第16話 商人は制度を嗅ぐ
最初に異変に気づいたのは、役人ではなかった。
「……支払いが、遅れない」
王都から来た商人は、宿の一室で帳簿を睨みながら呟いた。
名をフェリクス・ノートンという。大商会の主であり、噂を嗅ぐ嗅覚には自信があった。
「しかも、理由が明確だ」
支払い条件。
期限。
違約時の対応。
どれも当たり前のことだが、王都では“当たり前ではなくなって久しい”。
「辺境伯領、グラウフェルト……か」
普通なら避ける場所だ。
だが今、彼はそこに“安定”を感じていた。
(危険だが……放っておけない)
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役所を訪れたフェリクスは、簡素な応接室に通された。
豪奢さはない。だが、無駄もない。
「お会いできて光栄です」
そう言いながら、彼は部屋を素早く観察する。
書類の置き方、机の上、役人の動き。
(……整っている)
これだけで、分かることは多い。
「要件は?」
私は、挨拶を省いた。
フェリクスは、口角を上げる。
「噂を、確かめに来ました」
「どの噂ですか」
「金が、約束通りに動く噂です」
率直だ。
嫌いではない。
「事実です」
私は、そう答えた。
「では、取引がしたい」
フェリクスは、即座に言った。
「条件は?」
「契約書に、全て書きます」
「例外は、認めません」
彼は、一瞬だけ目を細めた。
「……王都より、厳しい」
「だから、遅れません」
沈黙。
フェリクスは、しばらく考え――
ゆっくりと頷いた。
「いいでしょう」
だが、彼は一つ付け加える。
「ただし」
私は、視線を上げる。
「この制度、あなたがいなくなっても回りますか?」
鋭い質問だった。
「回ります」
私は、即答した。
「回らない制度は、欠陥です」
フェリクスは、ふっと笑った。
「……面白い」
それは、評価だった。
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契約は、淡々と進んだ。
感情は挟まらない。
数字だけが並ぶ。
「初回は、小口でいきます」
フェリクスは、慎重だ。
「当然です」
私は、異論を唱えなかった。
(この男は、信用を段階で測る)
危険だが、信頼できる。
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契約後。
廊下で、マルセルが小声で言う。
「……ああいう商人は、扱いにくい」
「ええ」
私は頷く。
「ですが、嘘をつきません」
「それが、良いのか?」
「少なくとも、制度とは相性がいい」
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その夜。
フェリクスは、宿で契約書を読み返していた。
(人ではなく、仕組みを見ている)
彼は、確信する。
(この女は、信用を“作っている”)
それは、王都にはなかった感覚だった。
「……ここは、金が増える」
彼は、静かに笑った。
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一方、私は帳簿を閉じながら考える。
(外と、つながり始めた)
これは拡張だ。
同時に、危険でもある。
制度は、内側だけでは保てない。
だが、外とつながれば――
(引き返せなくなる)
私は、新しい欄に線を引いた。
「……外部取引、第一号」
商人は制度を嗅ぐ。
そして一度嗅ぎつけたら、離れない。
それが、次の波の始まりだった。
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