第10話 境界線
変化は、噂から始まった。
「……王都の税、また上がるらしい」
「今度は“臨時”じゃないってさ」
市場の隅で、商人たちが声を潜めて話している。
その会話は、やがて別の話題へと移った。
「それより……グラウフェルトは、どうなんだ?」
「給金、遅れてないらしいぞ」
「契約も、ちゃんと払われるって聞いた」
私は、市場の端からその様子を見ていた。
意図して広めた話ではない。だが、事実は勝手に伝わる。
(境界が、生まれ始めている)
数字の境界。
信用の境界。
そして――生活の境界。
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数日後。
役所に、見慣れない顔が増えた。
「王都から、商人が来ています」
役人が、少し困ったように報告する。
「“様子を見たい”と」
「通してください」
応接室に現れたのは、二人組の商人だった。
服は質がいいが、どこか落ち着かない。
「……辺境伯領が、安定していると聞きまして」
遠回しな言い方。
だが、用件は明確だ。
「王都の取引が、不安定になってきているので……」
「逃げ先を探している、ということですね」
私は、即座に言い当てた。
商人は、一瞬言葉に詰まり、苦笑する。
「否定はしません」
「条件は、同じです」
私は、帳簿を開いた。
「契約内容の明文化。
支払い期限の厳守。
不透明な手数料は、認めません」
「……王都より、厳しい」
「だからこそ、安定します」
沈黙の後。
商人は、ゆっくりと頷いた。
「……検討させてください」
「どうぞ」
私は、それ以上引き止めなかった。
(選ぶのは、彼らです)
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その日の夜。
エドガー辺境伯と、簡単な打ち合わせを行う。
「人が、集まり始めている」
「ええ」
私は、地図を指差した。
「流入が急になれば、歪みます。
段階的に、制限を」
「冷たいな」
「現実的です」
エドガーは、苦笑しつつも頷いた。
「……もう、王都とは別の動きをしているように見えるな」
「見える、ではありません」
私は、はっきりと言った。
「もう、別です」
彼は、その言葉を否定しなかった。
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王都。
財務省では、別の報告が上がっていた。
「……商人が、地方へ流れています」
「特定の領地に、集中しています」
ギルバートは、歯噛みする。
「……封鎖を検討しろ」
「それは……反発が」
「構わん!」
机を叩く。
「中央を無視するなど、許されるはずがない!」
だが、中央の声は――
すでに届きにくくなっていた。
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辺境では。
帳簿が、静かに更新されていく。
流入。
流出。
均衡。
私は、数字を見つめながら、思う。
(ここからは、戻れない)
王都と辺境の間に引かれたのは、
壁ではない。
線でもない。
――信用の差だ。
そしてそれは、
一度生まれれば、簡単には消えない。
境界線は、今日も静かに太くなっていった。




