第23話 信用は、貨幣になる
最初に届いたのは、金ではなかった。
「……紹介状、ですか?」
ユーリが、少し不思議そうに封を差し出す。
厚手の紙。簡潔な文面。だが、署名は重い。
「金融商会連合代表
イザベル・ノックス」
その名を見た瞬間、空気が変わった。
「……王都の外で、最大級の連合です」
ユーリの声が、わずかに硬くなる。
「ええ」
私は、静かに頷いた。
(ついに、来た)
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イザベル・ノックスは、数日後に現れた。
派手さはない。
だが、立ち居振る舞いに無駄が一切ない。
「初めまして、レティシア様」
年齢は分からない。
声も表情も、感情を表に出さない。
「あなたの領地は、“珍しい”」
挨拶代わりに、そう言った。
「珍しい、とは?」
「国家信用に依存せず、
商業信用だけで回り始めている」
私は、否定しなかった。
「結果です」
「ええ」
イザベルは、小さく頷く。
「だから、確認に来ました」
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応接室での会話は、淡々としていた。
「あなたの領地では、支払い遅延がありませんね」
「はい」
「理由は?」
「約束を守るからです」
「単純ですね」
「再現可能です」
イザベルの目が、わずかに細くなる。
「……なら、試せます」
彼女は、書類を一枚取り出した。
「信用証書の発行」
ユーリが、息を呑む。
「通貨ではありません」
「兌換も、強制しません」
「ただ、“この領地が約束を守る”という証明です」
私は、書類を受け取る。
(貨幣ではない。だが――)
「流通は?」
「商人同士の任意です」
「王都は、認めません」
「でしょうね」
イザベルは、淡々と答える。
「ですが、必要ありません」
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その夜。
フェリクス・ノートンが、別件で顔を出した。
「噂は、早いですね」
「商人ですから」
イザベルが、視線を向ける。
「信用証書、興味は?」
フェリクスは、少し考え――
即答した。
「小口なら」
「慎重ですね」
「だから、生き残っています」
二人の会話は、噛み合っていた。
私は、その様子を黙って見ていた。
(国家を介さない信用)
それは、王都が最も嫌うものだ。
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翌日。
最初の信用証書が、発行された。
額面は小さい。
だが、意味は大きい。
「……これが、貨幣になるのですか」
ユーリが、静かに尋ねる。
「いいえ」
私は、首を横に振る。
「これは、信用です」
「貨幣は、後から付いてきます」
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夜。
執務室で、一人考える。
(国では、足りない)
王都の枠組みでは、この流れは止められる。
だが――
(“圏”なら、届かない)
私は、新しい地図を広げた。
「……信用圏」
そこには、国境線はない。
あるのは、約束を守るかどうか。
窓の外、街の灯りは変わらない。
だが、世界は確実に広がっていた。
信用は、貨幣になる。
だがそれは、最後の姿にすぎない。
本当の価値は――
**選ばれること**だ。
その事実に、王都が気づく頃には、
もう手遅れになっているだろう。




