第7話 失われる仕事、守られる命
不満が、形になって現れたのは翌日だった。
「仕事が、なくなった」
役所の前に集まったのは、十数人。
倉庫管理や輸送補助を請け負っていた者たちだった。
「契約を切られたんだ」
「急すぎる」
「家族がいるんだぞ」
声は荒れていない。
だが、切実だった。
私は執務室の窓から、その様子を見下ろしていた。
予想していた光景。避けられない反応。
「……来たな」
マルセルが、低く呟く。
「ええ」
私は、立ち上がった。
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役所の入口に姿を現すと、視線が一斉に集まった。
敵意、困惑、期待――入り混じった感情。
「あなたが、決めたのか」
一人の男が、前に出た。
年配だが、背筋は伸びている。
「はい」
私は、はっきりと答えた。
「契約を終了させたのは、私です」
ざわめき。
誰かが、唾を飲み込む音が聞こえた。
「理由を、聞かせてくれ」
「必要のない支出だったからです」
容赦のない言葉。
だが、誤魔化しはしない。
「続けていれば、この領地は先に潰れます」
「じゃあ、俺たちはどうなる!」
別の男が、声を荒げた。
「数字の話はいい!
仕事がなきゃ、生きていけない!」
私は、一瞬だけ沈黙した。
(逃げるな)
「……だからこそ」
私は、持っていた紙を広げた。
「代わりの仕事を用意しました」
ざわり、と空気が動く。
「公共倉庫の再整備。
崩れかけた施設の補修と整理。
賃金は、これまでと同等。期間は三ヶ月」
「……本当か?」
「帳簿上、可能です」
私は、はっきりと言い切った。
「ただし」
視線を巡らせる。
「無期限ではありません。
これは、つなぎです」
不満そうな顔。
だが、誰も否定しなかった。
「仕事を失わせた責任は、私にあります」
その言葉に、役人たちが息を呑む。
「だから、結果で返します」
短い沈黙の後。
最初に前に出た男が、ゆっくりと頷いた。
「……分かった」
「だが、覚えておいてくれ」
彼は、私を真っ直ぐ見た。
「俺たちは、数字じゃない」
「承知しています」
私は、目を逸らさなかった。
「だから、数字だけでは終わらせません」
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その夜。
執務室で、私は一人帳簿を見つめていた。
(これで、余裕はほぼ消えた)
公共事業は、短期的には負担だ。
だが、何もしなければ――もっと大きな負担になる。
「……冷たいと思われてもいい」
小さく呟く。
だが、今日の選択を、後悔はしていなかった。
扉がノックされる。
「入っているか」
エドガー辺境伯だった。
「聞いた」
短く、それだけ言う。
「反発は?」
「あるでしょう」
私は正直に答えた。
「それでも、必要なことです」
彼は、少し考え込み――頷いた。
「覚悟は、決まっているようだな」
「途中で止めれば、もっと傷が広がります」
「……そうだな」
彼は、苦笑した。
「領主としては、耳の痛い話ばかりだ」
「それでも、聞いてくださっています」
「逃げるわけにはいかないからな」
その言葉に、私は小さく息を吐いた。
(この人がいるなら――)
まだ、踏みとどまれる。
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帳簿を閉じる。
(数字は、人を救わない)
でも。
(数字がなければ、人は守れない)
私は、新しいページを開いた。
次に切るのは、制度そのもの。
契約ではない。
もっと根深い部分だ。
外では、夜風が街を撫でていた。
失われた仕事と、守られた命。
その両方を抱えたまま、
グラウフェルトは、ゆっくりと前に進み始めていた。




