第34話 国家より強いもの
比較は、残酷だ。
「……これが、今期の集計です」
ユーリが差し出した資料には、二つの列が並んでいる。
一つは、王都発表の関税・通行税収入。
もう一つは、信用圏内の取引総額。
私は、無言で目を通した。
(並んだか)
数字は、ほぼ同等。
そして、成長率は――こちらが上回っている。
「……偶然でしょうか」
ユーリが、声を抑えて言う。
「いいえ」
私は、首を横に振る。
「必然です」
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「王都の収入は、通過に依存している」
フェリクス・ノートンが、資料を見ながら言う。
「通れば取れる。通らなければ取れない」
「信用圏は?」
ユーリが問う。
「参加すれば増える」
フェリクスは、静かに答えた。
「参加しなくても、減らない」
違いは、そこにある。
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イザベル・ノックスが、補足する。
「国家は、強制で成り立つ」
「信用圏は、選択で成り立つ」
「強制は、短期的に強い」
私が続ける。
「選択は、長期的に強い」
資料を閉じる。
もう、数字は十分だった。
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王都。
「……同等、だと?」
ギルバートは、独自に集めさせた情報を睨んでいた。
「非公式推計ですが、
信用証書流通総額は、王都関税収入に匹敵します」
「あり得ない」
「あり得ています」
マレクが、淡々と答える。
「しかも、成長率は向こうが上です」
沈黙。
「軍を動かせば――」
「理由はありません」
同じやり取りが、繰り返される。
違反はない。
反乱もない。
ただ、通らないだけだ。
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王城。
「父上に、報告を?」
アルベルトの声は硬い。
「……まだ早い」
側近が、慎重に言う。
「数字は流動的です」
だが、アルベルトは資料を閉じなかった。
(王都が、中心ではない?)
その発想自体が、王族にとっては異常だった。
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辺境伯領。
私は、窓の外を見ていた。
街は、いつも通りだ。
歓声もない。
凱旋もない。
「……勝ったのですか」
ユーリが、小さく尋ねる。
私は、首を横に振った。
「勝敗の話ではありません」
「では」
「単位が、変わっただけです」
王都という単位。
国家という単位。
それより小さく、そして強い単位が生まれた。
「国家より強いものは、何だと思いますか」
私は、ユーリに問いかける。
彼は、少し考えてから答えた。
「……信用、でしょうか」
「ええ」
私は、頷いた。
「国家は、信用を前提に存在します」
「信用は、国家を前提にしません」
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夜。
帳簿を閉じる。
数字は、静かだ。
だが、その意味は大きい。
王都はまだ存在する。
だが、必須ではない。
それが、今日確定した。
誰も宣言しない。
誰も祝わない。
だが、世界の中心は――
もう、移っていた。




