第21話 歪められた報告書
報告書は、静かに歪んだ。
王都、財務省。
重厚な机の上に積まれた書類の中に、辺境伯領グラウフェルトに関するものがあった。
「……違反は、確認されていないな」
若い官吏が、戸惑いながら言う。
「帳簿は整合性があり、支払い遅延もなし。
制度は独自ですが、現行法には――」
「そこまででいい」
財務大臣ギルバート・ヴァイスが、低く遮った。
「“独自”だ」
その一語に、意味が込められる。
「中央の監督を受けず、独自に制度を運用している。
それは、問題だろう?」
官吏は、言葉を失った。
「……違反では、ありません」
「だから、“違反”とは書かない」
ギルバートは、ペンを取る。
「“王権を軽視する恐れあり”」
「“前例なき運用により、統制に支障”」
一文一文が、慎重に選ばれていく。
嘘は書かない。
だが、真実も書かない。
「……それは」
「政治だ」
ギルバートは、即答した。
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同じ頃。
王城の一室では、別の会話が交わされていた。
「辺境が、危険だそうだ」
王太子アルベルトは、報告書を流し読みしながら言った。
「危険?」
隣でセシリアが、不安そうに眉を寄せる。
「財務省の判断だ。
独自の制度で、中央の命令を無視しているらしい」
セシリアは、胸に手を当てる。
「……それは、放っておけませんね」
「そうだ」
アルベルトは、頷いた。
「秩序を守らねばならない」
その言葉に、疑いはなかった。
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数日後。
辺境伯領に、一通の通達が届く。
【財務運用に関する是正勧告】
【王室監督下での再整理を要請】
私は、その文面を一読し、机に置いた。
「……来ましたね」
ユーリが、緊張した声で言う。
「はい」
私は、落ち着いて答えた。
「予想より、少し早いですが」
「従わなければ……」
「違反ではありません」
私は、即答する。
「ですが、“従わない”という事実は、使われます」
沈黙。
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夕方。
エドガー辺境伯との協議。
「……面倒な書き方だ」
「ええ」
私は、頷いた。
「数字で否定できない相手は、言葉を使います」
「どうする?」
「正式な反論は、しません」
エドガーが、目を細める。
「……何もしない?」
「いえ」
私は、訂正した。
「“続けます”」
それだけだ。
「是正勧告は、法的拘束力がありません」
「従う理由も、従わない理由もない」
「だが、政治的には……」
「圧は、強まります」
私は、否定しなかった。
「だからこそ、制度を止めません」
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夜。
執務室で、一人帳簿を閉じる。
(敵は、制度そのものを恐れている)
数字ではない。
人でもない。
(“中央が不要になる可能性”を)
私は、新しい紙を取り出す。
「……報告制度、二重化」
中央に見せる顔と、現場で動く制度。
同じ数字、違う文脈。
(政治は、言葉で歪む)
ならば、こちらも言葉を選ぶ。
嘘はつかない。
だが、全ては見せない。
窓の外、街の灯りは変わらない。
だが、王都では――
この小さな辺境を、
“制御不能な異物”として認識し始めていた。
それが、次の衝突の始まりだった。
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