第2話 追放先は、数字の墓場
王都からの追放は、形式的には「左遷」という言葉で飾られていた。
だが実態は、明確な隔離だった。
「辺境伯領・グラウフェルト。旧鉱山都市への配属が正式に決まりました」
淡々と告げるのは、王室書記官だった。
私の私室だった部屋には、すでに何もない。調度品は没収され、書類棚は空だ。
「質問は?」
そう言われて、私は一瞬だけ考える。
「……予算は?」
書記官は、露骨に怪訝な顔をした。
「左遷者に与えられる裁量はありません。最低限の生活費のみです。領政には関与しない前提で――」
「分かりました」
私はそれ以上、何も聞かなかった。
聞いたところで、答えは返ってこない。
地図を受け取り、一人になった室内でそれを広げる。
グラウフェルト辺境伯領。王都から馬車で十日以上。山に囲まれ、かつては鉱石で栄えた土地。
……かつては。
(税収は減少。物流は死んでる。維持費だけが残ってる)
数字が、頭の中で自然に並ぶ。
(でも、完全に詰んではいない)
その瞬間、ほんのわずかに――興味が湧いた。
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辺境へ向かう馬車は、驚くほど質素だった。
護衛も最低限。形式だけの随行。
私は窓の外を眺めながら、王都を離れていく。
不思議と、未練はなかった。
(感情で回っている組織は、必ず崩れる)
今回の断罪で、それが確定しただけだ。
途中、簡易宿で一泊した夜。
同じ追放組と思しき男が、食堂で声をかけてきた。
「……あんたも、王都を追い出された口か?」
灰色の髪、疲れ切った目。
官僚だと、すぐに分かった。
「ええ」
「俺はマルセル・クロウ。元会計官だ。あんた……ヴァンローゼ公爵家の」
「レティシアです」
彼は苦笑した。
「やっぱりか。帳簿を分かる人間から消えていく。分かりやすい国だ」
私は否定しなかった。
「グラウフェルト行きだそうだな。……地獄だぞ」
「帳簿は、ありますか?」
唐突な質問に、マルセルは目を瞬かせた。
「……あるにはある。だが、誰も見てない」
「それで十分です」
彼は、意味が分からないという顔で、私を見た。
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十日後。
馬車は、かつて都市だった場所に到着した。
「……これが?」
荒れた街道。崩れかけた倉庫。
人影はあるが、活気はない。
役所の建物は、紙の山に埋もれていた。
年度不明、項目不明、合計不明。
役人たちは、疲弊しきった顔で私を見る。
「ええと……新しい監査官、ですか?」
「いいえ。追放者です」
一瞬、空気が止まる。
私は構わず、机の上の帳簿を手に取った。
(……なるほど)
赤字ではない。
構造が、死んでいる。
「この街は」
私は、初めてここで言葉にした。
「潰れたのではありません。
“放置され続けた”だけです」
役人たちは、理解できない顔をしている。
それでいい。
私は、帳簿を閉じた。
(まだ、間に合う)
そう確信した瞬間だった。
――王都では、誰もその事実に気づいていなかった。




