第19話 契約が守られない場所
違和感は、報告書の一行から始まった。
「……納品数が、契約より少ない?」
ユーリが、眉をひそめて書類を差し出す。
「はい。王都商人アレク商会です。
品質も、一部が規定未満で……」
私は、報告書に視線を落とした。
(想定内)
王都から来る商人の中には、必ずこういう者が出る。
契約を“交渉材料”だと思っている人間だ。
「確認は?」
「倉庫で現物を。記録も残っています」
「では、手順通りに」
私は、感情を挟まずに言った。
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応接室に呼ばれた商人は、明らかに不機嫌だった。
「多少の誤差でしょう」
彼は、腕を組んで言う。
「王都では、この程度で問題にはなりません」
「ここでは、問題です」
私は、即答した。
「契約書、第三条。
数量と品質が満たされない場合、減額または再納品」
商人は、鼻で笑った。
「融通が利きませんな」
「融通は、契約に書いてありません」
沈黙。
「……こちらにも事情がある」
「承知しています」
私は、淡々と続ける。
「ですが、それは契約外です」
商人の顔が、赤くなる。
「この領地は、王都に逆らうつもりか?」
「契約に従っているだけです」
それ以上でも、それ以下でもない。
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結論は、早かった。
減額。
次回取引の見送り。
理由は、全て文書で残す。
商人は、最後まで納得していなかったが――
選択肢はなかった。
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その様子を、フェリクス・ノートンが静かに見ていた。
「……冷徹ですね」
「公平です」
私は、訂正する。
「冷たいのは、感情を優先することです」
フェリクスは、少し考え込み――
やがて、小さく笑った。
「なるほど」
彼は、楽しそうですらあった。
「ここでは、“約束”が通貨になる」
「ええ」
「王都は?」
「約束が、交渉材料になります」
「……だから、壊れる」
彼は、そう結論づけた。
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夕方。
ユーリが、少し不安そうに言う。
「……反発が、出るのでは」
「出ます」
私は、迷いなく答えた。
「ですが、残るのは守る人間だけです」
「去る人は……」
「去ります」
私は、帳簿を閉じた。
「それでいい」
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夜。
執務室で、一人考える。
(ここは、守られる場所だ)
人ではない。
感情でもない。
守られているのは、契約。
窓の外、街は静かだった。
騒ぎは起きていない。
だが、確実に線は引かれた。
ここは、契約が守られる場所。
守れない者にとっては――
居心地が悪いだけだ。
そして、その“不居心地の悪さ”こそが、
この制度の強さだった。




