第22話 残る者、去る者
別れは、いつも静かだ。
「……配置換えの件ですが」
朝の執務室。
ユーリが、控えめに書類を差し出した。
「三名が、現場管理への異動を希望しています」
「制度担当から外れたい、と」
私は、書類に目を落とす。
(理由は、分かっている)
能力が足りないのではない。
忠誠がないのでもない。
――理解が、追いつかなかっただけだ。
「承認します」
即答だった。
ユーリは、少しだけ安堵した表情を浮かべる。
「引き止めなくて、いいのですか」
「引き止める理由がありません」
私は、そう答えた。
「制度は、居場所を奪うものではない」
「向いている場所を、はっきりさせるだけです」
---
その日の午後。
役所の空気は、妙に落ち着いていた。
誰かが怒鳴ることもない。
不満を訴える声もない。
ただ、席が変わり、役割が変わり、
決裁に上がる書類の量が――減っている。
「……判断が、早い」
マルセルが、ぽつりと呟いた。
「人が減ったからではありません」
私は、訂正する。
「迷う人が、減りました」
---
夕方。
異動を希望した一人が、挨拶に来た。
「……恨みは、ありません」
年配の役人は、そう言って頭を下げた。
「正直、ついていけませんでした」
「だが……分かりやすくは、なりました」
「それで十分です」
私は、立ち上がらずに答える。
「現場での判断は、あなたの経験が生きます」
彼は、少し驚いたように目を瞬かせ――
それから、深く一礼した。
「……ありがとうございました」
去る背中は、軽くはない。
だが、引きずってもいない。
---
夜。
エドガー辺境伯と、短い打ち合わせ。
「組織が、固まったな」
「ええ」
私は、頷く。
「残る人間が、自然に決まりました」
「粛清ではないのが、いい」
「選択です」
私は、そう答えた。
「残るか、去るか」
「制度は、判断しません」
「人が、判断します」
エドガーは、静かに息を吐いた。
「……強いな」
「軽いだけです」
---
執務室に戻り、帳簿を閉じる。
(ここまで来た)
制度を理解し、運用できる人間。
説明でき、修正でき、責任を取れる人間。
多くはない。
だが、十分だ。
窓の外、街は変わらない。
劇的な繁栄も、歓声もない。
それでも。
(壊れない)
それが、何よりの成果だった。
去った者たちは、どこかで働くだろう。
残った者たちは、ここで決める。
私は、新しい紙に一行だけ書いた。
「――制度運用体制、確定」
残る者、去る者。
その線は、もう揺れない。
そしてこの静けさの先に、
次の波が来ることを――
私は、まだ知らないふりをしていた。




