱旋を国中が歓迎した。
だがあの風景を体験程度と捉えている。
ままごとと評したクリスの言葉は間違いないようだった。
雄矢は気持ちよさそうに語り続ける。
「葬式も挙げてって言ったら涙ながらにOKしてくれて、正直笑っちまったよ。あ、ちなみにパフォーマンスだから。勇者が道中で亡くなった奴のために「歓迎はいいので葬儀やってください」って言ったら、好感度高いだろ?」
「ふざけんな……」
レヴィの一言が、雄矢の饒舌な語りを無理やり断ち切った。
レヴィが怒っている。グレンはそう思った。
しかし、彼女の顔は冷静そのものだった。
それをグレンが見た時、彼女はそっと何かを手渡してきた。
「じゃあ今、本性を表したのは何? 散々、英雄像を見せておいて」
語りながら渡してきたのは大きさがバラバラな小瓶四つ。
中には一口で簡単に飲み込める程度の液体が入っていた。
レヴィの目を見た。その目は真っ直ぐにグレンの目を捉えている。
受け取れと、そういう事らしい。
「このまま英雄プレーでも良かったけど、『全魔掌握』の方が魅力的だろ。考えてみろよ、全ての魔法が見ただけで使えるなんて、俺の『無限魔力』と親和性ありすぎだろ?」
雄矢がペラペラと語る背後で、静かに事が進められていた。
小瓶を渡したレヴィが、顎を少し上げた。
飲めということだと、グレンはすぐに理解した。
小瓶が四本あるのは、他三人の為だということも察した。
「それで王様を脅したんだ」
「そっちのが手っ取り早いだろ」
「それで刺されそうになってるの、笑えるわね」
レヴィは雄矢と話し続けていた。
時間を稼いでいてくれている。
王と王妃はまだ雄矢の視界に入っていそうだったから、グレンは背中に手を回し、もっと背後に回るよう指示した。
そして片方の手で、小瓶を分けた。
グレンが先行してそれを口にする。
皆もグレンが飲むのを見たのか、小瓶を開ける音が静かに聞こえた。
レヴィが話しているおかげで、雄矢には聞こえていないだろう。
「透明になれる魔道具だっけ? それを使ってくるなんて思わなかったわ。俺が作らせたから、記憶にねぇはずだろ?」
「それは」と言いながらレヴィがグレンに目配せしてきた。
小瓶の受け渡しは完了したと、グレンは頷いた。
レヴィが視線を雄矢に戻した。
「まあいいわ。どうでもいい。というか、いい加減観念しなさい。この状況でよくそんなへらへらしてられるわね」
「なんだ急に。まさか、俺を止められるとでも思ってんのか?」
「舐めんなよ、モブ共」低い声で雄矢が言った。
彼は依然としてクリスに固められている。
動けるはずがない。
だが、得体の知れないものを感じ、グレンは息を呑んだ。
「切り抜けられるつもり?」
「カスが。こっちのセリフだろ。この程度で勝った気になってんのか?」
グレンはそこで気づいた。
なぜ今まで気づかなかったのか。
いつからかクリスが一言も発しないどころか、動くことすらしていない。
グレンはすぐに思い出す、雄矢は他人を操る事ができる。
「レヴィ、まずい! クリスが」
「今更気づいたって遅ぇよ!」
クリスの腕を簡単に跳ね除け、雄矢はグレンたちがいる方を睨んだ。
「クソエルフ! こいつらを殺せ!」
雄矢が勝ち誇った顔で叫ぶと同時に、グレンは即座に剣を抜いた。
しかし――。
「おい、なんで動かねぇ」
クリスは雄矢に腕を跳ね除けられた状態で動かない。
動かないまま雄矢を睨み続けていた。
「なんだ……?」
「舐めてんのはアンタの方」
眉をひそめる雄矢に、レヴィが告げる。
「私が何の対策もしてないと思った?」
「喋んな、だったらお前を……」
雄矢が右手をレヴィに向けるが、何かを感じたのか目を剥く。
「繋がらねぇ……?!」
「でしょうね。全員が全員あんたの足りない頭で予想できるほど単純に動いてないのよ」
ダンッ!と床を強く踏みつけ、レヴィは言い放つ。
「王宮魔法使い舐めんな!」
「ちっ」と雄矢は軽く舌打ちし、レヴィを睨む。
「飲んでたのはそういう薬か、クソが」
「グレン、あんたならその距離、問題ないわね」
「……ああ、問題ない」
一瞬のうちに形勢が入れ替わっていた。
レヴィに声をかけられ、グレンは気持ちを切り替え、剣を握る手に力を込める。
魔法使いが魔法を撃つとき、わずかに手に力が籠る。その動きをグレンは絶対に見逃さない。
雄矢との距離は1歩半、問題なく切り伏せられる。
「なんで、液体飲んだくらいで魔法が効かなくなんだよ?」
「催眠魔法は相手の体内に魔力を流し込んで、無理に主導権を奪う魔法」
レヴィがゆっくりと歩き出す。
雄矢を挟んでグレンと向かい合わせになる位置へ。
「私が皆に飲んでもらったのは、魔力の排出と吸収を活性化させる薬」
雄矢はグレンに睨まれているため、動く事ができないようだ。
「人間は空気中にある魔力を吸収し、自分の魔力へ変換する。そうやって魔力を回復させるけど、実は許容量を超えてもその活動を止めない」
「何だそれ」
「そのままだと爆発しちゃうわよね。だから、元々体にある魔力のうち、古いものを排出する機能がある。知らないでしょ。教えてないから」
雄矢はそもそもスキルによって、常に体内から魔力が溢れている。
だから雄矢にはこの仕組みを教える必要がなかった。
「薬によって排出機能を活性化させて、あんたの質の悪い魔力を優先して排出、さらに吸収能力の活性化で、常に自分の魔力を生成して魔力切れも防ぐ」
「わけわからねぇことを」
そこまで言って、雄矢は笑った。
「ハッタリだな。だったら何でクリスは動かない。パスは繋がってる。何か隠してんだろ」
「別に隠してない。クリスはあんたに密着しすぎたから、薬で抑制できる量を超えただけ。まさか動かなくなるだけで済むのは意外だったけど」
レヴィがクリスを宥め続けていたのはこれが理由だった。
事前に薬は飲ませていたが、催眠を防ぎ切れる保証がなかったからだ。
レヴィが淡々と答える様を見てか、雄矢は口を閉ざした。
「……で、負けを認めたら?」
「誰が。この距離ならクリスを丸焼きにできるぜ」
「やってみなよ、その前にグレンがあんたを切る」
チャキと、グレンはあえて剣を鳴らした。
雄矢の呼吸が一瞬止まる。
やがてゆっくりと、気持ちを落ち着かせるように呼吸を再開した。
「……」
「観念した?」
グレンは追い詰めたと思った。
だが、雄矢は口元を歪めたのを見て、すぐにその思考を捨てた。
「するわけねぇだろ」
背後で足音が響き出した。
誰かが走っている。
一人ではなく。大勢だ。
しかし、グレンは雄矢から目を離さない。
何が来ているのかは予想していた。その上で雄矢から目を離してはいけないと判断した。
視界の端で、向こうの騎士団たちが剣を抜いて走ってくる姿が目に入った。
皆、同様に驚愕と恐怖の色を浮かべている。
操られているのだ。
「グレン、そのままでいい」
グレンが切ろうとしたのを見てか、レヴィが止める。
「何言ってる! このままじゃ」
「『防御魔法』」
レヴィの詠唱と共に、半球状の半透明な壁が一体を包んだ。
走ってきた騎士や、貴族達は皆その壁にぶつかり、それ以上前に進んでこない。
「複数人操れるのは予想外だったけど、こういうことをしてくるのは想定内」
「嘘教えたのかよ先生。『防御魔法』のサイズは自分を守る程度じゃなかったか!?」
「こんなの応用の範疇。早く観念しなよ」
そう言ってレヴィは後ろから金属音を鳴らしながら、鎖で繋がった二つの腕輪を取り出した。
「これ、魔法を使えなくする腕輪。これもあんたと旅してた時に作ったぽいわね。部屋にいつの間にか落ちてた。意味はわかるわよね」
「……ワンピースかよ」
「腕輪だけど」
レヴィは腕輪を雄矢に差し出す。
「あんたは詰んでんの。諦めなさい」
黄色の瞳が雄矢を睨むが、彼は「クククッ」と静かに笑い出した。
「あーうぜ。うぜぇなぁ。うざすぎる」
雄矢は頭だけ動かして天井を見上げた。
その行動全てに注視し、グレンは緊張を解かない。
「何が詰みだ。そういうのは全部潰してから言えよ」
グレンはごくりと喉を鳴らした。
まだ何かあるのか。
きっと操っている人たちを自害させることすら躊躇わないだろう。
だが、グレンならば視界内の人間がそういった行動に出るか、レヴィの合図があればすぐに雄矢を切り伏せられる。
レヴィがゆっくりと雄矢に近づく。
右手には腕輪を、左手は魔法を使うため、雄矢の方へ向いている。
あと三歩。
二歩。
その時だった――グレンの背後からボタボタっと液体が落ちる音がしたのは。
瞬間、レヴィがの自分の背後を見て驚くのを、グレンは見逃さなかった。
「グレン!」レヴィの叫びを聞くまでもなく、グレンは剣を抜いていた。
「くそっ……!」
グレンは苦虫を噛み潰したように、顔を歪めた。
剣の軌跡は雄矢に到達する前に停止していた。
刃の少し先に、王妃の体があった。
グレンの前に立ち塞がるように、前に出てきていた。
剣を止める以外に選択肢はなかった。
「グレン、ごめんね……」
王妃が青い顔をしながらグレンを見ていた。
口の端から液体が流れていた。
薬を飲んでいなかった。
ただ、口には含んでいたのだろう。
グレンは予想する。飲む直前に、催眠魔法に掛けられていたのだと。
問題はそれが王妃だけではなかったことだ。
グレンを羽交締めにするようにルナが背後から、しがみついていた。
その力はグレンを止めるほどではなかったが、一瞬で遅れたことで、王妃が盾になる隙を生んだ。
「グレン! 止まるな!」
スカーレットが叫ぶ。と同時に王妃の手が引かれた。
彼だけは薬を飲むのが間に合っていたのだ。
王妃がいなくなり、雄矢への道が一直線に開ける。
同時に、雄矢が後方へ跳んでいた。
レヴィは既に魔法を放っていた。
尖った氷の塊を。
着弾の直前に雄矢の口が、開く。
「『風』」




