第18話 中央の監査官
到着は、事前通告なしだった。
「……王都から、監査官が来ています」
その報告を受けたとき、私は書類から目を上げただけだった。
「人数は?」
「三名です。正式な辞令を持っています」
「通してください」
慌てる必要はない。
予定より早かっただけだ。
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応接室に入ってきたのは、三人。
全員が同じ色の外套を着ている。
「王室財務監査官、ハロルド・ベインです」
先頭に立つ男が名乗った。
年齢は四十代半ば。表情は硬く、視線は机よりも人を見る。
「本日より、辺境伯領の財務処理を確認させていただきます」
「どうぞ」
私は、即答した。
その反応が予想外だったのか、男は一瞬だけ目を細める。
「……拒否はしないのですね」
「合法ですから」
それ以上でも、それ以下でもない。
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監査は、淡々と進んだ。
帳簿を開き、数字を確認し、書式を照合する。
そこまでは、普通だった。
「この形式は、王都の標準ではありません」
ハロルドが、帳簿を指差す。
「承知しています」
私は、落ち着いて答える。
「しかし、法令に違反してはいません」
「記録義務は、満たしています」
彼は、唇を薄く結んだ。
「……数字は、確かに合っています」
不満そうな声。
「だが、“やり方”が気に入りません」
それが、本音だった。
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「質問があります」
私は、逆に問いかけた。
「王都の帳簿では、支払い遅延をどう処理していますか」
「……それは」
ハロルドは、言葉に詰まる。
「慣例に従って、調整します」
「調整、とは?」
「……翌月以降に回す」
「理由は?」
沈黙。
私は、それ以上追及しなかった。
答えは、もう出ている。
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午後。
監査官たちは、役所内を回り、現場を確認した。
「……確かに、混乱はありません」
若い監査官が、戸惑ったように言う。
「それが、不自然だと言っています」
ハロルドが、低く返す。
「地方が、中央より整っているなど――」
その言葉は、途中で止まった。
(言えない)
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夕方。
一通の暫定報告が、机に置かれた。
【重大な違反は確認されず】
【ただし、運用に問題あり】
曖昧な表現。
危険な前兆。
「……どう動くつもりでしょう」
ユーリが、静かに尋ねる。
「圧をかけます」
私は、即答した。
「数字で勝てない時、人は“やり方”を責めます」
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夜。
エドガー辺境伯との短い会話。
「面倒な相手だな」
「ええ」
私は、否定しない。
「彼らは、正しい」
「ただし、“理解していない”」
「違いは?」
「致命的かどうかです」
エドガーは、苦笑した。
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監査官たちは、その夜、王都へ報告書を送った。
「……違反はない。しかし、この制度は危険だ」
何が、危険なのか。
彼自身も、正確には分かっていない。
だが、ひとつだけ本能で理解していた。
(このままでは、中央が不要になる)
それが、恐怖だった。
辺境伯領では、帳簿が静かに閉じられる。
数字は、何も語らない。
だが、中央は――
その沈黙を、最も恐れていた。
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